(28)166 『02.降り注ぐ空の涙』



鼻をすすって涙を拭いながら、私は一人で歩いていた。
タイムリミットはあと少ししかない。
明日の朝には、みんなの記憶を書き換えて、組織へ戻らなきゃいけない。
それまでに何としてでも愛ちゃんに本当のことを言いたい。

本当は愛ちゃんの記憶も、何も言わずに書き換えるべきなのかもしれない。
その方が愛ちゃんの為にも私の為にもいいんだろう。
そうすればわざわざ愛ちゃんを悲しませなくて済むし、
私だってここまで苦しむことはないはずだ。

でも…それでも私は愛ちゃんに全てを話したい。
今までずっと私を信じてくれた愛ちゃんだから。
最後に裏切ることになるけど、本当の私を知ってほしい。

そして、いっそのこと私を嫌いになってくれたら――


水溜りを確実に避けながら、私は家を目指して歩いていた。
早く愛ちゃんに話さなきゃいけないのに、足は家を目指している。

真実を話す勇気が出ない。
今ある温もりを手放す勇気が出ない。
話さなかったら、自分が後悔することはわかってるのに…。

勇気を出して、足を止めた。
濡れた足もほとんど気にならなくなってきていた。

「愛ちゃん…」

カバンの中からお守りを取り出し、じっと見つめる。
自分が作った、愛ちゃんとお揃いのお守り。
フェルトで形作られたAという文字を指でなぞる。
こうすることで、いつも勇気をもらっていたんだ。

「まっさか私がこんなことするとはねー」

こんな私がスパイだなんて笑わせてくれる。


こんなものを作ったことが上にバレたら、きっと鼻で笑われるだろう。
「それも作戦か?」とでも言われるんだろうな。

これが作戦だったら、こんなに苦しむことはなかっただろう。
この気持ちも全部嘘だったら。
嫌な笑みを浮かべながら「私は実はスパイなんだよ」って言えたら。
一体どれだけ楽になれることか。

濡れた足から、だんだん身体が冷たくなってきた。
握り締める手は冷たく、吐く息も白い。

あぁ、もうなんで…。
こういう時に限って、リゾナントを思い出す。
みんなの笑顔や、愛ちゃんの心配そうな顔や、さっき飲んだカフェモカ。
あったかいものばかりが、頭に浮かんでは消えていく。



濡れた足から、だんだん身体が冷たくなってきた。
握り締める手は冷たく、吐く息も白い。

あぁ、もうなんで…。
こういう時に限って、リゾナントを思い出す。
みんなの笑顔や、愛ちゃんの心配そうな顔や、さっき飲んだカフェモカ。
あったかいものばかりが、頭に浮かんでは消えていく。

雨がポツポツと遠慮がちに水溜りを揺らし始め、私の身体を濡らしていく。
風邪ひいちゃうかな。
ぼんやりとそんなことを思いながらも、私は一歩もそこから動かなかった。

もうどうしたらいいのかわからなかった。
あわよくば、私をこのまま水溜りにでも溶かして。
私の願いを聞いてくれたかのように、雨は徐々に強くなっていく。
このまま雨に打たれ続ければ、いずれ溶けてしまうだろうか。



ふと、水を跳ねる音が聞こえた。
突然の雨だ。家路を急ぐ人がいてもおかしくない。
特に気にすることもなく、ゆっくりと空を見上げた。
顔を伝う水が、涙か雨かわからなくなっている時、その“音”は確かに聞こえた。

「そんな…嘘でしょ?」

頭の中にしっかりと響いてきたのは、さっきまで聞いていた声。

「愛ちゃん…なんで…」

徐々に大きくなる声。
確かに“共鳴”してきたその声は、愛ちゃんのもので。
振り向いたら、そこには傘を差して肩で息をする愛ちゃんがいた。

「やっぱり、傘持ってなかったんやな」

そう言って愛ちゃんは笑った。
私はそんな愛ちゃんを見ながら、慌ててお守りをポケットに入れた。

「わざわざ来てくれたの?」
「うん。片付けとったら、雨降ってきたから」

相変わらず愛ちゃんは嘘が下手だ。
片付けなんて、とっくに終わってたでしょ?
本当は、私の様子が変だったから来てくれたんでしょ?
だってほら。



「傘、一本しかないみたいだけど?」
「あー…忘れとった」

愛ちゃんは自分が差している傘しか持っていなかった。
急いで出てきたからなーなんて言いながら笑ってるけど、
きっとすごく考えて持って来なかったんでしょ?
愛ちゃんのことだから、本当に私を追い掛けることしか
考えていなかったのかもしれないけど。

「ほら、早く入んなって」
「ん、ありがとう」

泣き顔を見られたくなくて、私は雨を拭うように涙を拭った。
もう、雨だか涙だか自分でもわからなくなっていた。

そっと傘の中に入ると、愛ちゃんの温かさにまた触れた気がして、
私は再び涙が込みあがってくるのを堪えた。
雨音は私の感情に比例するように強さを増していった。



最終更新:2014年01月17日 16:19