(26)163 『黒い羊(2)』



愛の眼が落ち着き無く宙を泳ぐ。本当に後藤は仕留められたのか…?

と、その時、愛の耳元で後藤がささやいた。
「遅いよ、愛ちゃん」

愛が弾かれたように振り返ろうとする。しかし、粉々になった身体はそれに付いていくことができない。ギクシャクとした、不自然な動きで振り返ろうとする愛の両眼を、後藤の2本の指がえぐった。
「ぐわあああああ~ッ!!」
のけぞった愛が仰向けに瓦礫の中に倒れこむ。ドシャッ!!と全身の砕けた骨がきしむような音がし、口から鮮血が飛ぶ。
「ガハッ!!」

「愛ちゃん、あんなすごい『チカラ』があるのにねえ…、闘い方がヘタ。だから指2本にもやられちゃうんだよ…」
愛はシュー…、シュー…、と、荒い呼吸を繰り返している。
「…正直、あたしより上なんだよ、キミの『チカラ』は…」

(…れいな!!後藤は!?後藤はどこにいる…!?)
突然、愛の“精神”の声が響く。愛のすぐ近くで、うつぶせに倒れたまま身動きが取れないでいたれいなが、必死に顔を起こし、“心”で愛に答える。
(…右!!愛ちゃんの右横にいる!!)

突然、倒れたままの愛の右手の中に『光』が急速に溜まりはじめる。
キイイィィン…!!と、微かな音があがる。
しかし、次の瞬間、後藤がサッカーボールを蹴るかのように、無造作に愛の頭部を蹴り抜いた。
パキャッ!!と言う顎の骨が砕けたと思われる乾いた音が響き、愛の手からフッと『光』が消える。


「やべ…、死んじゃってないよね?」
後藤がピクリとも動かなくなった愛をのぞき込む。
「…!!」
突然、後藤がぎょっとしたように動きを止めた。

「や…め…ろ…!」
瓦礫の中を這いずって来たれいなが、後藤の両足首をつかんでいた。
「愛…ちゃん…に… 近づく…な…!!」
文字通り血を吐くような声を絞り出しながら、れいなが後藤の足を握り締める。

「いいよ…、れいな…、とてもいい」
後藤はそう言うとれいなの手を振り払って、右脚の膝を高く上げる。そしてヒールの踵をれいなの後頭部へと真っすぐに振り下ろした。
バキィッ…!! …頭蓋が砕けるような音がし、れいなもまた沈黙した。
うつぶせの細い身体が、ピクッ、ピクッと痙攣を繰り返している。

「あー、またやりすぎた…? …まあ、これで死ぬんだったら仕方ないけど。…アンタたちは、ここから這い上がってきてよ…」
そういいながら、愛たちのもとを歩み去ろうとした後藤は、ふと歩みを止める。
そこには、顔をグシャグシャに泣きはらし、腰が抜けたように茫然と座り込む光井愛佳の姿があった。

「アンタ…、なんでそこにいるの? アンタ、なんだっけ…?」
そう声をかけられた愛佳は、ビクッと身体を震わせると、キョロキョロと落ち着きなくあたりを見回し始める。そして、瓦礫から飛び出している一本の鉄筋をつかむと、引き抜こうと引っ張りはじめるが、コンクリに固められた長い鉄筋は引き抜くこともできない。


「…アンタ…、そういえば予知能力の子か…? 何も予知できなかったの?」
後藤が思い出したように言う。
「…役立たずだね…?」
後藤の嘲笑めいた言葉が響いた時、愛佳は鉄筋をあきらめ、小さな瓦礫の塊を拾うと、子供のような泣き声をあげ、後藤に殴りかかる。
「ウワアアアア~ッ!!」

後藤のあきれた様な顔が涙でぼやける。ぼやけた視界の中で、後藤が右手をかざすようなしぐさが見えた次の瞬間、愛佳の視界は暗転した。

*** ***


ロサンゼルスの薄暗いホテルの一室で、高橋愛はその『精神感応』の『能力』で、光井愛佳の『予知夢』を共有していた。

「…これで…、全部…?」
愛がかすれた声でたずねる。その顔にはべっとりと汗がにじんでいた。
「ここまでです…。…ここでアタシも…」
…殺された…、という言葉を愛佳は飲み込んだ。

「…ちょっとごめん…」
愛が席を立つ。しばらくすると、トイレから愛の嘔吐の声がかすかに聞こえてきた。
愛佳は微動だにせず、虚ろな視線を壁の一点に注いでいる。
「愛佳は…、平気なの…?」
顔を洗ったのだろう、びしょびしょに濡れた顔を、拭いもしないまま戻ってきた愛が聞く。
「…もう…、胃液まで出し切りましたわ…」
愛佳が虚ろな表情のまま答えた。

*** ***



リゾナンターたちは数日前から、ロサンゼルス市内のホテルに宿泊していた。
きっかけは、リゾナンターのメンバーである久住小春が、声優としても活動している縁から、ロサンゼルスで開催されるアニメフェスに招待された事だった。

その事を、リゾナンターが以前から懇意にしていた、警察庁・国際テロリズム対策課の野沢刑事が知ったことから、事態が急転した。
最近、国際テロリズム対策課に対し、ロサンゼルス市警から『能力』を持つ捜査官の派遣協力依頼があったという。

もちろん、「公式」には警察庁には『能力者』のチームなどは無い。ロサンゼルス市警からの依頼は断られた。
しかし、もしリゾナンターのメンバーがロサンゼルスを訪れるなら…、あくまでも「民間人」の立場としてだが、ロサンゼルス市警に協力してはくれないか?そのための渡航費用、滞在費等は警察庁で負担する、というのが野沢刑事の提案だった。

リゾナンターたちは、なかば観光気分で、そしてなかばは『組織』の手がかりを求めて、その提案にのる事になった。それが恐ろしい事態を招くとも知らずに…。



最終更新:2014年01月17日 15:43