(28)659 タイトルなし(リンリンの炎と絵里の風と)



今日はジュンジュンさんがバイトに間に合う時間に帰ってきました。
いつも疲れてるからゆっくりして、なんておかみさんにまで言われて…

広すぎる部屋で一人時間を持て余してます。
バナナに埋まってて探すのに苦労した、
ジュンジュンさんに関する報告書はもう出してしまったし
リゾナントに行くにしても、手伝い始めるにはもう遅すぎます

今は黄金時間か…バラエティーでも見ようか、
そう思ってリモコンに手を伸ばしかけた私のほぺたを爽やかな風が撫でます。
この部屋独特のすきまー風、なんて切ないものであることは今関係ないんです。


  風…


「ホントに行っても、良いのかな…」

悩みながらも、出かける用意。
まずは目的地近くの、商店街の果物屋さんへ。
ニコニコしながら、お連れさんのでしょ?とバナナを差し出されるけど、結構ですと言います。

「えとー心臓に良い、果物ー、どれですか?」



「かめーさーん!!」
じゃじゃじゃーん!なんてドアを開けたことを後悔しました
かめいさんはまたも、静かに寝息を立てていたんです。
ここは、かめいさんの入院する病院。一人で来たのは初めてでした。

起こさないように、ベッドの側の椅子に座りました いつもはみちしげさんが座ってること多いです
カバンからおじさんが悩みながらも選んでくれたみかんをだして机の上に置きました
ベッドですーすー言いながら上下に動く布団からはみ出した手をそっと触ってみます

 ―柔らかい、人の手だ…

改めて、わたしは嬉しくなりました。仲間がいると、いうことにです。
今まで一人で戦うのが、わたしの、刃千吏での、基本スタイルでした。
それなのに、一ヶ月前からわたしに仲間が出来ました

でもそれは嬉しいことだけじゃなかった、本当に戸惑いました。自分の力が攻撃的過ぎたから。
自分が無闇やたらに攻撃すれば、他の人に危害になるのでは、
そう思うと、炎を起こす心は鈍りました。
焦りがコントロールを乱して、何度白黒の仲間を焦がしたことか。

戦闘が終わって毎回とっても申し訳ない気持ちになりました
役に立ってない、それどころか足手まといなんじゃないか、って。
そんな気持ちを、わたしもみなさんも見ないふりしていました
いえ、わたしは、の話だったんです

  今日は何の為に来たのか、そのことを自分にもう一度強く知らせるために
  あの日のことを、思い返させて下さい。


 *  *  *  *

『リンリン、お願い!炎を!!』

そう言われて、炎を構えました。その軌道上を縦横無尽に動く、仲間。
今までの自分ならば、何も失敗することはないような状況。
障害物をすり抜け、どんな小さな隙間からも、犯人を打ち抜いていました。
でも、自分の視界を邪魔する彼女たちは、もうただの『障害物』じゃなかった。
最悪の結末のビジョンが頭を過ぎって、喉がからからになります
失敗するんじゃないか、その気持ちが炎をどんどんすぼめてしまって
たとえ仲間に当たってもいいような炎しか、吐き出せなくなった。

「リンリン。」
そんな時に、手を握ってくれたのは、最後方の亀井さん。
わざわざわたしに駆け寄ってくれたのでしょうか

「大丈夫、リンリンは出来る。
 みんながあんなとこにいるのは、リンリンを信じているから」
 それでも、怖いなら…

「絵里が、支えてあげるから、ね?」
肩を優しく支えられて、仲間のいる前方に向かされて
揺れ動く銃身である手に、かめいさんの手が重ねられました

流れ込む、オレンジの力。ここで発動するべきだと、あたまの中で神様の声がしました。
風は、わたしの脆弱な炎を支え、励まし、敵に到達する時には、大きな爆風となりました。
威力のグラフは綺麗な放物線を描かず、敵の直前で一気に炸裂するトリッキーなもの…
あんなの、訓練でも出したこと、なかったんです。


あんな火種でこれだけの爆発…
リンリンが普通に炎を使ったら、どれだけのエクスプロージョンが起こるんだろう
勝利への喜びに沸く前方の仲間たちの歓声とは裏腹に、私の中に何か、冷たいものが走りました

「なんか今のさー、ニンジンみたいだったね」

すっごいことをしたのに、かめいさんはのほほんとそんなことを言ったんです
私の緑の炎と、かめいさんのオレンジの風
ちょっと、すごく恐くなっていたのに、そんな気持ちは消えてました

「リンリンと絵里ってすごいコンビなのかもね」

そう言って、静かに微笑んで、さっきみたいに私の手を握ってくれた
その時にやっと、思い出せた感覚があったんです

  手を握られることの、うれしさ

小さいときからずっと訓練に明け暮れていた
手から炎を出さないといけなかった
この手は、武器でした 火器でした
厚い手袋に覆われて、武器として手入れをしてきました

初めて火が出たとき、ホントにホントに嬉しかった
でも、友達は誰も、リンリンの手を触ってくれなくなりました



あの時、かめいさんが、炎を出す私の手を支えてくれたこと
それはあまりにも大きなものだ、すごいことだと気づいたんです

私のことをただの武器と思っていたら握れない…そんなの当たり前で
今までたとえ触ってくれる人であっても、
武器としての知識があって、いつ高熱を発するかとか、
どのタイミングで触るのは大丈夫かとか、すべて知っている刃千吏の軍人だけでした

