◇◇
少女は目を閉じた。
そして、次の瞬間目を開けた。
そこには、先ほどまでいた村人たちがいなくなっていた。何故、と自身に問う少女は周囲を見る。
すると、自身の足元から森の方へと広範囲に続いていたのは、地面を強い力で抉ったような傷跡だった。
その傷跡を見て、瞬時にそれが自分のしでかした行為だと少女は気付いた。
発動したのではない。暴走したのであろう。
殺したのではない。消えてしまったのである。
誰が、自分が。
誰を、村人たちを。
そして少女が次に思ったことは。
本当に、一人ぼっちになってしまったということ。
白い十字架だけが、少女の傍に立っていた。
**
”天使”と呼ばれた能力者-安倍なつみ-は、何者かによって殺された。
共鳴者ではなく、ましてや闇の組織によってでもなく。
どこかにいる、第三者によって。
闇の組織の幹部たちは、彼女の死をどういう形で発表しようかと迷っていた。
真実を告げれば組織は内部分裂する可能性が出てきてしまう。
かといってまったく公表しないということは、逆に疑われてしまう。
その結果、彼女-安倍なつみ-は、共鳴者たちの手によって殺されたということにした。
そして、その公表はより一層組織内部の団結を強固にし、共鳴者との戦いは凄惨を極めていった。
◆◆
太平洋にある小さな島、『海上の孤島』。
この島を管理する闇の組織の一部は昔、高橋たちによって倒されている。
今ではもう、本当の孤島になってしまった場所。
そして、後藤と高橋が決着をつけようとしている場所。
目の前で血を吐き倒れている後輩は、もう戦おうとする気力すら無いように見えた。
瞳は虚ろで、身体を動かそうともしていない。手は動かず、足も投げ出され、今まさに息絶えようとしていた。
「…ここで終わりなのかな、高橋…」
彼女は、自分を追ってここまで一人でやってきた。
大切だという仲間でさえ置いてきて、一人で来たのだ。
なぜ、仲間と一緒に来なかったのだろうか。
なぜ、一人で戦おうとしたのだろうか。
目の前に立たされて気付くのは、今でも変わらない彼女の信念。
そして、彼女の損な性格。一人で解決しようとするその性格は、時に彼女を危機へと導く。
「…もう、終わりだね…」
後藤は倒れている高橋に背を向け、空を見上げた。
今でもまだ、青空さえ見えないのは、覆っている灰色の雲のせいだ。
「……全部、全部…みんなの為だったのにな…」
闇に心を許してしまったかつての仲間たち。
そんな仲間たちに囚われないように、自分が逃した後輩たち。
全てはあの時、変わってしまった。
ならば、あの日あの時、共に戦った仲間たちの為に、そして離脱した後輩たちの為に。
新しい世界を作っていこうじゃないか。
闇というものがあるこんな世界を、忌まわしい世界を終わらせて、平和な世界を作ろうじゃないか。
そう思っていたのに。
そう思っていたのに、キミは。
「それでも抗うのか。戦おうとする意志があるのか。……高橋」
振り向いた先、そこには血を吐きながらも、打たれた腹に手を当てながら立ち上がる高橋愛の姿があった。
「…っ……あーしは、…っ負けない……!!」
**
”天使”を失った闇の組織の総統-中澤裕子-は、彼女の死を悲しんでいた。
そして、誰が”天使”を殺したのか、ある程度見当は付いていた。だが、犯人探しをする気はまったくなかった。
それは、無駄な時間を割いてしまうこと。
また、今では共鳴者たちとの戦いが激しくなっていることもあり、人員を割くことはしたくなかった。
しかし、それ以上の理由があった。けれどそれを、他の者たちには感じさせないようにしていた。
自分の心の中だけに留めていた。
第三者が”天使”を殺した理由も、なんとなく分かっていた。
以前から、その第三者と”天使”は仲が良かったから。第三者が自分を受け入れずに、離脱してしまったのは知っている。
そのことに心を痛めたことを、今でも忘れることはない。
忘れなければならないのに。
闇に染まった自分を見て、彼女は何を思ったのだろう。
ひどく傷付けてしまったことは過去のこと。
もう今では、取り返しの付かないこと。
「……後藤……」
誰が正しいのか、誰が悪いのか。今ではもう、分からなくなってしまった。
能力者である自分と仲間たち。彼女たちを想って、自分は行動してきた。
そして壁が立ちはだかるときに、その分だけ決意をしてきた。
その度に闇に心を許してきた。
しかし何度、彼女を傷付けてきたのだろうか。
分からない、今ではもう、分からない……
◇◆
それぞれが心に秘める意志と己の正義を掲げる。
世界を変えるのは誰なのか。
決して正義と悪ではない、はっきりと分かれることのない真実。
闇も、光も、全て、すべて。
必要であると同時に、お互いを消そうとする。
一切混ざり合うことの無い、悲しみの連鎖。
世界の行く末は、誰の手に――――――
最終更新:2014年01月17日 16:44