(39)829 『Black or White』



「きらりちゃん、どうしたの?何か元気ないようだけど?」
「いえいえ、きらりはいつでも元気ですよ~ディレクターさん、これからも、よろしくちゅ~す!」
「ハッハッハ・・・そのようだね。今日もご苦労さん。また来週も頼むよ」
ディレクターは笑い声をあげて久住の肩をポンと叩いた。
肩を叩かれた久住の顔は笑顔だったが、内心は全然晴々としていなかった。

(今日も、リゾナント行こうかな・・・)
凹んでいる原因、それは、昨日、つまらないことでジュンジュンと喧嘩してしまったこと

                ★★★★★★

「違うもん、目玉焼きは醤油だもん。あの塩辛い感じがご飯に合うし、半熟をご飯に載せて半熟丼にするのが美味しんだもん」
「チガウ、目玉焼きにはソースだ!甘めのソースがベーコンにもかかって香ばしさを増すンダ」
「ソースなんて甘いじゃん。あんなの子供が付けて楽しむものだよ!ジュンジュンは小春よりも上なのにソースはおかしいよ!」
「そんなの関係ナイ!海老フライは誰でもソースダ!醤油を目玉焼きにかけるなんておばさんくさいデス」
「小春は海老フライだって醤油だもん。通な人は醤油だもん。ソースは邪道だよ!」
「ソースをばかにするナ。久住さんはタルタルソース使ってるじゃないですか!バカにするならタルタル使うな」
「なんでだよ、話がずれてるじゃん!!とにかく、目玉焼きは絶対に醤油!」
「ソース!正解はソース!」

(ジュンジュンが悪いんだ。。。大人のクセに絶対に譲らないんだから。小春よりずっと子供っぽいよ)
そう思っていても心は一向に晴れなかった。

                ★★★★★★

「すみません、ここで止めてください」
久住はタクシーチケットを財布から取り出して支払いをおえる。
タクシーが止まったのは、リゾナントから本の数百メートル手前の路上。
夕刻になり肌寒くなった久住はコートのポケットに手を突っ込み、暗くなっていく空を見上げていた。


「ジュンジュンが一歩引いてくれればそれで済むのに…小春だって、冗談のつもりで言っているのに…」
一人つぶやいた声は誰にも聞こえることなく、淡雪のようにしずかに溶けていく。
「今日、ジュンジュンがいたとしても、ゴメンナサイって言えるのかな?」

迷っていても仕方ない、ホットココアを飲みに来たって口実にして行こうと一歩踏み出そうとしたとき後ろに気配を感じた。
久住が振り向くと2つ先の電柱から誰かがこっちを見ていた。
「誰?隠れてないで出てきなさいよ!」
久住がそう大声をあげると、隠れていた影が電柱の陰から姿を現した。

「ジュンジュン」
白いコートを羽織り、首元に白黒のパンダ柄のマフラーを着けたジュンジュンだった。
今一番、会いたいようで会いたくない人にあってしまい心臓の鼓動が激しくなったが、つとめて普通な声を絞り出した。
「もう、何、ジュンジュン?小春になんか用?謝りに来たの?それとも・・・」
久住が全てを言い終わる前にジュンジュンはリゾナントから反対方向に急に走り出した。

「ちょっと、何なのよ!ジュンジュンってば!待ってよ!」
久住はジュンジュンを走って追いかけ始めた。

久住は気が付いていなかった。夕刻の中を走っていく二人の後ろ姿を眺めている者が一人いたことを。

                ★★★★★★

「ちょ、ちょっと、待ってよ。どこまで行くの…ジュンジュンってば~」
久住はジュンジュンを追いかけていつの間にか町外れのさびれた工場団地まで来てしまった。
「鬼ごっこは辞めようよ~ほら~小春から謝るからさ~止まってよ~」
走りながら久住はジュンジュンに向けて声をかけた。

小春の体力が尽きかけそうな頃、ジュンジュンはある建物の中に入っていった。
そこは閉鎖された製紙工場。辺りをツーンと鼻をつくペンキの臭いが立ち込める。
「ハァハァ…もう限界…ジュンジュン出てきてよ~」
久住は建物の中に入り、苦しさの余り地面に腰を下ろした。


