初めはただの夢だと思っていた。
「どこやの、ここ……。」
一面に広がる、草木の死に絶えた荒野。
鼻をつく火薬と、錆びた鉄のような――血の臭い。
累々と、異国の軍人の屍が折り重なる悪夢としか呼べない光景。
死に絶えた灰色と橙色の残り火、そして凝結した赤黒い染み。
そんな光景の只中に、愛は場違いなパジャマ姿で立ちすくしている。
「――また、あの夢……?」
夢の場所はいつも異なっていた。
ただ同じなのは、そのどれもが生々しい死の痕を宿した場所だということ。
頻度は日に日に増え、気がつくと、愛のパジャマには覚えのない煤や埃が付着していた。
『――確認生命体は、かつて現れた種とは別の体組織をしていることが明らかになり――』
TVが伝えるのは、以前殺戮の限りを尽くした怪物の再来。
ただ今回の被害者の自宅からは、まるで超能力の痕跡のようなものが常に見つかっているという。
自分には無関係だと思っていた。いや、思い込もうとしていた。
その日、その時までは。
「なん、あーしが、なんで……!?」
愛は追われていた。夢でもなく、異国の地でもなく、日本の街中、間違いなく現実の中。
振り返ると、いる。未確認生命体。怪物だ。
「誰か、助け――ッ」
追い詰められ、怪物の爪が愛の矮躯を切り裂こうとした、その瞬間。
「怪我は!?」
唸る獣のようなエンジン音。機械仕掛けの二輪の騎馬にまたがり、
栗色の長髪をなびかせた女性は愛と怪物の間に割って入った。
「貴女、は……?」
「ごとー? ごとーは、せーぎの味方、かな?」
振り返った女性はそう呟き、すべてを包み込むような微笑と共に親指を立てて見せた。
大丈夫。猛る怪物を前に、それは根拠のない慰めでしかないはずなのに、なぜか愛はその言葉に安堵していた。
右腕を前に突き出し、何かを覚悟するような、儀式にも似た動作を見せた女性の腰に、なにかベルトのようなものが現れている。
見たことのない素材で出来たベルトにはところどころにヒビが走っている。まるで、女性が賭した命の数を刻んだかの如く。
「変身!」
叫んだ女性の身体が、怪物を殴る度に変質していく。
漆黒の身体には稲妻のような紋様が走り、それはまるで悪魔のような、究極の闇。
「今のうち、逃げて!」
しかし怪物を抑えつけながら愛を振り返った赤い複眼には、聖母のような慈愛が満ちている。
まるでその姿でいるだけで命を削られているかのように、彼女は目に見えて疲弊し、徐々に怪物に押され始める。
ベルトのバックルに埋め込まれた石に、また新たなヒビが入る。女性がたまらず膝を突く。怪物の爪がとどめとばかり、石に追撃を加えようと振り上がる。
「……変、身」
知らず呟いた声が自分のものだと、果たして愛は気づけていただろうか。
女性の雄姿に共鳴し、引き寄せられるように、愛は自身の変質にも気づかぬまま、怪物に襲いかかっていた。
最終更新:2014年01月18日 13:46