(40)118 『ヴァリアントハンター外伝(11)』



「ってことで、藤本さんはれいなのために最凶の魔術師になった。
 計画通り超能力者を殺し回って、実際、超能力者の人口はたったひと月で半数まで減ってる。
 最初にれいなを襲ったのは調整が終わったばかりの身体で加減を間違えてもれいなに超能力は効かないってことと、
 致命傷にならない程度の重傷を負わせて下手に自分の前へ現れないように、ってことみたい」
「…………。」
「魔術師も含めて虐殺してるのは、魔道協会自体がれいなにとっては危険な存在だし、
 そもそも藤本さん自身、子供の頃から仕事の中で魔術師って存在を憎んでたんだろうね。
 協力者だった寺田光男も藤本さんが嫌うタイプの人体実験を最初は超能力者以外でも試してたみたいだし、
 利用価値が無くなったなら憎み殺すべき魔術師にすぎないってことだったらしいの。
 実際、寺田光男だけ拷問じみた殺し方されてるし」
「…………。」
「れいなは当然として、両親を殺してないのも、
 そもそも目的がれいなの害になり得る超能力者を殺すって点にあるから必要なかったんだろうね。
 ついでに言えば、愛ちゃんや亀井さんが死なずに済んだのも、
 知り合ったばかりのはずのれいなを命がけで助けようとするの見て気が変わったってとこでしょ。
 ちなみにさゆみも、れいなの友人ってことで見逃してもらってる」

これで全部、とさゆみは話を締めくくった。
れいなはしばらく黙考し、用は済んだとばかりに立ち上がろうとするさゆみの袖を掴んで引き止めた。

「ひとつ、気になる。
 美貴ねえは、……あの人はあんな絶対的な力を手に入れたのに、なんでこんなことしとぅと?」

さゆみは一瞬、それはいま説明したじゃないかと怪訝そうな顔をしたが、
すぐにれいなの疑問の理由に思い至ったのか、表情を戻した。
れいなの疑問。
藤本美貴は、れいなを守るために行動しているという。
それなら、彼女が直接れいなを守ってくれれば済む話ではないのか。
そもそも美貴はれいなを守りきれない自身の無力を呪って寺田光男に取り入った。
魔道協会すら単身で殲滅する力を得た今の美貴なら、何も超能力者を虐殺する必要などないはずだ。


「まぁ、世の中はなかなかうまく行かないっていうか。
 生憎と藤本さんには時間がないの」
「時間がない?」
「人型を保った究極のヴァリアント。
 そして藤本さんはその精神を乗っ取って意のままに操ってる。
 けど、そもそものヴァリアントっていうのはどういう生き物だった?」

その一言だけで思い知らされた。
藤本美貴を説得することなど不可能なのだと。

「……本能のままに、周囲のすべてを破壊し尽くす異形の、怪物」
「そ。正確には自我を失くしちゃった結果、食欲・睡眠欲・性欲っていう生理的欲求だけが残っちゃってる。
 けど生物としてのDNAマップがあちこち破綻しちゃってるせーで、
 まともに機能してるのは睡眠欲だけなの。休眠期があるのはそのせい。 
 それでも生物である以上は飢えるし、性欲だってある。
 けどいま言ったDNAの破綻で、その欲求に従ってどんな行動を取るべきかっていう、
 普通の生物なら本能的に備わってる機能が壊れてる。
 結果として、耐え難い飢餓感とかでストレスだけが堪って、ただヒステリーみたいな破壊を繰り返す。
 身も蓋もない言い方しちゃえば、ヴァリアントの破壊行動は単に八つ当たりなの。
 そもそも、紺野さんによれば生理学的には破壊欲なんて存在しないらしいし。
 自然界の捕食者と被捕食者間に見られる攻撃行動とかの例はあるみたいだけど、
 ヴァリアントは捕食者でも、ましてや被捕食者でもないからね」