「わかりました。久住さん、今、そっちに行きます」
久住が顔をあげるとジュンジュンがドラム缶の上に座ってこっちを見ていた。
ひょいっと、地面に降り立ち、コツリコツリとコンクリートの床を鳴らしながらジュンジュンは久住に一歩ずつ近づいた。

「ジュンジュン、どうしたの?なんで逃げてきたの?」
久住が肩を上下させながらジュンジュンに問いかけた。
「あ、それはですね、久住さんに用があったんですよ」
ジュンジュンが手を後ろに組みながら言いにくそうにモジモジしている。

「実はね、小春もね、言いにくいんだけどジュンジュンに言いたいことがあるんだよね。あのね、ジュンジュン…」
「待ってください!ここは、ジュンジュンに言わせてください!」
ジュンジュンが手のひらを久住の方向に向けて、久住の発言を制止した。

(やっぱり、ジュンジュンも大人だね。自分から謝りに来てくれるんだもん♪)

「何?ジュンジュン?率直に言ってみてよ~小春が聞いてあげるから~」
「率直?」
「ズバッと言うってこと」
「あ~なるほど。えーと、じゃあ久住さん、もう一歩、ジュンジュンの方に近づいてください」

久住が立ちあがり砂を払い、ジュンジュンに一歩近づいた。
「もう一歩近づいてください」
もう一歩近づく。
「あと、もう半歩」
更にもう一歩。手を伸ばせば届く距離まで二人は近づいた。
「ジュンジュン早く~」
両手をバタバタさせながら、久住は笑顔になっていた。

対照的にジュンジュンは真剣な顔つきでただ一言。
「久住さん、死んでください」
そう言って、ジュンジュンは久住の顔に右ストレートを浴びせた。


久住は突然の拳にその場に倒れ込んだ。しばらく動けなかった。
しかし、拳よりも、痛みよりも何よりもその言葉自体がショックであった。

久住は唇から血を流しながら、床に倒れ込んだまま呟いた。
「な、何言ってるの?ジュンジュン?冗談だよね」
何も言わずに久住の腹に蹴りが入った。

「グフッ」
思わず呼吸が止まる。
「これが冗談の蹴りと思うか。久住」
倒れ込んだ久住を冷たい目でジュンジュンは見下ろした。

「ずっと一緒にいたけど、ジュンジュンは久住のこと嫌いだ。もう、我慢できない」
更にもう一発、腹に蹴りが入る。
「いつもいつも久住は自分のことしか見てない。迷惑してるんだ、いつも」
今度は久住の整った顔を踏みつけながらジュンジュンは吐き捨てるように言った。

(おかしいよ、今日のジュンジュン…このままじゃ、小春、死んじゃうよ…)
久住はジュンジュンの足首を掴み、電撃を放った。

バチッ

「痛い!」
思わずジュンジュンは久住から離れ、久住に捕まれた足首を押さえた。
電流の流れたブーツは焦げ、煙をあげていた。

「ジュンジュン大丈夫?」
ジュンジュンが離れたすきに立ち上がった久住は心配して声をかけた。
「うるさい、何をするんだ!久住、こっちに来るな」
顔を上げたジュンジュンは久住を突き飛ばし、久住は再び床の上に倒れた。
「そんな・・・」


「この際だから、ジュンジュンが代わりに言ってやる。久住のこと嫌いなのはジュンジュンだけじゃないぞ。
 リンリンも光井さんも道重さんも田中さんも亀井さんも新垣さんも高橋さんも久住のこと迷惑って言ってた。
 特に高橋さんはいつも困っているはずだ。でも優しすぎて何も言えない。
 だから、ジュンジュンがこれ以上、大好きな高橋さんが迷惑しないように…久住を殺す」

(みんなそんな風に思っていたの?確かに小春は勝手な行動して危険な目にあわせたことあるけど…
 わがままな私だけど、昔よりはみんなのことを思いやれる優しさを持っていると思っていたのに…
 高橋さん、小春ってそんなに邪魔ですか?小春の力が必要って言ったのは嘘だったんですか?
 それとも本当に必要なのは力だけで、小春はミンナにとって必要ないんですか?)

