(40)403 『ひかれる星の顛末は新雪の道へ』



あの日の想い出。
あの頃の自分と、あの頃にあった自分。

眩しい光と新しい日々。
何かが変わって欲しいと願い。何かが変わって欲しくないと願い。

信じて、確かめて、眩しい光に目を細める。
鮮やかな光に焦がれて、歩き出した自分。

 胸の高鳴る場所へと。心はいつだって、其処にあるから。

だから歩くのだろう。だから、歩き続けるのだろう。



―――チリン。
小さくなった微かな音色に、光井愛佳は目を開ける。
三人の小学生がバタバタと走り抜けていく所だった。
ひとりのランドセルに結ばれたお守りの鈴が、不規則なリズムで跳ねる。

 「…ヤバ、寝てしもた」

揺れる心と同じリズムで、電車がガタガタと鳴っていた。
決まったレールの上を決まった時間に走る音。
いつもと変わらない空気と、親しい友人との笑い声。
眠りに落ちる人々。
いつもと変わらない風景。
いつもと同じ自分が、反対側の窓に反射して映っている。


このままあと数駅乗っていれば家に着くが、車内アナウンスが流れて愛佳は席を立つ。
電車がスピードを落とし、ホームへと入っていく。
慣性が働いて、見えない力に身体が引っ張られた。
その時、愛佳の脳裏には見慣れた"ビジョン"が警告を告げる。

 「おばあさん大丈夫ですか?」
 「すまないね、最近足に力が入らなくて…」
 「ここに座はりますか?私はもう下りますから」

体勢を崩した80代くらいの老婆を支え、愛佳は自分が座っていた場所にへと促す。
丁寧に頭を下げる老婆にお辞儀をし、外へと下りた。
気を張らせるような一月の凛とした空気が頬に感じる。

 「また寒なったんちゃうの?嫌やなぁ…」

独り言を漏らしながら、マフラーを口にまで持っていきながら改札口へと向かい、定期を触れさせ、通り抜ける。

―――其処には、愛佳を待っていた影が立っていた。
連絡する前から分かっていた事だったが、その笑顔を見て安堵している自分が居る。

 「おかえりなさい、今日は早かったんだね」
 「私のせいで始まるのが遅くなってもあきませんから」
 「光井は良い子だよねぇーホント、遅刻魔のカメに爪の垢でも飲ませたいよ」

不意に、影の腕が愛佳のマフラーへと向けられた。
先ほど老婆を助けたときに解けたのか、整えられていくマフラーに愛佳は少し照れたように笑う。
影、新垣里沙も呼応するように笑った。


 「じゃあ行こっか、お店の方はもう準備できてるから」
 「はい」

愛佳は素直に里沙の後へと付いて行く。
あの頃のように道を歩む事を怖がる自分は、其処には居なかった。

 *

巻き戻れば良いと思っていた。
未来なんていらないから、最初からやり直したいと思った。
自分がこんな"チカラ"に目覚める前に帰りたいと。

ただ、そんな事が出来るはずもなく、ただ、後悔と自虐だけが歩みを進ませていた。
咽返るかのような日常の中で、ただ曖昧な"未来"に縋り付きながら。
歩きたくない、歩けない。
それでも、巻き戻る事のない道を、ただただ歩き続けていた。

 *

―――カランコロン。
音と共に、それぞれの声が上がった。
表情からは、愛佳を待ってましたと言わんばかりの笑顔が浮かんでいる。
そんな中で、一際目立つ二人が寄ってきた。

 「うわぁ、お二人ともキレイやないですかぁっ」
 「お店の人に着付けしてもらったとよっ。でもれいなはピンクが良かったのにさゆが…」
 「さゆみにはピンクしか似合わないの。それにれいなだって喜んでたやん」
 「一生に一度のモンっちゃろうが、今回だけでも譲ってもいいっちゃん」
 「さゆみも一生に一度やもーん」


愛佳の前で冗談交じりの喧嘩が始まるが、颯爽と里沙が止めに入る。
ピンク色の振袖を着る道重さゆみと、水色の振袖を着る田中れいな。
今日は一般で言う成人の日だ。
もう出会って随分経つんだな、そう愛佳はしみじみと感じた。

一生に一度の為にと、大きな招き猫へ二人が貯金していた姿が思い返される。
常連客の中には、お店の料理をいつもより多く食べてくれる人まで居た。
両親がおらず、孤児での生活を余儀なくされたれいな。
自身の"チカラ"に気付き、両親との大きな溝によって一人暮らしを決意したさゆみ。

