(26)904 『黒い羊(6)』



「逃がしたか…。まあ、とりあえず命拾いはしたわな…、お互いに」
愛はつぶやくと、里沙の元へと駆け寄る。
「ガキさん、大丈夫か!?」
「うん…、もう大丈夫。さゆのおかげだよ…ありがと」

服には電撃によるひどい焼け焦げが残ってはいたが、身体の火傷はほとんどさゆみの『治癒』の『能力』で回復したらしい里沙は、愛に手を引かれて立ち上がる。
「…勝ったね、愛ちゃん…」
「…どうかの…?まだこれからやったからな…」
そんな会話をする二人に、愛佳の号泣が聞こえて来る。

「あれぇ?ミッツィー、どうしたの?」
「…あ…、新垣さん…!ごめんなさい…!愛佳の『予知』がもっとしっかりしてれば…新垣さんもそんな目にあわなかったのに…」
「そんなことないよー、愛佳の『予知』のおかげでみんな助かったんじゃん!あたしだってほら、さゆのおかげでもう全然大丈夫だよ?」

「そうだよ、ミッツィー!!ミッツィーのおかげだよ!!」
小春が叫ぶ。
「ま、小春の『電撃』はキビシかったけどね!」
里沙がいうと、小春はバツの悪そうな顔で(スミマセン…)とでも言うように両手で拝むポーズをしてみせる。


「ゆうべ、みんな徹夜でいろいろとシミュレーションしとったのが良かったっちゃね!!」
「…れいな…、そんなことしとったん…?」
「うん、愛佳がやろうっていいよったけんね。愛ちゃんになら、ウチラのやろうとする事は言わんでも伝わりよると思ったしね」

「そうダ!アレが良かったんだゾ、ミツイ!何で泣く!!」
「バッチリだったじゃないデスカ!光井さんのおかげデス!!」

「…ウチ、あの『ビジョン』で『役立たず』って言われて…、ホントに、ホントに悔しかったんです…。ウチは『黒い羊』なんか…?そう思えて…」
「…くろい、ひつじ…?」
「何…?それ…?」
みんな、訳がわからずあっけにとられる。

「こっちでは、グループの中の『厄介者』のことやそうです…。ウチ、こっちの本屋で可愛い、黒い羊の絵本を見たんです…」
「…可愛い絵だな、と思っただけやったんですけど…、読んでみたら…、『白い羊』の中の『黒い羊』は、『厄介者』だって事が書いてあって…」
「でも、その絵本の『黒い羊』は“強い”羊だったんです…。だから、物語の最期で、『黒い羊』は旅に出るんです…。仲間を探す旅に…」

「でも、ウチにはそんな力は無いし…、ただの『厄介者』やないかって…」
「でも、さっき、『あの人』たちが…、“予知能力者のいるチームは…”とか、“あの子にやられた”とか言ってくれて…」
「なによーミッツィー、結局『アイツラ』の言葉に感動して泣いてんのー!?」
小春が素っ頓狂な声を上げる。


「ミッツィー、あなたは『黒い羊』なんかじゃないよ…。アタシだって“闘う”力なんて無い…。あの『ビジョン』を見ても、怯える事しかできなかった…」
「でも、このチームにいたから、さっきも、みんなで人を助ける事ができた、ガキさんを助ける事ができた…」
さゆみが愛佳の手をとりながら言う。

「絵里だってそうだよ…。自分を『役立たず』だな…って思う事もある…。でも、ミッツィーだって、さっき“この9人は”って言ってくれたじゃん」
「この9人で『チーム』なんだよ!この9人だから強いんだよ!アタシにも、誰にでも、いつでも果たすべき役割がある…絵里は、そう思ってるよ…」

*** ***


少し離れた場所で、愛と里沙は、慰められながらも、ますます号泣し続ける愛佳を見つめていた。
「ミッツィー、良かったね…?」
里沙が言う。
「『黒い羊』…か…。“汚れて黒くなった”羊は、『黒い羊』の仲間にもなれんのと違うかなぁ…」
「愛ちゃん…?」
「愛佳の見た絵本の羊は、“強い”羊だったんやろ…?あーしやったら…、旅に出んと、“みんなを守る”『黒い羊』になりたいのぉ…」

「愛ちゃん…!愛ちゃん汚れてないから!黒くないから!まぶしい位真っ白だから!!」
「それにねえ…、さっき気になったんだけど!『地獄』に行くのは『アイツ』だけだからね!!愛ちゃんは行かないから!『地獄』では会えないから!!」
「…そ、そうかの…」


里沙の剣幕にたじたじとなりながらも、愛は横顔に少し寂しそうな笑みを浮かべていた。
その愛の横顔を見つめながら、里沙もまた考えていた。
(アタシは…『黒い羊』でさえ無い…。『白い羊』の皮をかぶった狼、それとも犬…?アタシが、いつか『白い羊』になれる日は…来るんだろうか…?)



…『黒い羊』は、人の心の中で育つ。



*** ***




『瞬間移動』によって移動した、現場から程近い高層ビルの頂上から、後藤たちはリゾナンターたちの姿を見つめていた。

「…すごいね、あの子たち…。ますます中澤さんが欲しがるよ」
「…フン…。仲間になられちゃ闘れないじゃん」
「真希ちゃんねえ…。おかしいよ、それ。あの子たちだって、『新世界』の一員になる資格はあるんだよ?」
「…じゃあ、アタシに資格が無いんだよ…」

「何言ってるの…?真希ちゃんなんて幹部に決まってるじゃん?」
「そうかな…。アタシなんか『新世界』での居場所が想像つかないんだけど…。こんな『大量破壊兵器』は、平和な世界になったら用無しだと思うよ…」
「そんなこと…!」

「…black sheep of the family…」
「…え…?何…?」
「アタシはね…居場所が欲しいの…。この『能力』が…、自分が、“役に立つ”、と思える場所がね…。今はそれは“闘い”の中の一瞬にしかない…」

後藤は翼を拡げ、飛び立とうとする。
「…真希ちゃん…?怪我は…?こっちの支部の『治癒能力者』がいるよ?」
「いいよ…。傷がズキズキする…。“生きてる”って感じがするよ…」
「そんな…!?」

「それより、梨華っち、『能力増幅薬(ドーピング)』ちゃんと止めてるの?…カオリンに“そのまま続けると死ぬ”とまで言われたんでしょ?」
「…!!…うるさいな…。ちゃんと止めてるわよ…」
「じゃあね…、これから中澤さんと一仕事あるんでしょ?」
「…そうよ…」
「じゃあ、中澤さんによろしくね」



後藤は翼を拡げると、高速で空へと飛び去った。
後藤の姿が見えなくなる頃、石川は二人の帯同者の存在にもかまわず、堰を切ったように叫び始める。

「なんでそんな『能力』のあるアンタがそんな事言うのよ!!アタシなんか…、アタシなんかたいした『能力』がないから…!」
「それでも『組織』の…、『新世界』の一員として認められたいから!!『厄介者』になるのが嫌だから…、ずっと…、ずっと、『増幅薬(クスリ)』まで使って…!必死でやってきてるのに…!!」

ひとしきり叫ぶと、石川はふっと以前のクールな表情を取り戻し、帯同した二人の『能力者』に向うと言った。
「…さ、行くよ。…アタシたちにはアタシたちの『仕事』がある…。アタシたちはそれを完璧にやり遂げるだけ…」
「…ハイ…」
そして、3人の姿もまた、虚空へと消えた。



…『黒い羊』は、誰の心にも潜む。



最終更新:2014年01月17日 16:00