久住が潤んだ瞳を拭っていると、ジュンジュンの大きな影が目の前に迫っていた。
「何か言うことないか?久住?」

久住は恐怖を始めて感じた。それは「死」への恐怖ではなく、「必要とされない」ことへの恐怖。
リゾナンターとして楽しい日々を送っていた日常が遥か遠くの幻想のように感じられる。

「リゾナント」でみんなと一緒に笑いあった光景は嘘だったの?
みっつぃに勉強を教えて貰ったことは無駄だったの?
新垣さん、田中さん、道重さんから教えてくれたことも必要ないの?
亀井さんやリンリンと笑って過ごしたのも偽りの事実?
そして、なにより私を受け入れてくれた高橋さんは何のために私を選んだの?

思わず久住の口から出た言葉は
「…ごめんなさい。小春が悪かったです。小春、これからはもっといい子になるから、ね?ね?
 みんなの言うことをしっかり聞くし、もっともっと能力を高めるように努力するから。
 今日は許してよ。冗談なんでしょ、本当は」
      • それだけだった


ジュンジュンは、夕日に照らしだされた影を人間から異型のものへと変化させながらこう言った
「嘘じゃない。死ね、久住。みんなのために」
そう言ってジュンジュンは久住に飛びかかった。鋭い爪が久住の細い首筋に届こうとしていた。

(やっぱり、小春を受け入れてくれる人なんていないんだ…一人でしか生きていけないんだよね。
 …わかってる、小春が死ぬことでみんなが救われるなら、喜んで死ぬよ。みんなありがとう)
そう言ってゆっくりと目を閉じ、仲間の爪が自分の命を刈り取るのを待った。

不思議と続いていた震えは止まった。

                ★★★★★★

(ここは天国なのかな?ありがとう、ジュンジュン、最後に優しくしてくれたんだね。痛みは何もなかったよ)
ゆっくりと久住は目を開けた。

感じたのはペンキの油のようなにおいと、視界に入った真っ黒な物体。
      • でも黒い中に所々白い部分がある。しかも、微妙に震えている?

「何してルダ!久住さん、早く逃げロ!」
ジュンジュンの声が久住の耳に届く。久住は茫然として動けない

思わず久住は呟く
「え、天国にもジュンジュンっているんだ。さすが神獣、パンダ・・・」
「何を言っているダ、早く離レロと言っているのに!」
そう言って久住の視界に入った黒い物体が振り返った

久住の視界に入っていた黒い物体、それは、獣(パンダ)化したジュンジュンだった。
そして、獣化したジュンジュンが組み合っている相手は…ジュンジュンだった

「え?どういうこと、ジュンジュンが二人?」
久住は混乱しながらも組み合っている2人のジュンジュンから離れた。


久住を守ってくれたジュンジュンがもう一方を投げ飛ばすと、久住のもとへと駈け寄ってきた。
「久住さん、大丈夫ですか?怪我はないですか?」
「ジュンジュンなの?どうして?え?あっちは?」
未だ混乱している久住は思わず、助けてくれたジュンジュンから一歩離れてしまう。
「ダークネスです!久住さんが前に言っていたじゃないデスか!形態模写能力がある辻ってヤツですヨ!」

「だって、獣化能力も・・・」
「形態模写を二重にしたダケダ。それくらいあの女はできると思いマス!
 それにジュンジュンがもし本気で久住さんを殴ったら一発で久住さんは気絶するはずデス」

冷静になってみればその通りだ。いくつも不可解な行動があった。
なんで、ここまで逃げてきた?いつもよりも日本語が流ちょうだった。田中さんを「さん」づけにした。

「チッ、バレちゃあしょうがないな・・・まさか本物が来るなんて計算外だ・・・」
ジュンジュンの姿をした辻が立ちあがり憎らしげに久住とジュンジュンを見た。
「仕方ない・・・二人まとめて片づけてやる」
辻は獣化した姿のまま二人に襲いかかった。

「久住さんは離れてイロ。傷が深そうダ」
「でも、ジュンジュンが」
「私なら大丈夫ダ。久住さんはいつも一人で抱え込みすぎダ。
 私達はナカマ!頼っていい時もある!今日は私が助けてヤルから久住さんはそこで見ていてクダサイ!」
そう言ってジュンジュンは飛び出していった。

ジュンジュンの「純粋」な獣化と辻の「偽」の獣化。
意外なことだが二人の力はほぼ互角で、互いにパンチを浴びせあった。

二頭のパンダが互いに組み合っているので、辺りには細かいホコリが舞い散っていた。
視界がホコリで邪魔され、遠目から見てどちらがジュンジュンでどっちが辻なのか判断がつかない…


