(40)379 『未知を往く雪の道』



降り積もった新雪がわたしの視界を覆いつくしている。
まだ何者にも乱されていない、柔らかで美しい白磁の広野が。
一面ただただ白の地面には、道は存在していない。
いや、存在しているのかもしれないが、どこにあるのかまったく分からない。

 ――まるで暗闇を歩いているみたいだ。

そんな恐怖がふと過ぎる。
真っ白な世界にいると思っていたが、わたしは実は闇の中にいるのではないだろうか。
眩しいくらいにきらめいている美しい雪の結晶が、不意に薄気味悪いものに思えた。
自分が進むべき道は、純白の悪魔によって覆い隠されている。

 ――怖い。これ以上進めない。

恐怖が体を貫き、わたしは思わず目を閉じしゃがみ込む。
白い悪魔は視界から消え、代わりに穏やかな闇がわたしを包み込んだ。

そのとき――

誰かに呼ばれた気がして、わたしは目を開けた。
そして“声”のした方――背後へと首を回す。

そこには誰の姿もなかった。
だけど――

「道……や」

わたしは思わずそう呟いた。

白に覆われた世界は背後も同じだった。
だけど、そこには道があった。
他ならぬわたし自身が歩んできた足跡という、くっきりとした道が――


そこで目が覚めた。

澄み渡った青に覆われた窓からは、明るい光が射し込んでいる。
わたしはベッドから立ち上がり、小さく伸びをした。
そして両手で頬を軽く叩き、深呼吸をする。


道は自分が通った後にできる。
往く先に道がないと目を閉じてしゃがみこんでいるだけでは、何も変わらない。

そう分かっていたはずだったのに、まだまだわたしは弱い。
今日でまた一つ、年齢だけは大人になったというのに。

夢の中、わたしを振り返らせてくれた“声”の主と初めて逢ったときのことを思い出す。
明日は自分で変えてゆくものだと教えてくれた、わたしにとってかけがえのない存在。
あの日から、わたしは前を向いて歩いていくことができるようになった。

この先わたしの歩んでいく明日が、必ずしも心楽しく幸せなものであるとは限らない。
それでも、わたしは進まなければならない。
未来という真っ白な広野に道を切り開いてゆくために。
自分が生きている証を刻むために。


もう一度大きく深呼吸をしたわたしは、寝ぼけた顔と髪を引き締めるべく洗面所に向かった。
「これかって重要な一歩一歩や」と小さく独り言を言いながら。



最終更新:2014年01月18日 15:18