(39)075 『つたえたいこと』



小春がしばらくリゾナンターをお休みすることになった。
お休みって言っても、定期的に集まって何かをしていたわけじゃないんだけど。
仕事が忙しくなるから、しばらくリゾナントに来れなくなるらしい。

「年末も忙しそうだねぇ、小春は」
「はい…」

それを伝えに、今日はリゾナントへ来たらしい。
そして、ここに来れるのも今年は今日が最後なんだって。
忙しいんだろうな、きらりちゃんは。

「じゃあきらりちゃんがいっぱい見られるんだね」
「そうですね。結構特番には呼ばれてますから」
「おぉ!言うねぇー!」
「実は小春、人気者なんですよ」
「それ自分で言う?」

小春が芸能人だということを、たまに忘れそうになる。
テレビで見かけても、そこにいるのは小春じゃなくてきらりちゃんだし。
小春ときらりちゃんが同一人物だって言われても、いまいちピンと来ない。

「そうかー。じゃあ次に会うのは来年かー」
「はい」
「そうかー。寂しいね」
「寂しいですね」

そう言って小春は静かに笑った。
未だに小春が何を考えているのかわからない時がある。
絵里もよく言われるけど、小春程じゃないと思う。


「ちょっとだけでも、来れないの?」
「うーん…遠くに撮影に行くこともありますからねぇ」
「そうなんだ」

なんでもないような顔してるけど、本当はどう思ってるんだろう。
小春と仲の良いみっつぃーや愛ちゃんなら、わかるのかな。
どんなに会話しても、絵里にはわかる気がしなかった。
どれだけテレビを見ても、きっと小春の考えてることはわからないと思う。
でも、小春のことは知りたいと思う。
ずっと見ていたいと思う。

「テレビ見るね」
「はい!録画の準備もお願いします」
「そこまでしないし」
「えー!なんでですか、して下さいよ!」
「いやだよー」

録画してもたぶん見ないし。
というか、たぶん録画するの忘れるし。
テレビ見るのでさえ忘れそうなのに。
出来ない約束はしない!これ!絵里の鉄則!

「えーじゃあもう録画はいいですから、ちゃんと見て下さいね」
「はいはい、わかってるって!」


いつやるテレビに出るんだろう。
今聞いてもいいけど、たぶん覚えられない。
それなら今聞かなくても同じだし、聞かなくてもいっか。
きっと当日になれば、誰かが教えてくれる。
見れなくても、まぁ、いいや。
約束は予定!予定は未定!これ!絵里の鉄則!

「なんか亀井さん、本当に見てくれるか不安なんですけど」
「なんで!ちゃんと見るしぃー」
「本当ですかぁ?」
「見る見る!だって絵里見たいもん」
「本当ですかぁ?」
「本当だってばー」

見たい気持ちは嘘じゃない。
でも、だから絶対見るというわけではない。
だって、予定は未定なのだから。
でも、小春はそういうわけにはいかないんだ。
予定は予定通り。
そんなのって、すごく大変だと思う。

「仕事ばっかで疲れない?」
「大丈夫ですよ。もう慣れましたから」

絵里だったら、絶対に慣れない。
慣れるまでもたない気がするし。

「じゃあ、小春そろそろ行きますね」
「今日も仕事?」
「はい」
「そっか。じゃあ、また来年だね」
「はい」


普段からなかなか会えない小春だけど、いざ会えなくなると思うと、ちょっと寂しい。
小春がどう思っているのか、結局わからなかった。
寂しいのかな。
仕事だから仕方ないって、割り切ってたりするのかな。
絵里なら、きっと無理だろうな。

「小春」
「はい?」

愛ちゃんと喋っていた小春を呼んで、絵里は席を立った。
小春の方へ歩いて行くと、小春は不思議そうに絵里の顔を見ていた。

「いつでも、戻って来ていいからね」

仕事が終わらなくても、忙しくても、いつでも。
ここに来たければ、来ればいいと思う。
仕事を休んででも、ここに来ればいい。

「ずっとここにいるから」
「…亀井さん、帰らないんですか?」
「…いや、帰るけど」

絵里が言いたいのは、そういうことじゃない。
そういうことじゃないと思うんだけど、なんて言ったらいいんだろう。


「小春はどうかわかんないけど」
「はい」
「絵里は、小春と会えなくて寂しいと思う」
「はい」
「だから」
「はい」
「そういうことなんだよ」
「はぁ?」

苦笑いの絵里を見て、愛ちゃんがニヤニヤと口元を緩めていた。
きっと絵里の言いたいことをわかっているんだろう。
わかってるなら代わりに言って下さいよ!
そう言いたいのを我慢して、絵里は小春に顔を向き直した。

「寂しくなったら、帰って来ていいんだよ」

小春のことだから、たぶん本当に仕事が終わるまで来ないんだろうけど。
でも、だからこそ、言いたい。

「小春なら、たぶん大丈夫だけど」
「なんすかそれ」

もう自分でも何が言いたいのかわからない。
慣れないことはするもんじゃないなと改めて思った。


「まぁ、そういうことだから、お仕事頑張って!」
「えー?意味わかんないんですけど」
「もーいいから!忘れて!」
「忘れていいんですか?」
「いや、よくないけど!」
「へへ、ありがとうございます」

なんだかよくわからないけど、小春は嬉しそうだった。
なんだ。絵里の言いたいこと、伝わったカンジ?

「小春も、みんなに会えなくて寂しいです」
「おぉ」
「でも、みんなが応援してくれるから、頑張れるんですよ」

なんだ。絵里の聞きたいことまで伝わってるじゃん。
小春の言葉と笑顔に、何故だかこっちが元気付けられた。
一生のふかくだ。
小春に胸をジーンとさせられるだなんて。

「じゃあ、来年もよろしくちゅーす!」

絵里がポカンとしている間に、小春は楽しげに出て行ってしまった。
よろしくちゅーすって何。
絶対流行んないし。


「絵里」
「はい?」
「よろしくちゅーす」
「…ぶっ」

愛ちゃんの、ちょっと訛った「よろしくちゅーす」がツボだった。
一生のふかくだ。
結果的に小春のネタに笑ってしまうだなんて。

「愛ちゃん」
「ん?」
「よろしくちゅーすって、流行りますよね」
「あぁ、流行ると思う」

よろしくちゅーす。
なんだこれ。おもしろいじゃないか。
来年もこのネタで小春は安泰だなぁ、なんて、単純かもしれないけど。

来年も忙しいといいな。
リゾナントに顔を出せる暇がなくなるくらい、小春に仕事が来ればいい。
でも、ちょっとした時間に小春は来て、こうしてみんなを笑わせるんだ。
そんな小春を、ちょっとでも笑わせてあげよう。
背中を後押しするように、風を吹かせてあげよう。
そしたらきっと、絵里も安泰だ。

だから小春、来年も、よろしくちゅーす。



最終更新:2014年01月18日 13:35