更に続けたさゆみによれば、そのDNAの破綻はヴァリアント化の過程で意図せず起こるもので、
ある程度は薬品投与や脳に特定の信号を送ることで抑制できるものの、根本的に治せるものではないという。
この話が本当なら、そもそもヴァリアントは放置していてもやがて餓死するということになるが、
ヴァリアントが餓死するまでには人間の数倍の期間を要するという。
それほどの長期間ヴァリアントを放置していたという記録はないから、その事実が明るみにならなかったのも当然だろう。

「藤本さんはそんな、生物としてすら壊れた怪物になった。
 そんな怪物と同化して――人間としての理性がそれほど永く保つと思う?」


不可能だろう。
少なくとも、不可能だと結論づけた結果が今の美貴の行動だ。
加えて、"アレ"はヴァリアントでありながら人型を保っているという異例の存在だ。
魔術とは魔力を術式という変圧器と、魔術師の脳という増幅器を通すことで成される業だと美貴が以前に言っていた。
おそらくは、人型を保たなければ魔術行使が巧くいかないからこその措置だろうが、
そのような無理を通している以上、精神にかかる負荷も如何ほどか知れない。

「だからこそ藤本さんは焦ってる。
 ハンターたちの集団決起で負った予想外の損耗の回復に時間を浪費しちゃったせいもあって、
 今も世界中を飛び回って超能力者を必死に虐殺してる。
 根絶やしは無理にしても、藤本さんとしてはれいなの存命中に戦争の引き金になる数より下の人数まで減らせればそれでいい。
 最終的にはただのヴァリアントになっちゃうんだろうけど――魔術を使わない、理性のないヴァリアントなら、
 いくら規格外って言ってもれいななら十分殺せるって計算だろうね」

確かに、前回のれいなの敗北の要因は心理的動揺以外にも、
美貴が"武術"や"魔術"といった理性があって初めて扱える技を備えていたことが大きい。
純粋な膂力でいえば他のヴァリアントと大差はなかった。
いかに強力なサイコキネシスだろうと、理性のないヴァリアントが力任せに振るうそれなら幾等でも打ち消せる。
となれば、今までと同様に駆動鎧を着用して殲滅することは容易だ。

「実際、ひと月で藤本さんの理性は相当磨耗してるの。
 最初は無能力者を巻き込まないよう、そして超能力者もできるだけ苦しみのないよう慎重に殺害してたけど、
 それも徐々に雑になっていって――さっき、意図したものではないけど、無能力者にも被害が出た」

さゆみはあくまでも淡々と事実を告げる。
だがその事実は、れいなにとって到底無視できるものではない。

「それでも藤本さんは止まらないの。
 計算上、計画に必要な超能力者の殺害数にはまだ足りない」


その必要な殺害数とやらのために、このまま放置すれば一体どれだけの人間が巻き込まれるのだろう。
いや、そもそも超能力者とて殺されていいわけではない。
彼らだって同じ人間だ。
なんの罪もない人々が、こうしている間にも殺されていくのだ。
罪のない弱者が理不尽に死んでいく。
それは、藤本美貴が最も憎んだ現実ではなかったのか。
自身が憎悪する現実を美貴は、彼女は自らの手で生み出し続けている。
"後藤真希"の体を奪い、そうして彼女は徐々に、しかし確実に、"藤本美貴"ですらなくなっていく。
すべてはれいなのために。
つまりはれいなの弱さのせいで。

「さゆ」
「なに?」
「情報が欲しい」
「……高いよ?」

れいなは水晶を握り締め、立ち上がる。
すっかり冷めたコーヒーを食道に流し込み、手の中で紙コップを潰す。

「構わん。必要なられなの給料、一生分払ったって良い」

ぐしゃりとひしゃげたコップの陰から覗くれいなの瞳には、もう迷いなど微塵もなかった。


  *  *  *


さゆみに吹っかけられた情報料は、宣言通りに容赦のない高額だった。
どうやら貰った情報については美貴から口止め料を渡されているようで、
払った金額は軽くれいなの年収を超えた。


