(40)215 『ヴァリアントハンター外伝(13)』



田中れいなの作戦は巧く運んだらしい。
目の前のヴァリアントは突然頭を抱え、人間のものとは思えない咆哮を上げた。
そして本能のまま超能力を周囲に放ち始める。
彼女が吼えるだけで、地面のアスファルトに亀裂が走る。

――やっぱ、元通りなんて都合が良すぎるか。

心のどこかで「藤本美貴を引き剥がせば後藤真希が戻ってくるのではないか」などと
淡い期待を抱いていた自分に苛立ち、愛は舌を打って建物の陰から身を乗り出した。
死んだ人間は二度と戻って来ない。
そんな現実は、とっくの昔に理解している。
なら目の前のアレは"後藤真希"などではない、排除すべき"ヴァリアント"だ。
愛銃・ツヴァイハンダーを両手に携え、駆け抜けながら敵の身体を穿つ。
だが頭部を狙ったはずの銃弾は一発は外れ、もう一発も敵の胸部にめり込むに留まった。
ヴァリアントの視線が愛を捉える。
咆哮と共に放たれた破壊の奔流を、機械義肢で地面を蹴ることでなんとかかわす。
だがいかんせん攻撃範囲が広い。
直撃は避けたが、余波を背中に受けて硬いアスファルトに叩きつけられる。
警察庁が予算を出してくれるというので義肢の運動性能を上げたが、肝心の愛の体力が追いついていない。
ヴァリアントの攻撃もさきほど右腕を吹き飛ばされた際の大量出血のせいか本来のそれではないが、
それでも十分に並のヴァリアント以上の破壊力だ。
持ち前の自己治癒力で右腕の肩口はすでにゲル化した皮膚に覆われ、これ以上の出血も望めない。
障壁の再生までにはまだ時間があるだろう。
しかし、愛は10m走るだけで息が切れ切れになる状態だ。
SSAを撃つ精神的な余力はまだあるが、照準も十分とはいえない。
と、遠くで銃声が轟き、ヴァリアントの脇腹をごっそり薙ぎ払った。
絵里だ。

「あのアホ……!」

一撃で仕留めるだけの余力もなく、愛という逃走の"足"も失った状態で援護射撃など馬鹿げている。
案の定、ヴァリアントは弾丸の飛んで来た方角へ力任せに超能力を放つ。


地面を派手に抉りながら突き進む破壊の波は、しかし幸運にも絵里のいるビルからはそれた。
ヴァリアントに先ほどまでのような正確な判断力がないのが僥倖だった。
だが脇腹を抉られたヴァリアントの怒りがそれで収まるはずもない。
第二撃を放とうとする敵に、愛は自身の保身も省みず寝転んだまま拳銃を連射した。
ヴァリアントの殺意が再び愛に向けられる。
血と煤にまみれた白い服に、栗色の髪。
だが美しい容貌はなりを潜め、その目には破壊という行動原理しか映っていない。
ヴァリアントが愛目掛けて疾駆する。
絵里が援護射撃を試みたようで銃声が木霊するが、移動標的へあの距離から命中させる余力はないのだろう、ヴァリアントに異変はない。
愛は心のどこかでそれに安堵する。
ヴァリアントの腕が振りあがる。
人間のそれのようだが、こめられた質量は桁が違う。
ふと視界の端に先ほど吹き飛ばされた青い機体が胸部のハッチを開いて倒れ伏しているのが見えた。
あるいはあれに乗れば勝てるだろうか。
そんな思考がよぎるが、搭乗者のデータが田中れいなに設定されているらしいから無理だろう。
そもそも自分はここから動く暇もなく、今まさに殺されようとしているのに何を考えているのか。
そこでまたふと違和感に気づいた。
アレの中身は空っぽだったはずだ。
なのになぜ――胸部のハッチが開いている?

