雨がまた強くなってきた。
傘を差しているのに、全身がびしょ濡れだ。
「ちょっと雨宿りしない?」
今更雨宿りなんて、あまり意味ないかもしれないけど。
少しでも長くこの夜が明けるのが遅くなればと思うから。
「あぁ…そうやね」
私の提案に愛ちゃんは弱弱しく微笑んだ。
それを見て胸が痛んだけど、私は何も言わなかった。
何も、言えなかったから。
私たちは近くのバス停に駆け込んだ。
大きな屋根ではないけど、傘よりは断然良いだろう。
傘を閉じた瞬間、雨で濡れた身体が震えた。
身体が冷え切っていることに今さら気付き、私は身を縮ませた。
「寒い?」
「うん。ちょっとね」
「そっか…。私もちょっと寒い」
そう言って愛ちゃんは笑った。
やっぱりいつものような笑顔ではなかったけど。
「でも、歩いて帰りたいんよ」
「うん」
私もだよ。
寒いけど、辛いけど、この時間を終わらせたくない。
「だから、ごめんな」
「ううん」
きっと、愛ちゃんも同じように思っているんだと思う。
その確認はしないけど、きっと、そうだと思う。
「あのさ…」
「うん?」
「実は…気付いとったんよ、ガキさんが、スパイやってこと」
「…え?」
愛ちゃんが遠くを見つめたまま、衝撃的な事実を不意に呟いた。
「へ?え?うそ?」
「確信しとったわけじゃないけど」
「え?本当に?うそでしょ?」
ちょっと待ってよ。
え?なんで?
「ガキさんの声がさ、響いてきたことがあったから」
「私の、声?」
私はもう頭の中がパニックだった。
愛ちゃんに気付かれていたことが、予想外過ぎて。
「“共鳴”…したんかな」
愛ちゃんは頭を手でくしゃくしゃと掻きながら、少し困ったように笑った。
「“裏切りたくない”って、ガキさんが、必死に助け求めとったんよ」
「裏切りたく…ない…」
「いきなり響いてきて、最初は何のことかさっぱりわからんかったけ…」
「なんで…っ!なんで今まで何も言わなかったの?」
もう私の頭の中はパンク寸前だった。
愛ちゃんの言ってることの意味がわからない。
気付いていたのなら、なんで今まで何も…。
「なんで…何も言ってくれなかったの…?」
私はずっと一人で苦しんでた。
リゾナンターとダークネスの狭間で、ずっと。
みんなといても、ずっと孤独だった。
それをわかっていたのに、なんで…。
「ごめん」
「だって、だって変だよ!私がスパイだってわかった時に、なんで何も言わなかったの!?」
頭の中がぐちゃぐちゃで、愛ちゃんを責める言葉しか出てこない。
愛ちゃんは悪くないとわかってるのに。
手を差し伸べてほしかったから、そればかりが頭に浮かんでしまう。
愛ちゃんは、悪くないんだ。
悪いのは、全部――
「私には何も言えんかった」
気付いたら涙が溢れていた。
視界が歪んで、愛ちゃんの表情が見えない。
「もし言ったら…ガキさんは、ダークネスに帰ってしまうやろ?」
「…!」
「ダークネスとしての責任とリゾナンターとしての責任で、スパイ辞めとったやろ?」
その通りだ。
今までバレた時のことなんて、考えたこともなかったけど。
きっと愛ちゃんにバレたことを知ったら、私はダークネスに帰っていただろう。
そして、ずっと罪悪感を背負って生きていこうとしただろう。
「だから、私は何も言わんかった」
ごめんな、ともう一度呟く愛ちゃんに、私は激しく首を振った
何も考えずに、愛ちゃんを責めてしまった自分が恥ずかしい。
この人は、いつからこんなに人のことがわかるようになったんだろう。
いつからこんなに、私のことを大事にしてくれるようになったんだろう。
いつの間に、こんな立派なリーダーになったんだろう。
「私こそ何も考えずにいろいろ言っちゃって…ごめん」
「ええよ。黙っとった私が悪い」
「そんなことないよ」
でも…そうか。
なんだ…バレてたんだ…。
「どうやって言おうか、ずっと悩んでたのに…バレてたんだね」
「まぁ、確証はなかったけど」
「私の苦労はなんだったんだろ」
私的にはかなりのダメージだ。
あんなに苦しんだのに、ショック過ぎる。
「でも…ガキさんからちゃんと聞きたかったから」
私が落ち込んでいるのを気にもせず、愛ちゃんはあっさりと言い放った。
「いつか言ってくれるって、信じとった」
あぁ…言って良かったんだ。
愛ちゃんが私の目を見て笑った瞬間、初めてそう思った。
「よし、そろそろ行こっか」
雨宿りを始めてから数分しか経っていないけど、ちょっとだけ雨が弱くなった気がした。
「今度は私の番な」
「あ、ちょ…っ」
愛ちゃんは私から傘を奪うと、空いてる方の手で私の手を取ってから傘を勢いよく開いた。
私は右手に伝わる熱を逃すまいと、その手をそっと握り返した。
最終更新:2014年01月17日 16:42