(26)637 『ある日の喫茶リゾナント』



絶妙な力加減。
そして、絶妙な時間。
漆黒の液体が泡立ち、独特の薫りが辺りに立ち込める。

よし、なかなかいい出来じゃない?

「れーなーっ」
「はーい!」
「コーヒー出来たよ」
「オッケー!」

カップの乗ったトレイを、慣れた手つきでれいながテーブルに運ぶ。
その動作や仕草は、もうすっかりうちの看板娘を名乗れる程となった。

いつの間にか私は自分のコーヒーが作れるようになり、いつの間にか常連さんも増えていた。
おばあちゃんがいた頃からの人もいれば、新しく通ってくれるようになった人もいる。

「今日もおいしかったよ」

会社の昼休憩になれば、必ず来てくれるスーツのお兄さん。

「やっぱりここのココアが1番好きです」

そう言って笑う女の子は、一ヶ月ぐらい前に来て以来ちょくちょく来てくれるようになり、
いつも必死に卒業論文を書いている。

「れいなちゃん、接客上手くなったよね」

毎回カウンターに座るおじさんは、おばあちゃんが生きていた頃からの常連さんだ。


―カランカラン

「いらっしゃいま…あ、おかえりー」
「今日こそレポートやってから帰るから!」

入ってきて早々、危機迫る表情でさゆは私に宣言した。

「本当にー?」
「本当だって!もう今日やらないとヤバイ!」

そう言いながらいっつも喋るだけ喋って帰るんだから。
そう思って眺めていたら、さゆはカバンから分厚い本とレポート用紙を取り出した。
今日こそは本当にヤバイらしい。
さゆに話しかけたれいなが「話しかけないで!」と
バッサリ切られてびっくりしている。

後でおいしいコーヒーでもいれてあげようかな。
さゆに合わせた、砂糖多めのコーヒーを。

「ごちそうさまー!」
「ありがとうございましたー!」

あのお客さんはうええおええ丼が好物だという、かなり貴重な人だ。
もちろん今日もうええおええ丼を食べて行った。

テーブルを片付けようと、台拭きを手にカウンターを出た。
そういえばメニューもたくさん増えたなぁ…。
テーブルに置かれたメニューに目をやり、ぼんやりとそんなことを思う。


一気にお客さんが減ったところで、私は静かに息を吐いた。

思えば、これまでいろんなことがあったな。

この喫茶リゾナントを継いで、仲間を集めて、闘って、笑ったり、泣いたり、怒ったり…全てが忘れられない時間で。
その全ては、仲間がいなきゃ味わえなかったものばかりだ。
私がおいしいコーヒーを作れるようになったのも、常連さんが増えたのも、メニューが増えたのも、全部みんながいたから出来たこと。

「今日は絵里が退院する日やっけ?」
「そうだよー」
「今ガキさんが迎えに行っとる」

難しい顔で本と睨めっこしながら答えるさゆに続いて、私も説明を付け足した。

「愛佳は?」
「今日は小春とお出かけ」
「へぇー!」

れいなの反応を見て、思わず笑ってしまった。
いつの間にそんなに仲良くなったと?という顔。
もう長い付き合いだ。
能力を使わなくてもわかる。

「そういえば今日はジュンジュンとリンリンの店が開店3周年らしくて、かなり安く食べれるらしいよ」

そろそろ飽きてきたのか、レポート用紙に落書きをしながらさゆが言った。

「マジ!?あー久しぶりに食べたいなー」

今にもよだれを垂らしそうな勢いで、れいなは目を輝かしている。


「よし!今日は小春も絵里もいるし、みんなで行くか!」
「やったー!!」
「でもさゆはそれまでにレポートやらなきゃ駄目だよ」
「…はぁい」

これでさゆもやる気になったかな。
鼻歌を歌い始めたれいなと、真剣にペンを走らせるさゆを見てから、私はカウンターの奥に引っ込んだ。

さて、そうと決まれば片付けなきゃね。
腕まくりしながら洗い場に立った時、もう一つしなきゃいけないことを思い出した。

「危ない危ない。これを忘れたら大変なことになるな」

みんな食べ物のことになると怖いからなぁ。
携帯を操作しながら、怒るみんなの顔を想像すると自然と頬が緩んだ。

メールを送信してから、再び洗い場に向かい、スポンジと洗剤を手に取った。
皿を1枚洗い終わる前、コップを手に取った時、泡を流している時、きっちり4回着信音が鳴り響いた。

「了解でーす☆」
「わかりました!」
「はーい!今から絵里と帰るからね(^-^)」
「絵里の退院祝いですか?ありがとうございまーす!」

各々からのメールを確認して、最後のメールに絵里らしいなと笑った。


「終わったー!!」

ちょうど店内からさゆの歓喜の声が聞こえてきた。
私は慌てて砂糖たっぷりのコーヒーを作り、店内に戻った。

「お疲れ様」
「わーい、愛ちゃんありがとー!」
「れいなはもう一頑張りね」
「大丈夫っちゃよ!」

今日は楽しくなりそうだ。
みんなで食事なんて、本当に久しぶりやし。

―カランカラン

「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!お好きな席へどうぞー」

まだまだリゾナントは営業中。
夕飯まで頑張っていきまーっしょーい!…なんてね。


最終更新:2014年01月17日 15:54