かめいさんは知らなかった
わたしの手が熱くならないと…もしかしたらやけどするかもしれないのに
それなのに、触ってくれた、握ってくれた
不安な私の気持ちを消すために…癒すために…

「みんなーリンリンがやってくれたんだよーって、え、リンリン!?」
「あ、ああ…ひぐっ…」

私はかめいさんの手を掴んで、そのまま額のところに当てて泣いてしまいましたよ
メンバーが集まってきて、次々に慰めと疑問の言葉をかけてくれる
怪我したのか?どこか痛いのか?って質問は、
絵里が何かしたのか?って言葉に変わっていきましたです

「え、絵里なにもしてないですよー!ちょ、リンリンどしたのー?」

違う違うよ、違うんです
そう言いたいのに、涙が止まらない…


「リンリン…触らしてもらってもええ?」
たかはしさんに覗きこまれて確認されました
私は大きく頷きます お世話になります
たかはしさんは深呼吸をすると、そっとリンリンの肩に触れました
温かい何かが浸透してきて、リンリンの気持ちがたかはしさんに伝わっていきます

「なんやー!リンリンは、みんなで勝てたのがうれしいんやって!」
たかはしさんからの公式発表に、一同が安堵の言葉を口にします
だから絵里じゃないっていったじゃないですかー!ね、リンリン。
かめいさんの言葉に、私は真っ赤な目で頷きました

「えっと、じゃあ、いつものあれやろかー」
たかはしさんは無理矢理にみんなに片手を出させると、
それを重ねさせて一番上と一番下に手を入れて包み込みました

「ええっと…えっと…あ、…が、がんばっていきまっしょーい!」
メンバーはぽかーんとした顔でたかはしさんの行く末を見つめています
もうバトル終わったのに、これから何頑張るの?そんな表情です

「こ、これからはこれ毎バトル前にやるから!全員参加やから!」
やけになったたかはしさんは、くるりと後ろを向いて宣言しました

「ええやん!たまにはその…手とか、繋いでさ、良いじゃん!」
そんなしどろもどろな説明なのに、にいがきさんは全部わかったみたいで、頷きました

「まぁ、いつものとか言いつつ今、急に始まっちゃったけど、やっていきますか!
 みんなで、気合い入れるのは悪いことじゃないからねー」
その言葉に弾かれたように、メンバーが賛同していきます


その時の、感覚。

 リンリンの上のかめいさんの手が

 かめいさんの上のみちしげさんの手が

 みちしげさんの手の上のみついさんの手が

 みついさんの手の上のくっすみさんの手が

 くっすみさんの手の上のたなかさんの手が

 たなかさんの手の上のジュンジュンさんの手が

 ジュンジュンさん手の上のにいがきさんの手が

 にいがきさんの手の上の、そしてリンリンの下のたかはしさんの手が

全部、わたしにつながってる わたしを信じてくれている
もう、だいじょうぶだとわたしは思いました

わたしを、わたしの炎を信じてくれる仲間を信じて
いつも通りに、昔みたいに、やっぱり昔以上に
炎を司ると、わたしは心に決めたんです


『リンリン、伝えたいことは自分で伝えーね』

あの後お礼を言おうとしたら、たかはしさんにそう言われました
伝えるべき人は、一人しかいません。


だから今日ここに来たわけです こうやって手を握ってるんです
決心が変わってしまう前に、かめいさんが起きますようにってお祈りします

「かめいさん、ありがとうございましたー。
 あなたのおかげでリンリン、自信がでましたー」

口に出して明るく言う練習しておこう、
ちょっと、なんだか、ガタガタになってしまいましたー、そう思ったのに

「むふふふふふー」

くすぐったそうな笑い声を出しながら、かめいさんが笑い出しました
ごめん、ホントごめん!まさかそんなこと言い出すって思ってなくてー
かめいさんはリンリンの手を握ったまま、起き上がって
握ったまま手を合わせて謝りました



「絵里、何かしたっけなーって感じなんだよ、しょーじきね」

繋いでない方の手で、かめいさんはポリポリとほっぺたを掻きました
わたしは何を言えばいいか、悩みながら口をパクーパクしていました

「もともとリンリンはああいうこと、出来たわけだし。
 だから、そんな絵里の何かからそんな風に思ってくれた、その事にさ
こちらこそ、ありがとーね、リンリン」

突発的に事を起こしたとは言え、ちょっと不安でした。
あたしなんかー来て良かったのかなって。
一人で来てくれたんだ、ありがとうねー
そう言う亀井さんの笑顔に、来て良かった、心底思いましたです。

「これからはさ、あんまり遠慮とかしちゃだめだよ?
 リンリンと絵里たちは、なーかーま、なんだからね!」

ちょっとくすぐったそうに、先輩ぶって言う亀井さんが
リンリンの目ではぼわーって、滲んで見えました 

でも、そんなこと、顔に出さずに、
リンリンは「ハイッ」てお腹から声出しました。
とってもとても声、大きく出ました。



最終更新:2014年01月17日 16:40