「ガァッ……!?」

目の前で、白い布が翻った。
だがそれはヴァリアントの纏っていた血と煤にまみれた白ではない。
一点の汚れもない白。
白衣だ。

「ふぅ。間一髪だったね」

損耗しているとはいえ規格外のヴァリアントを正拳一発で殴り飛ばした女性は、
振り返ると柔らかい微笑を浮かべた。
顔の上半分が分厚いゴーグルに覆われているので一瞬わからなかったが、愛も面識はある。


紺野あさ美。
田中れいなの上司であり、国家公務員試験一種に合格して警察庁に籍を置くいわゆるキャリア組でありながら、
なぜか一般職員が大多数の科学捜査研究所で日夜研究に明け暮れているという謎の人物。

「な、なん」
「説明は後。とりあえず時間稼ぐから、アレに乗って。搭乗者データは高橋さんのを入力済だから」
「は、え? そんなんいつの間に――」
「入院中にちょっとね。実戦データは少ないけど、乗ればアルエがすぐに調整してくれるようプログラムしといたし大丈夫。
 あとウェポンラックにちゃんとツヴァイハンダーを大型化したやつ入ってるから」
「で、でもアンタは……?」

よく見ると、白衣から覗く彼女の手足は鈍色に輝く機械で覆われている。
一部素肌も見えているので義肢ではないのだろうが……。

「これでも空手茶帯だし。時間稼ぎくらいはできる、よっと」

立ち上がり怒りに任せて襲いかかってくるヴァリアントの腹部に、その勢いを利用したカウンターの正拳が突き刺さる。
動きの止まったヴァリアントに、膝上を狙ったローキック、頭部へのワンツー、そして右ストレートを放った勢いのままハイキック。
とどめとばかり左後ろ廻し蹴りがヴァリアントの側頭部を襲い、再度吹き飛ばす。
あまりの事態に唖然とする愛に、紺野は手足の機械を示して見せた。

「これ、あのパワードスーツを廉価で量産できないかって試しに作ってみたんだけど、
 肩から先と太腿から先だけだから威力はどうしても下げなきゃなんだよねー」
「で、でもアレの超能力が相手じゃあ――」

愛の懸念を実演するかのように、ヴァリアントが攻撃を念動力に切り替えた。
紺野は愛の服を乱暴に掴むと、思い切り青い機体目掛けて投げ飛ばした。

「アルエ!」

地面に叩きつけられそうになる愛を、スーツが突然跳ね起きて見事にキャッチする。
そしてそのまま有無を言わせず胸部ハッチの中へ押し込まれた。


狭いハッチ内で身じろぎして手足を入れるべき場所を探り当てて落ち着いたところで、
背中をチクリと針に刺されるような痛みが走った。

『システムオールグリーン』

AIの音声が告げると同時、機体が愛の手足であるかの如く馴染んだ。
体力的な負担もほとんどない。
様々な数字の投影された網膜越しに紺野の方を見ると、ヴァリアントの念動力をひらりひらりとかわして隙あらば一撃を見舞っている。
まるで超能力の発動が予見できているかのような動きだ。

「一体どうやって――」
「ああ、このゴーグルのおかげだよ。超能力エネルギーを視覚化できるようにしたんだ」
「そんなもんいつの間に……。」

そんな装備があるならこちらにも渡して欲しかったという非難を含んだ愛の問いに、紺野はこともなげに答えた。

「いつって、ついさっきだけど? 操作はアルエに任せてたし、機体の中で暇だったから未完製だったの仕上げたんだよ」

唖然とすることにすら疲れた愛は、
黙ってAIの指示に従いツヴァイハンダーを取り出した。
なんとなくすでに、あの人が一緒だと負ける気がしなくなっていた。


  *  *  *


足跡を追ったれいなは、例の神殿の如き調圧水槽へと戻って来ていた。
先ほどとは違い、天井では見学者用の電灯が光っている。
職員には全員退避して貰った。
ならあれを点けたのは、美貴以外にいるはずがない。
コンクリートで出来た灰色の広大な空間に、足音が不気味なほどよく響く。
れいなは拳銃、SIG SAUER・P228を両手で構えながら用心深く足跡を追った。


足跡は靴を履いたような痕跡と共に空間の中央で途絶えている。

――いる。

気配はない。
物音もしない。
しかし、藤本美貴の妹としての直感がそう告げていた。
藤本美貴は逃げることなどしない。
邪魔をする敵がいれば正面から打破するのが彼女だ。