一方がもう一方を上から押さえつける。もう一頭をしっかりと押さえつけたパンダが声を上げた

「久住サン、今です。トドメを!」
久住はその声を聞いて立ち上がり、二頭の近くにいった。ここからなら電撃を浴びせられる。
「さあ、早く!私が押さえているから!」
パンダが大声を上げる。

パチパチと周囲の空気が音を発し、怒りのあまり、久住の流れるような髪の毛が数本、空中へと浮かび上がる。
「よくも、よくも…私だけじゃなく、ジュンジュンを、リゾナンターのみんなを騙したわね!許さない!
 あなただけは許さない!報いを受けなさい!」
久住の指先から赤い稲妻が解き放たる

                ★★★★★★

久住の怒りのイナヅマに貫かれたのは押さえつけていた方のパンダだった。
怒りの電撃に貫かれ、表面の毛はまだら模様に白黒が混ざり合い、見るも無残な色合いになっていた。
そして、しばらくするとその色合いも薄らいでいき、焼けただれた服を着た女の姿に戻っていった。

「な、なぜ、私が偽物だと分かった・・・」

久住は獣化を解いたジュンジュンに手を差し伸べて立ち上がるのを助けながら、辻には目もくれずに答えた。
「『今日は私が助けてヤル』ってジュンジュンが言った。あれくらいでジュンジュンは助けを求めるほど弱くない。
 ジュンジュンを信じただけよ。ただそれだけ。それ以上の理由なんて必要ないわ」

辻の発した低い笑い声が三人しかいない工場内に響き渡る
「フフフ・・・信じる心ね・・・負けたよ、今日のところは。でもな、今度は負けないからな!」
そう言って辻は姿を消した。

                ★★★★★★


「久住サン、大丈夫ですか?どこも骨折れてませんか?」
心配するジュンジュンは思わず、ぎゅっと久住の腕を強く握ってしまい、痛みで顔をしかめる。
「痛い、今ので折れたかもしれないよ・・・」

「・・・ジュンジュン、ありがとう。助かったよ。」
恥ずかしげに、でも久住はジュンジュンの眼をしっかり見てお礼を言った。
「もし、ジュンジュンが来てくれなかったら、小春、死んでたと思うし、仮に生き残っても・・・」

(嘘とはいえ、辻の言ったことに動揺してしまった事実がある。ちょっとは感じていたのかな。
 強がっていても本当は弱いのは自分で分かっている。でも、素直になれない。
 ・・・難しいな。むしろ不安だらけのか弱い本当の私でいつもいれたらいいのにね)

「ごめんね、ジュンジュンのことを少しでも疑って…」
久住がゆっくりと頭を下げた。そして顔を上げるとジュンジュンが目を丸くして驚いていた。
「久住さんが自分から謝るのをはじめて見まシタ…今日ハ雪降るかもしれません」
「ひど~い、せっかく反省したのに!謝らなければよかった」

「久住さんはそっちの方が久住さんらしくていいですヨ。
 久住さんはいつも元気なんだから久住さんなんです。
 張り切りすぎて危ない時もアルけど、それも含めてミンナ大好きなんですよ!」
久住はそっと聞きたいことを尋ねた
「本当に?小春、みんなにとって必要なの?」
「何言ってるんですか!久住さんがいて、リゾナンターなんですよ!
 久住さんがいるときはみんな明るくなりマス!高橋さんもそれを凄いって褒めてましたよ!
 確かに迷惑かけるときありますガ、それも久住さんの魅力ダと思います!ミンナ、違って、ミンナ、いいんです!」
ジュンジュンが笑いかけてきたので、久住は笑い返した。

「それから、ジュンジュン、昨日のこと、ごめんね。目玉焼きはソースだよね。小春、間違っていたよ」
「いえ、朝、醤油で食べてミタ。醤油の方が美味しかった!目玉焼きは醤油ですネ」
「違うよ、ソース!」「醤油ダ!」「ソース」「醤油」

笑顔の二人が言い争う声は静かに建物内に響き渡り、外では雪が静かに降り始めた。冬が訪れてきた。



最終更新:2014年01月18日 14:04