(36)705 『motor focus』



ニコンのF6、キャノンのEOS-1、PENTAX 645N II ボディ…
これらは一眼レフの名前。私の愛してやまないカメラたち…

写真ってステキと思うの。
少女のあどけない笑顔、動物たちの生きている躍動感、天空というキャンパスに描かれた無数の虹…
記憶には残るものかもしれないけど完全なカタチでは残らないモノたちを永遠に残せるから

こうやってあなたが私の話を聞いていても時は流れ続ける。それこそ永遠に戻らない
一瞬で視界は変化し、あなたの体の細胞は脱落していく。今のあなたとさっきのあなたは別のモノ

時間ってどういうものなのか分かる?ん?過去・現在・未来と流れてゆくものだって?
じゃあ、その流れていく時間は繋がっている?

過去・現在・未来と連続して永久に流れてゆくものであり、過去から未来へと限りなく流れていくって?
じゃあ、連続の間隔ってどのくらいなんだろうね?一秒?0.1秒?もっと短い?

まあ、どうでもいいけどね。そんな常に変化していく時間とともに存在する空間を切り取ること。
それが私の趣味、カメラ

カメラで切り取った写真には味覚や嗅覚は残らない。でも、その場に移った映像は永遠。
例えば、ここに一枚の写真があるわ。映っているのは1つの花瓶。中には綺麗なお花が飾られているわ。
この写真は私が昔に撮ったの。今はこの花瓶は辻に割られてしまったし、お花は枯れてしまった。
この写真のような綺麗な写真はもう二度と撮れないの。
綺麗なお花を持ってきて、同じような花瓶を持ってくれば似たような映像は再現できる。
でも、その新しく作った映像は昔と完璧に同じではない。微妙な色調、葉の数、空気の流れ…

でも、綺麗なお花はこの写真の中にいつまでも存在する。
いつかは壊れて消えるものをいつまでも「永遠の形」で残すことができる


そういえば、人間ほど外見を気にするものは存在しないわよね?
特に女の人はその思いが強いと思うの。
化粧をしてごまかし、ファッションを気にしてモテようと必死に頑張る。
気になる人の前ではちょっと可愛いフリをしたり、年を取らないようにいろいろと努力する。

高価な化粧品を使ってみたり、実際の年齢よりも若いファッション誌を買ってみたり、アンチエイジングをする人もいる。
いつまでも「若く」あり続けたいとおもうのは私もそうだからすごくわかるわ…

かつてわたしにお願いをしてきた者がいたわ
『永遠の若さ』が欲しいって。
うん、叶えてあげたわ。その子は今も『永遠』に若く美しい姿で残してあげてる…

その子の周りの時間を止めてあげたから、彼女は時の流れから完全に解き放たれた。
永遠に停止した彼女は喜びの表情ではなく、驚愕の表情で私を睨んだままでいる。
きっとその姿は彼女が望んだ姿ではないだろうけど、叶えてあげたんだから文句は言わせない。

そうね、私は時を止められる。この世のすべての苦しみから放つことができる。
でも、それは同時に希望も与えられない世界に移されると同義。輪廻転生から解き放たれる故の悲しみ…

願いを叶ってあげた彼女は私の秘密の部屋に移してあげたわ。
時々、元に戻してあげようと思うけど、それは本人が望んだもの。
私には彼女の気持ちは理解できないし、理解しようとも思わない。

それに…その姿はとても美しいわ。私が日々失っていく若さをいつまでも完璧に残しているのは羨ましい…
その点だけは羨ましいの…永遠を嫌う私でもね…

                ★★★★★★


今、私はこうやって、『永遠』を与えられた彼女達を隠している部屋にいる…ボスにさえ教えていない秘密の部屋
愚かにも私に永遠を求めた者たち。今では動かないモノへと変化してしまったが…
私が『願いをかなえた』のと同じ日時には、その子の大好物を持ってきてあげることにしてるの。
供養みたいなものね。
手帳を開いたら、今日はその日に当たったから久々に来てみたの。

今日は…この子か・・・普通のあなたが私のところに来たのはもうかなり昔ね…
どこからその情報を得たのかは知らないけど、あまりにも熱心に願うものだから叶えてあげたわ。
その若さをいつまでも維持したいって10代のあなたが言って来てちょっといらっとしてしまったのを覚えている。
はい、大好物のお肉の脂身。

部屋を見渡すと数十体の立体写真が存在する…こんなにも愚かにも私に願いを叶えて貰おうとしたと思うと情けなくなる
でも、この中にはただ、この子だけは事情が違うんだよね。

この子は私がただ一人、自分の意思で『永遠』を与えた子。かつては私達の部下であった
数年前になるかな…ボスの命令で私の部下であった『彼女』に粛清命令が出された。
その令を出したのはボス自身であったからだれも異論を唱えることはできず、未だにその理由は不明
わかっているのは組織に何らかの反乱を起こし、その粛清人に選ばれたのは同時期に入隊した隊員だったことのみ。

戸惑い、混乱しながらも『彼女』は山中での戦闘で事故により死亡した…正確にはi914が暴走したために起きた事故
i914が突然、能力のリミッターが外れ自分でも制御できなくなり、光に包まれ『彼女』は死亡した…
結果としてi914は組織から抜け、粛清に選ばれたあの子は深い傷を負い、組織は反乱因子は死んだと思っている

私はその子が好きだった。私の後を継ぐべきは『彼女』と考えていた。
『彼女』の全てを許す包容力、論理的な思考力、真実を見抜く力…能力以外も『彼女』は上に立つべき人間だと思っていた。
私はどうしてもその子を失いたくなかった。
いけないことと思いつつ、私は個人の判断で動いた。


『彼女』の身に危険が及んだことが分かるように事前に渡しておいた機械が警報を鳴らした時、私は転送装置でその現場に飛んだ。
個人行動なので誰にも見られたはならないと思い、私は物陰に隠れていた。
その現場で目にしたのは、i914が光を身にまとい頭を抱えてうずくまっていた姿だった。
何があったのかはわからないが、彼女の精神を揺さぶる大きな事態が起きたのであろう・・
そして、その光は序々に大きくなっていた。

『彼女』はi914の体を心配し駆け寄った。「大丈夫?愛ちゃん」・・・そんな声がした
しかし、同時に『彼女』の姿は光に包まれてしまった。

私は能力を使い時間を停止させた。そして、『彼女』を光の中から救い出し、物陰に隠れた。
時間を再開させると『彼女』がいた場所に姿がなくなったため、組織の部隊はi914の力のために消失したと思ったようだ
光に包まれ『彼女』の姿が消え、実際に光に包まれた範囲では草木が消滅していた。

時間を止めることができなかったら『彼女』は助けられなかったであろう…数少ない、能力に感謝した瞬間であった。
部隊が引き揚げるまで私は物陰に隠れて、その後秘密の部屋に『彼女』を持って帰った。

しかし、持って帰ったのはいいが、その後に時間を戻すわけにはいかなかった。
仮に戻しても『彼女』は死んだことになっており、組織は再び『処刑』するであろう
それにそのことがばれたら私の身も危ない…今のところ全く気付かれていないがどうしたらよいのであろうか?

いつか組織が無くなった時に『解除』されるであろうがそれがいつになるかは私にもわからない…
平和な世界を求めている組織の目的が果たされたとしても『彼女』は救われないであろう
『彼女』こそ『永遠』を与えられた存在なのかもしれない・・・

とりあえずその時まで私は『彼女』を見守っていよう。

『彼女』のために持ってきたパンプキンパイを私は頬張った。



最終更新:2014年01月18日 13:16