(29)689 『06.相合傘』



まるで、傘が私たちを分けているようだと思った。
私と愛ちゃんを分けるかのように、傘は間に入ってくる。
やっぱり傘は嫌いだと、私は愛ちゃんにバレないようにそっと息を吐いた。

「ガキさん?」
「ん?何?」

見られていたかもしれないと思い、私は咄嗟に笑顔を作った。

「いつ、行ってしまうん…?」
「…!」

愛ちゃんが探しに来てくれた時から、考えなくなっていたこと。
真実を話さなきゃと思うばかりで、朝になったら行かなければならないことを忘れていた。
…いや、忘れるわけがない。
心のどこかで考えないようにしていたんだと思う。

「私に話してくれたってことは、もうスパイとしての任務は終わるんやろ?」
「そう、だよ…」
「スパイじゃなくなるってことは、ダークネスに戻らなあかんのやろ…?」
「うん…」
「いつなん?いつまでリゾナントに…」
「今日だよ」

堪えられなかった。
それ以上愛ちゃんの言葉を聞いていられなくて、私は愛ちゃんの言葉を遮った。


「朝になったら、私は行かなきゃいけない」
「そんな…」
「愛ちゃんが来てくれなかったら、私…絶対言えずにいた」

私の手を握る手が震えていることに気付き、私はその手を強く握り返した。

「だから…ありがとう」

私は泣いちゃいけない。
愛ちゃんに言わなきゃいけないことが、まだまだたくさんあるんだから。

「みんなには何も言わんの?」
「うん…」

みんなの記憶は消していくつもりだけど、まだ言わない。
きっと、それを知ったら愛ちゃんは怒るだろうから。

「それよりさ」
「ん?」
「私がスパイだって知ったのに、なんでそんなに普通なの?」

いくら薄々気付いていたとはいえ、何も思わないはずがない。
言ったら最後、手を繋ぐなんて以ての外だと思っていたのに。

「スパイやって気付いた時は、そりゃ…腹立ったよ」

愛ちゃんは私から目を逸らして、はっきりとそう言った。


「仲間に笑顔で接するガキさんにも腹が立ったし、
 何も知らずに信頼しとった自分にも腹が立った。
 その頃は食欲もなくて、ろくに睡眠も取れんかった」

その話を聞いて、愛ちゃんが寝不足だった時期があったことを思い出した。
本気で心配していたけれど、それも愛ちゃんにとっては偽善だと思われていたんだろう。

「でも、ガキさんはガキさんやったから」
「え…?」
「怪我ばかりするジュンジュンを心配するガキさんも、
 無茶な戦い方をした絵里を怒るガキさんも、
 自分のことはお構いなしに私を助けに来るガキさんも、
 全部、ガキさんやったから。
 やから…ガキさんを信じようと思った」
「愛ちゃん…」

こんなに思ってくれていたのに、私は軽蔑されると思っていたのか。
いつの間にか、私たちの絆は"共鳴"という繋がり以上のものになってたんだね。
それを忘れて、私は自分のことばかり考えて…。
心配することなんて、何もなかったのに。


「もう一緒には戦えんの?」
「…うん…」

愛ちゃんの横顔はとても不安そうで、私は思わず目を伏せた。
もうただの仲間なんかじゃないのに、もうすぐ仲間でさえいられなくなる。

「一緒におるのも…もう無理なん?」
「うん…」

なんで私はダークネスなんだろう。
なんで、私がスパイなんだろう。
なんで…共鳴しちゃったんだろう。

泣いちゃ駄目だと思うのに、込み上げてくるものは抑え切れなくて。
繋いだ手から伝わる、悲しみも優しさも信頼も…その全てが暖かかった。
共鳴することを知らなかったら、私はこんなに安心出来る場所があることを知らなかっただろう。
いつでも信じてくれる仲間がいるという幸せにも出会えなかっただろう。

共鳴してよかったと思う。
みんなに会えてよかったと思う。
愛ちゃんと最初に出会ったのが私でよかったって、心の底から思うんだ。

「…それなら」

繋いでいた手がギュッと強く握られ、私は落としていた視線を上げた。
愛ちゃんは、すごく真剣な顔でこっちを見ていた。


「離さん」
「え?」
「この手はもう離さんで」

握られていた右手から、確かな信念を感じた。
そうと決めたら絶対に曲げない。
そんな愛ちゃんの信念を。

私だって、離したくないよ。
でも…私は、みんなとは一緒にいられない。
一緒にいちゃいけないんだよ。

「ダメだよ…」
「なんで」
「だって私は…っ」
「嫌や!」
「愛ちゃん!」

愛ちゃんは眉間に皺を寄せて、泣きそうな目で私を見た。
泣きたいのに泣かない。
怒っているような、困っているような顔。
喧嘩をする度に、この顔を見てきた。


愛ちゃんは眉間に皺を寄せて、泣きそうな目で私を見た。
泣きたいのに泣かない。
怒っているような、困っているような顔。
喧嘩をする度に、この顔を見てきた。

「わかっとるよ!ガキさんを止めることが出来んことぐらい!」
「愛ちゃん…」
「でも…ガキさんがおらんなんて…そんなん無理や…」

雨音に消え入りそうな声で愛ちゃんは呟いた。
その声や表情が、私の胸を締め付ける。

私だってみんなといたい。
でも、それは許されないことで。
私なんかにそれを言える資格なんてない。

謝ることしか出来ない自分が嫌になる。
私は、必死に繋いだ手を離さないでいることしか出来なかった。



最終更新:2014年01月17日 17:50