(29)187 『05.束の間の雨宿り』



雨がまた強くなってきた。
傘を差しているのに、全身がびしょ濡れだ。

「ちょっと雨宿りしない?」

今更雨宿りなんて、あまり意味ないかもしれないけど。
少しでも長くこの夜が明けるのが遅くなればと思うから。

「あぁ…そうやね」

私の提案に愛ちゃんは弱弱しく微笑んだ。
それを見て胸が痛んだけど、私は何も言わなかった。
何も、言えなかったから。

私たちは近くのバス停に駆け込んだ。
大きな屋根ではないけど、傘よりは断然良いだろう。
傘を閉じた瞬間、雨で濡れた身体が震えた。
身体が冷え切っていることに今さら気付き、私は身を縮ませた。

「寒い?」
「うん。ちょっとね」
「そっか…。私もちょっと寒い」

そう言って愛ちゃんは笑った。
やっぱりいつものような笑顔ではなかったけど。

「でも、歩いて帰りたいんよ」
「うん」

私もだよ。
寒いけど、辛いけど、この時間を終わらせたくない。


「だから、ごめんな」
「ううん」

きっと、愛ちゃんも同じように思っているんだと思う。
その確認はしないけど、きっと、そうだと思う。

「あのさ…」
「うん?」
「実は…気付いとったんよ、ガキさんが、スパイやってこと」
「…え?」

愛ちゃんが遠くを見つめたまま、衝撃的な事実を不意に呟いた。

「へ?え?うそ?」
「確信しとったわけじゃないけど」
「え?本当に?うそでしょ?」

ちょっと待ってよ。
え?なんで?

「ガキさんの声がさ、響いてきたことがあったから」
「私の、声?」

私はもう頭の中がパニックだった。
愛ちゃんに気付かれていたことが、予想外過ぎて。


「“共鳴”…したんかな」

愛ちゃんは頭を手でくしゃくしゃと掻きながら、少し困ったように笑った。

「“裏切りたくない”って、ガキさんが、必死に助け求めとったんよ」
「裏切りたく…ない…」
「いきなり響いてきて、最初は何のことかさっぱりわからんかったけ…」
「なんで…っ!なんで今まで何も言わなかったの?」

もう私の頭の中はパンク寸前だった。
愛ちゃんの言ってることの意味がわからない。
気付いていたのなら、なんで今まで何も…。

「なんで…何も言ってくれなかったの…?」

私はずっと一人で苦しんでた。
リゾナンターとダークネスの狭間で、ずっと。
みんなといても、ずっと孤独だった。
それをわかっていたのに、なんで…。

「ごめん」
「だって、だって変だよ!私がスパイだってわかった時に、なんで何も言わなかったの!?」

頭の中がぐちゃぐちゃで、愛ちゃんを責める言葉しか出てこない。
愛ちゃんは悪くないとわかってるのに。
手を差し伸べてほしかったから、そればかりが頭に浮かんでしまう。
愛ちゃんは、悪くないんだ。
悪いのは、全部――


「私には何も言えんかった」

気付いたら涙が溢れていた。
視界が歪んで、愛ちゃんの表情が見えない。

「もし言ったら…ガキさんは、ダークネスに帰ってしまうやろ?」
「…!」
「ダークネスとしての責任とリゾナンターとしての責任で、スパイ辞めとったやろ?」

その通りだ。
今までバレた時のことなんて、考えたこともなかったけど。
きっと愛ちゃんにバレたことを知ったら、私はダークネスに帰っていただろう。
そして、ずっと罪悪感を背負って生きていこうとしただろう。

「だから、私は何も言わんかった」

ごめんな、ともう一度呟く愛ちゃんに、私は激しく首を振った
何も考えずに、愛ちゃんを責めてしまった自分が恥ずかしい。

この人は、いつからこんなに人のことがわかるようになったんだろう。
いつからこんなに、私のことを大事にしてくれるようになったんだろう。
いつの間に、こんな立派なリーダーになったんだろう。

「私こそ何も考えずにいろいろ言っちゃって…ごめん」
「ええよ。黙っとった私が悪い」
「そんなことないよ」

でも…そうか。
なんだ…バレてたんだ…。


「どうやって言おうか、ずっと悩んでたのに…バレてたんだね」
「まぁ、確証はなかったけど」
「私の苦労はなんだったんだろ」

私的にはかなりのダメージだ。
あんなに苦しんだのに、ショック過ぎる。

「でも…ガキさんからちゃんと聞きたかったから」

私が落ち込んでいるのを気にもせず、愛ちゃんはあっさりと言い放った。

「いつか言ってくれるって、信じとった」

あぁ…言って良かったんだ。
愛ちゃんが私の目を見て笑った瞬間、初めてそう思った。

「よし、そろそろ行こっか」

雨宿りを始めてから数分しか経っていないけど、ちょっとだけ雨が弱くなった気がした。

「今度は私の番な」
「あ、ちょ…っ」

愛ちゃんは私から傘を奪うと、空いてる方の手で私の手を取ってから傘を勢いよく開いた。
私は右手に伝わる熱を逃すまいと、その手をそっと握り返した。



最終更新:2014年01月17日 16:42