「どうして邪魔しに来ちゃうかなぁ」

れいなの確信を裏づけるように、巨大な柱の陰から藤本美貴が姿を現した。
身に纏うのは漆黒のドレス。
およそ戦闘に向く服装ではないが、おそらく繊維の一本一本すら彼女の魔力が編み込まれた兵装なのだろう。
五行思想において黒は「水」を司る。
魔術師としての彼女がその色を選択するのも合理的と言えた。
対峙するれいなも、パワードスーツ着用時に耐圧スーツの下に身につける軽量な黒のボディスーツと、
その上にこれも黒い防弾ベストを身に着けている。
腰のベルトには予備マガジンと、鉄拵えの日本刀。
銃把を握る手を覆う防刃繊維のグローブも、やはり黒い。
黒はまた、「死」を司る色でもある。
美貴も自分も、誰かに「死」をもたらす存在として闇の色を身に纏っている。

「ここがわかったってことは、シゲさんに話聞いたんでしょ。それなら黙って――」

美貴が言い終わるより早く、れいなは引き金を絞った。
乾いた銃声が広大な空間に木霊し、銃口からは硝煙が立ち昇る。
だが、美貴は健在だった。
その眼前に分厚い氷の塊が出現し、九ミリ口径の弾頭を半ばまで喰いこませつつも受け止めている。
一般的に弾丸は、九ミリ以上が殺人用と言われている。
れいなは今、明確な殺意を以て弾丸を放った。


対話の余地がないことは、彼女にも伝わったらしい。

「ここ、色んな川と繋がってるから湿度高いんだよね。つまり」

美貴が口元で聞き慣れない言語を早口に呟く。
れいなは銃を投げ捨て、日本刀を抜き放った。
次の瞬間には、五つの氷の礫がれいなの手足と胴体目掛けて射出されている。
れいなはそのすべてを日本刀の柄や刀身で弾き、捌いた。
水の弾丸であればれいなの"能力殺し"の領域に入った瞬間に空中に散らばるが、
一度氷にされた水は魔力を失ってもすぐに融解するわけではない。
魔力で生み出された速度も、慣性の法則でそのまま突き進んでくる。
そしてこの場所には、美貴が必要とする水分が十二分に存在している。
地の利は敵に。やはり遠距離戦では部が悪いか。
続けざまに襲ってくる氷塊をコンクリートの柱の陰でやり過ごし、
れいなは柱から柱の間を駆けて徐々に距離を詰めた。

「遅いよ」

背後からの殺気。
咄嗟に身を捻りかわすと、肩のすぐ脇を日本刀の切っ先が通り抜けた。

「シッ」

体勢を立て直し、背後に飛び退きつつ面を撃つ。
が、これは鎬ですり上げるように捌かれた。
お互いに飛び退り一足一刀の間で正眼に構え、対峙する。
剣道でよく見られる、北辰一刀流の鶺鴒の尾の動きで切っ先を上下させ、互いの切っ先がカチカチと触れ合う。
今回はれいなの刀も通常の日本刀だ。
相手の得物を一刀両断というわけにはいかない。

「フッ!」


鋭い呼気と共に、美貴の身体が常人離れした動きでれいなの懐へ潜り込んでくる。
互いの得物の刃渡りはそれぞれ70センチ程度。
合わせれば140センチ。
ギリギリでれいなの"能力殺し"の有効圏外だ。
最初の一歩だけなら魔術の補助を受けられるのだろう。
だがあくまでも最初の一歩だけだ。
懐に入ってくることは読めていた。
れいなは腰を落し、片手で薙ぎ払うように脛を撃った。
現代剣道にはない、柳剛流の脛撃ちだ。
カウンターで放ったにも関わらず、美貴はこれも捌いて見せた。
だが下段の防御で頭部がガラ空きだ。
側頭部へれいなのハイキックが突き刺さる。
ムエタイ式の脛で打つ蹴りではなく、古流空手にある爪先を文字通り相手の側頭部に突き刺す蹴りだ。
流石に効いたか、美貴がよろめいて後退る。