警察庁の予算から出すという中澤の申し出は丁重に断り、
とりあえず中澤や紺野の私費で半分以上を立て替えてもらうという形に落ち着いた。
二人は別に返さなくても良いと言ってくれたが、れいなにとってこれは姉妹の問題だ。
そこまで甘えるわけにはいかない。
ちなみにさゆみは口止め料の方もそのまま着服する腹のようだ。
どのみち美貴の理性がそう長くないのならある意味では合理的なのかもしれないが、
下手をすれば美貴の逆鱗に触れる所業だ。逃げ足には自信があると見える。
無論、今日ですべての決着をつけるつもりのれいなにとって、さゆみが逃げる必要などはない。
いや、必要などなくさなくてはならないのだ。

「上手くいくかなあ……。」

ポツリと、左側から亀井の声が聞こえた。
駆動鎧(スーツ)のクリアな視界を通して、拭いきれない不安と恐怖に彩られた彼女の横顔が覗える。

「上手くいく、いかないの問題やないやろ。
 ……あーしらが上手くいかせなきゃいかん」

応じたのは先行する高橋だ。
昨日、警視庁に設置された対策本部での作戦会議に姿を現したれいなを一瞥した彼女は、
一瞬苦りきった表情を押し隠したように見えたが、それも今では薄れている。
あるいは、れいなの覚悟が伝わったのかもしれない。

『そろそろポイント到着。あっちも当然気づいてるだろうから、作戦通り慎重にね』

スーツの外部スピーカーから届いた紺野の言葉に、ハンターの二人は表情を引き締めた。
高橋が亀井の肩に手を置き、こちらを見つめる。

「……あーしらの命、あんたに預ける」

れいなの返事を待たず、瞬間移動で二人の姿が掻き消えた。


すでにここは"後藤真希"の現在位置、その半径3km以内だ。
アレとの近接戦闘は"能力殺し"がなければ自殺行為と言って良い。
それゆえ、作戦の第一段階で高橋には亀井のバックアップに着いて貰うことにした。
現場が都内有数の高層建築が集まる場所とはいえ、
前回を鑑みるに一撃でも標的に当てればすぐに射撃位置を特定される。
また、特定されれば一瞬でその間合いを詰められるのがあのヴァリアントだ。
亀井と対象の位置関係については、アルエを介した軍事衛星とスーツが感知する情報から三次元的な割り出しが可能。
紺野の作ったプログラムとアルエの演算能力で割り出された狙撃可能ポイントは、リアルタイムに現場の二人に伝わる手筈だ。
高橋に与えられた役割は二つ。
観測手として亀井の狙撃補助、そして狙撃後即亀井を連れて次の狙撃ポイントまでの移動だ。

亀井の狙撃で敵の障壁を砕き、高橋を得意のCQB戦闘へ送り出せるか否か。
これがひとつ目の綱渡りだった。


  *  *  *


『なんでまたミキの前に現れちゃうかなぁ』
『止めるために決まっとぅ。美貴ねえの理由を知った以上、尚更』
『……はぁ。こうなるのが困るから眠らせたってのに。やっぱり手加減しすぎたかな』
『貴女はこの機体の性能を侮りすぎている。
 前回の攻撃による衝撃で脳や内臓、骨への損傷は防ぎ切れなかったけれど、
 外見から判断できる外傷を田中巡査はほとんど負わなかった』
『ちょっと、姉妹水入らずの会話に入ってこないでくれる? 機械の分際で。
 なら今度は手加減なしでその機械だけガラクタにしてやるよ』
『大丈夫。私が死んでも代わりはいるもの』

無線機越しに会話を聞きつつ、絵里は超感覚"鷹の目"で、青い機体と対峙する人型のヴァリアントを捉えた。
半壊し、師の遺品となった"鉄の狼"に代わって伏射姿勢で構えるのは、
バレットM82A1対物狙撃銃をベースにした新装備。
それもまだ試作段階の次世代SSAだ。


