(42)240 『SINNERS~2.守りたい気持ち、ふたつ~』



約束通り、純はその日から毎晩琳の元へとやって来た。
「もう足跡は残さないから大丈夫」と、余裕たっぷりな笑みを浮かべて。


この数日、二人はいろいろな話をした。
子供の頃夢中になった遊びの話。
生まれ育った故郷の名物。
好きな食べ物嫌いな食べ物。
一つ一つはどうということもない話題なのに、それらが積み重なっていくことで
二人の間柄はどんどん親密なものになっていった。



「・・・おっと、もうこんな時間だ。じゃあね、琳。また明日」

そろそろ、とでもいう風に純が立ち上がる。
彼女はいつもこんな感じだ。
看守のいない時間にふらりとやって来て、小一時間ほど居座り、雑談のネタを振る。
何を考えているかわからない彼女の態度に琳は最初こそ戸惑いを見せたが、
今では自分から話題を提供するほどまでにこの状況に順応してしまった。



だけど、それも今日でおしまい。

「また明日、はないです、純姐さん」
「どういうこと?」
「さっき偉い人が来て、言われたんです。私の処分は明日執行される、と」

初めからわかっていたことだった。
造反者を拘留の処分だけで済ませるほど、この組織は甘くない。
反省の色でも見せればまた違った結果になったかもしれないが、そこまでして生き永らえようとする気など
琳には毛頭なかった。

ただ、受け入れていたつもりでも実際に受け止めるとなると話は違う。
寂しかったのだ。
この世に銭琳という人間がいたことを思い出してくれる人がいないというのは。
本来ならその役目は家族が担うのだろうが、琳の家族にはそれを望めない。
だから純を選んだ。
彼女に自分を覚えてもらうことを願った。
自分も、彼女との思い出を胸に抱いていくことを望んだ。

「・・・ダメっ!」
「えっ?」

突然、純が否定の言葉をぶつけてきた。
同時に、すごい剣幕でまくし立てる。

「ダメだよ!どうして琳が処分されなきゃいけないの!?私知ってる!琳は何も悪いことしてない!
 むしろいい人!私の目を覚ましてくれたし、全然弱音吐かないし、年下だけどしっかりしてるし、
 私の知らないこといっぱい教えてくれる!琳が罰せられるなんておかしいよ!」



僅かな時間とはいえ数日間交流していて、純に感情的な面があることは知っているつもりだった。
だけど、まさかこんな形で爆発するなんて。
こんな・・・・・・自分のために。
琳は、内心胸が熱くなるのを感じた。

「・・・なせない。琳は絶対死なせない!私が守る!守ってみせる!」
「純姐さん。気持ちはとても嬉しいけど・・・」
「いいや、もう決めた!いやだなんて言わせないから!」

ビシッ、と人差し指を突き出して、純は声高に言い放った。
まっすぐこちらを見据える瞳。
意志は揺るぎそうにない。

「夜が明ける頃にまた来る。それまでに準備しておいて」

いや、準備って。
言い返そうとしたが、純はそのまますぐに背を向け去っていってしまった。
大声で呼び止めてもよかったが、もしここで押し問答にでもなれば、純の存在が看守にばれてしまう。
見回りの時間はもうすぐなのだ。




「どうしよう・・・」

まさか、このような事態になるとは思わなかった。
純は一度言い出したらきかない人だ。約束通り、夜が明けたらまた来るだろう。
今もその時も、彼女が説得に応じるとは思えない。
いくらこちらが拒んでも、強引に話を進められてしまうに違いない。

ならば、どうにかして彼女を深く巻き込まない状況へと持っていかなくては。
せめて彼女だけでも助けられるように。

琳は決意し、小さく拳を握り締めた。




純が去ったその数分後、いつもの看守が現れた。

「何か変わったことはないか?」
「はい、何も」

純が変わっているのはいつものことだ。
だから今日も、なんらおかしなところはない。

「そうか・・・?何やらわめき声のようなものが聞こえた気がしたんだがな」


琳は眉をぴくりと動かした。
看守が言っているのは純の声だ。やはり聞こえてしまったか。
しかし、この確信のない言い方。
探りを入れているのか本当によく聞こえなかったのか定かではないが、言い逃れをする余地は残されている。
琳はそのスペースに滑り込んだ。

「明日にも人生が閉ざされると知らされて、正気でいられる人間がいると思いますか?」


どうか、あれは死刑宣告を受けた囚人の苦悩の声だったと思ってくれますように。

まっすぐに看守の目を見据える。
先程、純にそうされたように。
自分の瞳には、彼女のような揺るぎない意志が映っているだろうか。
何を言っても無駄だと思わせる強い光が宿っているだろうか。


やがて、看守は目を逸らした。

「ふん、まあいい。せいぜい余生を楽しむんだな」

言って、看守は去っていった。
周囲には静寂が訪れる。
まるで何事もなかったかのように。



本当に何事もなかったら、どんなによかっただろう。

こんな冷たい場所に閉じ込められることなく。
誰を傷つけることなく。
異質な力など持って生まれることなく、家族と幸せに暮らせていたら。

考えるだけで、胸が躍った。
考えることで、胸が痛んだ。


空想の世界に逃げ込んだって、現実は何一つ変わらない。
もうやめにしよう。
自分には、現実でやらなければいけないことがある。

「守る、か・・・」

そう言ってくれたあの人は、自分もそれと同じ気持ちを抱いていることを知っているだろうか。

ここへ来た理由も、何を考えているのかも未だにはっきりしない
素直で、気まぐれで、時にわがままで、寂しそうな顔をしたかと思えばすぐに優しい笑顔になる
一緒に笑って、一緒に泣いてくれた人。

「・・・私だって、あなたを守りたい」

ここに連れて来られなければ、彼女と出会うことはなかった。
それは。その部分だけは。
現実が空想に勝る、唯一の事実だから。



最終更新:2014年01月19日 23:37