「あぁあああああああッ!」

が、追撃を加えようとしたれいなの喉笛を斬り裂く軌道で切っ先が振り上げられ、上体をそらしてかわさざるを得ない。
再び距離を取り、一足一刀の間で対峙する。
だが、れいなは違和感を覚えていた。
今の一撃、あれは明確な殺意を以ってのそれだった。
氷を刃物状にしなかったことといい、これまでれいなの致命傷になる攻撃は避けていたはずだ。
それが徐々に崩れ始めている。
更に、美貴の呼吸は妙な乱れ方をしていた。
美貴が肩で息をするほどの動きはまだしていないはずだ。

「――んで」

伏せられていた美貴の双眸が前髪の奥からぎらりと覗く。
そこにはもう、敵意と殺意と、狂気しか残っていない。

「なんで邪魔すんのよ。ミキはれいなを守りたいのに。だからたくさん人を殺さなくちゃいけないのに。ミキは、ミキは――」


その瞳を見て悟らされた。
手遅れだ。
美貴が自分の、れいなのために人間でなくなろうとしているのなら、
せめてその前に終わらせようというのがれいなの覚悟だった。
だが目の前の彼女は、あまりに長い時間ヴァリアントと同化しすぎていた。
彼女の精神はもう、理性のない怪物のそれに近づきつつある。

「ァアアアアアアアアアアアアアアアア!」

咆哮を上げ、美貴はがむしゃらに凶器を振り回す。
がむしゃらでありながら、しかしその剣筋は身体に染み込んだ達人のそれだった。
上段から振り下ろされる示現流の"雲耀"を、下段からすり上げつつ伸び上がり脳天に一撃を見舞う。
新撰組の永倉新八が得意としたという"龍飛剣"。
が、美貴はこれを柄から片手を離し、左手首を比較的斬れ味の鈍い鍔元の刃に喰い込ませることで無理矢理受けた。
骨にまで達した刃をれいなが引き剥がすわずかな隙に、天然理心流の右片手平突き。
れいなは首を捻ってかわし、カウンターのタイミングで左片手一本突きを返す。
これは北辰一刀流の"抜突"。
美貴が喉元を襲う切っ先をかわすのに意識を割いたおかげで、平突きから横薙ぎへの派生で頚動脈を屠られることはなんとか避ける。
互いに刀を構え直し、至近距離から鍔競り合いの均衡状態に移行した。
れいなの左頬から一筋の血が流れる。
対して美貴の左手首は前腕で受けたため重要な動脈は避けたものの、
刀を握るのに必要な筋肉に深刻な損傷を負っているはずだ。
特に左手は刀を握る上で起点となる重要な部分。
勝敗が決したと見ても良い局面だが、藤本美貴の底はそれほど浅くない。
美貴は鍔競り合いから力を抜いて背後に跳び、その一瞬で刀を持ち替えた。
一瞬重心を崩されたれいなは咄嗟には追撃できない。
美貴は通常とは逆に右手で柄尻、左手で鍔元近くの柄を握っている。
そこから更に上段に構え、示現流並の速度でれいなの左拳を撃ちにかかってきた。
れいなが拳を引いてこれを抜くと、図ったようにピタリと止まった切っ先がれいなの鳩尾目掛けた突きに移行する。
柳生新陰流のかかり技、九箇の太刀がひとつ"必勝"。
切っ先は防弾ベストを突き破り、れいなの皮膚に達する。
れいなは無理矢理に身体を捻り、脇腹を薙がれつつも回し打ちの要領で斜め下から美貴の頚動脈を斬り上げる。


同じく柳生新陰流、九箇の太刀がひとつ"十太刀"。
美貴がその回避のために上体を逸らしたことで、れいなはなんとか内臓まで抉られることを避けた。
切っ先のかすめた美貴の左の首筋から、じわりと血が溢れる。
こちらもそれなりに深手だが、なんとかあちらの動脈を傷つけることは出来たらしい。

「グ……ッ!」
「ク、ソッ!」

互いに自らの負傷状況を確認しつつ睨み合う。
美貴の瞳に理性は戻らない。
ただ苛立たしげにこちらを睨みつけている。

「邪魔、しないでよ……。ミキは、れいなを守らなきゃいけないんだ。邪魔するなら、殺す。
 れいなを守るためなら、ミキは誰だって殺す。れいなだって殺す。殺してやるッ!」