元来、SSAは弾丸の射出のための運動エネルギーも超能力によって引き起こす仕組みだ。
火薬の燃焼エネルギーが下手に作用すると弾頭にあらかじめ圧縮注入された超能力エネルギーが暴発、
銃本体を破壊してしまうというのがその理由だが、この試作品においてそれは異なる。
本来は弾頭と薬莢で構成される銃弾、その弾頭と薬莢の間に特殊な緩衝材を挟むことで暴発の危険を無くしている。
運動エネルギーを火薬に頼ることで、銃口初速の操作などができなくなるのがデメリットではあるが、
今回はとにかく高威力が求められる作戦だ。
現在の技術ではあらかじめ弾頭に安定した状態で注入できるエネルギーには上限があるが、
普段は射出のために使用されている超能力エネルギーを銃身を介して射撃と同時に弾頭へこめることで、
着弾時の"障壁"に対する破壊力を数倍に引き上げることが可能になる。
加えて、この銃のベースはバレットM82。
ブローニングM2重機関銃と同一の弾薬を使用し、1.5kmの超長距離狙撃でも人体を両断する威力。
"鉄の狼"と違いセミオートのみの機構でこそあるが、
そもそもあの標的が同時に二発目以降を許してくれると考えるのは楽観的すぎる。問題はない。

「いけそうか?」
「うん。自衛隊の演習所で試射もさせてもらえたから、700mでゼロインしてある。
 これだけビル風があると難しいけど……たぶん、なんとか」

ビル風は市街での狙撃において最も厄介な要素だ。
パターンがないわけではないが、剥離流や吹き降ろしなど、いずれも味方につけるには経験則が物を言う。
絵里は風を操る能力を持ってはいるが、操作可能な範囲も限られる。
バレットM82の有効射程は2000mほどある。
それでも700mでゼロインしたのは、できるだけ近距離で高威力の弾丸を標的にぶつけられ、
かつ標的の反撃に備えられるギリギリの距離であると同時に、絵里がなんとか自信を持って一点集中を狙える距離でもあるからだ。
欲を言えばもう100mは近づきたいところではあるが、その100mは自分にとっても愛にとっても致命的だろう。

「自信持て」

絵里の不安を見抜いてか、愛が珍しくそんな優しい言葉をかけてきた。
目は対象から離せないので直接確認できないが、気配で視線を逸らしているのもわかる。


「……仮にもあんな、業界の伝説級の人たちに才能認めてもらって、
 あまつさえ四年間もハンターになるまで投資して貰ったんや。
 絵里、あんたの才能は本物や。問題はその嫌味なくらいの自信のなさ。
 ―― それさえ克服すれば、絵里に突破できん障壁なんてない」

『亀がスナイパー…アタッカーよりそっちの方が全然いいと思うな。
 折角、スナイパーだったら誰でも欲しがるようなすごい超感覚持ってるんだし、
 そういうのを活かさないのって勿体ないしね』
『あんたがなつみみたいなアタッカーになりたいってのは分かるわ、アタッカーは花形だしね。
 でも、ね…スナイパーってのもいいもんよ。
 目立たないかもしれないけど、前線のアタッカーが楽に戦えるように支援する、これは誰にでも出来るもんじゃない。
 卓越した射撃術、常に冷静な目で戦況を見つめ判断を下せるだけのクレバーさ。
 主役じゃないかもしれない、だけど主役より重要にもなれる…それがスナイパーってもんよ』

脳裏に、今はもういない恩人たちの声がよみがえる。
高橋愛をして伝説級のハンターと言わしめる凄腕の恩師たち。
その弟子である自分が、彼女たちに才能を認めて貰えた自分が、
こんなところで負けて終わるなんて、そんなのは嘘だ。
絵里は目を閉じ、呼吸を整えた。
次に見開かれたまぶたの奥に覗くのは、ただ獲物を捉えることだけに集中した"鷹の目"だ。

「ありがと、愛ちゃん」
「……別に。事実を言っただけやろ」
「えへへ。そういえば愛ちゃん、初めて絵里のこと名前で呼んでくれたね」

赤面する愛をよそに、絵里は迷いなく一発目の引き金を絞りこんだ。



最終更新:2014年01月18日 15:12