皆が、二人の願いを叶えたいと協力してくれたのを、愛佳も知っている。
その結晶である振袖が、何よりもキレイなものに感じたのだ。

 「でも二人とも、あんまり騒いで破ったりしちゃダメだからね。
 カメの時だってジュース零したシミを取るのに大変だったんだから」
 「ガキはーん、そんな話を掘り返さないでくださいよーご飯がマズくなっちゃうじゃーん」
 「言ってるそばから持ってるコップでテーブルを叩かないのっ、まだ入ってるからっ」
 「そういえば、中国は成人式ってやるの?」
 「中国ハ18才ですダ」
 「あ、じゃあリンリンもう成人やん」
 「道重サン達よりも早いオトナでス、ハイハイ」
 「うわ、なんか今上から目線で言われた気がするっちゃん」
 「ここは日本だからさゆみ達の方が偉いもんね。選挙だって行けるもん」

リンリンが相変わらずのリアクションで抗議している中、不意に小春と視線が合った。
愛佳は何処かよそよそしい其の姿を見つめ、首を傾げる。
テーブルに着席させる愛は、その光景を見逃さなかった。

 「さて、全員揃ったな。じゃあ皆コップ持ってーっ」


愛の合図にテーブルの料理を囲む9人。
愛佳もれいな達にジュースの入ったコップを貰うが、視線は小春へ向かったまま。

 「れいなとさゆの成人を祝って―――…」

ガチャン。
愛の言葉を遮るかのように突然の停電。
愛佳は驚きで隣に居たれいなへと身体を寄せた。
静まり返る店内、数秒経った後、弾き出される音と聞き覚えのある曲が設置されたコンポから流れる。
いっそう愛佳の動揺が大きくなるのも知ってか知らずか、一気に明るくなる視界。

 「「「「「ハッピバースディトゥーユー♪」」」」」

危うく零しそうになるコップを必死に持ちながら、愛佳は大合唱の中で現われたモノに釘付けになった。
大きく書かれた自分の名前、そして大好きな苺が散りばめられた円盤のデコレーションケーキ。
去年は16本だった筈のロウソクは―――17本へ。

 「ほら、小春」

愛に呼ばれた小春は、何処か愛佳の様子を伺うように視線を泳がせていた。
すると同時に、視線が真っ直ぐ下へと伸び、大きくお辞儀をする格好へ。

 「ミッツィーごめんっ!」
 「は?あ、えぇと?」
 「ちゃんとマネージャーさんにも言ったんだよっ、明日休みたいってっ。
 でも突然出演が決まっちゃって、ホントにごめんっ」

小春が謝罪している理由を聞いて愛佳は、苦いながらも笑った。
自分の誕生日をこんなにも大切にしてくれる人が居る事に感動したのか。
それとも、あの「久住小春」がこうして頭を下げて謝罪してくれている事に、安堵したのか。


自分とは遥かに高みの違う道を歩いている人物が。
何の変哲もない、普通の一般女子高生をこうして想ってくれている。

 「別にええですよ。それに、誕生日いうのは何も絶対にその日にするなんて事ないですから」
 「許して、くれるの?」
 「なんですか久住さん、愛佳をそんな心の狭い人間やと思ってはったんですか?」
 「……だってミッツィ、そういうの厳しそうだし」

うわ、この人ホントに言いはったわ。
愛佳はだが、自分の顔に笑顔が浮かんでいる事に気付く。
ああ、例え進んでいる道が違っても、ちゃんと繋がってるんだな。
示すものは何も道だけではない。
胸の、心の高鳴りがある限り、自分達は此処に在るのだ。在るからこそ、歩いていけるのだ。

 「じゃあまぁ、小春もええな?さゆとれいなの成人、そしてーっ、愛佳の輝ける17才を祝ってーっ」
 「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」」

報いなど期待しない。
誰かにどれだけ愛されたいとか。過去への巻き戻りとか。
今は、大切な人達が、そして、この居場所があればいい。

例えどんな"未来"があろうとも。決して後悔しない日々を送ろう。
そうすればきっと、きっといつか必ず、見えてくる。

 ―――耳を塞いでいた手を離し、自分の足跡を確かに聞きながら。



最終更新:2014年01月19日 23:12