◇◇
白き十字架がそびえ立つ場所は、下を見れば海、周囲は鬱蒼と茂る森。
崖の端のほうで、ひっそりと立っていた。
少女は、毎日の日課をその十字架の下で行っていた。
天高く降り注ぐ太陽の光を浴びながら、少女は海に向かって歌っていた。
名も無い、誰も知らない、少女の母が教えてくれた歌。その母は不治の病にかかり亡くなってしまった。
少女は今では、天涯孤独の身であった。
少女と同じ年頃の子供たちが、森のほうから現れた。
そして少女を見つけるなり、子供たちは少女に向けてひどい言葉を言い放つ。
子供たちは言いたい放題に言い終わると、また森のほうへと消えていった。
子供たちに言われた言葉は、少女の心をひどく傷付ける。
けれど、少女は気に止めないようにする。そして、また海に向かって歌い始める。
その時、ふと頭の中を駆け巡る声たち。心の中を掻き回すほどの無数の感情。
それらを全て、少女は海へと放り投げるように右手を掲げると、少女の掌から淡い光がゆらゆらと立ち上る。
その光は漂う風に乗って、海の方へと吹かれていった。
少女は、淡い光を見つめ、また歌い始めた。
少女は、今では『共鳴者』と呼ばれる能力者の一人であった。
◆◆
「新しい世界を作るには、この荒れた世界を作ってしまった人なんていらない。
選ばれた人間だけが、必要なだけだ」
後藤は高橋に語り始める。
理想の世界を、新世界のことを。
「だから、共に作っていこうよ。新しい世界は、高橋みたいな人を求めているんだ」
「そんな世界、こっちから願い下げやっ」
「まあそう言わないで、考えてみてよ。こんな荒れた世界、もう誰も求めていないよ。
荒れた世界を新しく作り直そうと考えて、科学者たちは張り切ってるけど、
そんな科学の力が世界を破滅へと導いていることに気付いてないなんてね。
世界を変えていけると思ってる科学は、しょせん人間の欲望の塊なのに。
そこから生まれる世界なんて、何の価値も無い。ただのガラクタだよ。
…そんな奴らを切り捨てないかぎり、世界は本当の平和に辿り着けないんだよ…」
今の世界を見てきた。
小さな頃から、能力者として。
確かに荒れている。後藤の言うとおり、科学が荒らしていることもあるだろう。けれど。
「……科学が、滅ぼしているのかもしれない。人間の欲が、世界の平和を壊しているのかもしれない。
けれど、そんな人間の欲さえも、世界を救うことだってあるんやっ。
人間が愛情を知らなければ、人を愛することなんて誰もできてなかった。
愛情は欲望から生まれる感情やっ……愛情は、人を満たすことができるから…
だから、今まで頑張ってこれた。みんながいたから、仲間がいたから。だから…!!」
高橋は訴える。
しかし、後藤は分からないとでも言うような表情を向けた。
「…だから、何?結局世界は破滅の道を進んでるんだよ。愛情が憎しみを生むっていう言葉、知らないはずないでしょ?
それでどれだけの戦争が起こった?どれだけの人間が死んだ?そのせいで、世界はいつも傷付けられてきたんだよ。
それは人間の勝手な言い訳だよ。科学でさえも、勝手な言い訳の一部なんだよ」
それでもなお、高橋は強い眼差しを後藤に向ける。
後藤の言葉から感じるものに対する悲しみと、憎悪と、光を伴って。
「あーしは、世界を救いたい。
どんな世界が、この先待ってるかなんてあーしは知らないし分からない。
けれど、あの、大切な仲間たちがいれば、あーしはどんなに微かな希望も見つけ出して、
世界を平和へと導ける形を取りたい。本当の平和が来る時、あーし達はこの世にいないのかもしれない。
けれど、そうなる時の為にも、あーしは少しでも世界の手助けをしてあげたい。キッカケになれたらそれでいいって思ってる。
何年、何十年かかっても、いつかこの世界が平和になってくれたらそれでいい。…だからあーしは、アナタの意見に賛同できない」
微かな光を湛えて、高橋が自分の想いを口にした。
後藤はそれを聴き、落胆の気持ちでいっぱいになった。
相容れない運命なのか。
「……高橋、それは偽善の正義だよ。それでもキミは、こんな世界を救おうとするの?」
能力者と言っても、所詮は人間。
「…偽善でもええ。あーしはこの正義を胸に、ここまで大好きな仲間と共に戦ってきたんやっ」
光が闇を貫こうとする。
闇が光を飲み込もうとする。
どちらも譲らぬ一歩。その一歩こそが、二人の生き様。
神と呼ばれた天才能力者 -後藤真希-
共鳴する光使い -高橋愛-
世界の命運は、二人の両の手に握られた―――――
最終更新:2014年01月17日 16:31