その言葉にはすでに論理性も何もない。
ただ目的への尋常ではない執着と、すでに犠牲にした人々への罪悪感に彼女の脳は侵されている。
右手で握った美貴の刀が鋭く振るわれる。
れいなが受けると同時、肉迫して左肘がこめかみに捻じ込まれる。
踏み留まるれいなの負傷した脇腹に、今度は首を抱え込んでの右膝が突き刺さる。
衝撃で傷口がさらに開き、肋骨はミシリと音をたてて軋む。

「ッ」

激痛を唇を噛みしめて抑えつけ、れいなは跳び膝で美貴の顎先を蹴り上げる。
それでも美貴は抱え込んだ首を離さず、無理矢理衝撃を殺して右膝を振り上げようとする。
が、先を制してれいなは美貴の右足の甲に刀を突き立てた。
痛みに喘ぐ美貴の顔面に、れいなは容赦なく拳を連続して叩き込む。
美貴は倒れない。刀を捨てて殴り返してくる。
れいなも倒れない。傷ついた美貴の足を踏みつけて鼻柱に頭突きを入れる。
美貴はおかえしとばかり、口内の折れた奥歯を吹きつけてきた。
歯はれいなの右の眼球をかすめ、一時的に視界が封じられる。


右の死角から衝撃。左フックをもらったのだと理解するより早く肘で美貴の目尻を切り裂く。
視界が片方閉じられようと、二人は止まらない。
死角から襲う攻撃にも殺気や気配、皮膚を打つ風がある。急所をずらす程度は可能だ。
美貴の脚が鋭く振り上げられ、コンクリートブロックをも踏み砕く蹴りがれいなの脛へ放たれる。
八極拳の"斧刃脚(ふじんきゃく)"を、狙われた脚を一歩引くことで回避。
れいなは遠間から、体幹を軸に振り回した手刀で美貴の頭蓋を狙う。
劈掛拳の一手、"烏龍盤打(うりゅうばんだ)"。
対する美貴は外された"斧刃脚"の勢いをそのままに、地面を震脚で強く踏み込んだ。
更に一歩踏み込んで懐に潜りつつ手刀の威力を削ぎ、れいなの胸を突き出した肘で打ち抜く。
こちらは八極拳の一手、"外門頂肘(がいもんちょうちゅう)"だ。
双方の技が同時に決まることで、どちらも軸を乱され体勢が崩れる。
崩れながらもお互い同時に腰を突き出すような前蹴りを放ち、鳩尾に相打ちの形で受けて背後に吹き飛んだ。
受け身も取らず、地面に転がった相手の刀を手にして立ち上がり、再び構える。

「……ごめん、美貴ねえ。れなのために。れなが弱かったせいで。
 美貴ねえの苦しみも、想いも知らずに。
 きっと……美貴ねえの考えは当たっとぅ。
 たとえ助けた誰かに裏切られることになっても、れなは誰も殺したくない。
 超能力者も無能力者も関係ない、目の前で苦しんでる人がいれば迷わず助ける。
 けどこれからはれな、もっと強くなるけん。美貴ねえが心配しなくて良いくらい、誰よりも強くなるけん」

れいなは抑えていた心中をすべて吐露した。
それは懺悔であり、自戒であり、決意だった。
この勝負の決着がどうなるかはわからない。
しかしそれこそが、今のれいなのすべてだ。


言葉などもう届いていないのか、美貴は右手で握った刀に左手を添え、上段に構える。
すでに"必勝"を放つ余力などないだろう。
おそらくは片手技。
それも刀の重量とスピードを存分に生かせる頭上からの唐竹割り。
対するれいなはやや右寄りの平正眼に構えた。
狙うのは美貴の心臓。
平突きで肋骨の隙間を縫うように正確に突き刺す。

「だから――さよなら、美貴ねえ」

初動は同時。
美貴の刃が紫電のような速度で振り下ろされる。
れいなは回避など考えず、一直線に美貴の心臓を突きに踏み込む。
互いの技が決まり、同時に勝敗も決する。

その刹那、淡い光が二人の間で瞬いた。



最終更新:2014年01月18日 15:15