(17)447 『コードネーム「pepper」-ガイノイドは父の夢を見るか?-2 』



第6話 : One for all all for one


ここは、入り口のドアに「本日休業」の札が掛けられた喫茶店「リゾナント」の中。
リーダーの愛が、珍しく里沙を除き全員集合したリゾナンター達を前にしていた。
「どうしても全員なんですかぁ~? 小春、これから仕事なんだけど~」
小春が不機嫌そうに言う。
「今回の任務はリゾナンターの総力、全員でいきます。」愛が答える。
「日本の誇るロボット工学の権威、阿久悠博士が、警察庁、科学技術局の手により拘束されています。」「その所在を突き止め、我々の手で奪還します!」

「えええええ~!!」
メンバー全員が一斉にどよめく。
「ほえ~?それって、警察庁の総本山を敵にまわすって事ですか~?」
「でも、そもそもそれって誘拐だと思うの…。」
「ミッションインポッシボーてやっちゃね!まともに考えたら無理ったい!」
「無理ですよ、無理無理!小春仕事もあるし!」
「リーダー、大丈夫なんですか?そんな事しても…。」
「阿久博士、知っテル! 中国にも来た事アルヨ!すごい警備だったデスよ!」
「スミマセン、バナナどこにイキマシタカ…?」
…みんな口々に騒ぎ出し、収拾がつかない。

ざわつくメンバー達を見ながら、ゆっくりと愛は窓に向かって歩いた。窓に向かい、小さな声でつぶやく。
「ガキさんの電話、最初の言葉は “お願い” やったなあ…。」
ピクッ…。 …メンバー達の耳がピクつくかのように、リーダーに注意が向けられるのがわかる。
「二言目には “助けて” って言うてた…。」
…メンバー達は完全に静まり返り、愛の次の言葉を待っている。
「ガキさん、泣いてたみたいやよ…。」

…さらに静まり返るメンバー達…

急に小春の甘ったれた声が響く。
「あ、小春です~。お疲れ様です~。すみませんちょっと今日どうしても体調悪くて…。ええ、すみません、
気をつけます…。あ、日程ズラせます? ああ、ありがとうございます!それじゃあ、宜しくお願いします!」
…チョロイもんだ、とでも言いたげな顔で携帯をとじる小春。
「相手は強い方がわくわくしよる!腕がなるっちゃ!」
「ま、まあ、新垣さんの頼みですから、ねえ?」
「…やるしかないと思うの・・・。」
「阿久博士に会えるデスか? 楽しみデ~ス!」
「あ、バナナありました~! これで大丈夫デス!」

「よ~し、みんなやる気充分やね!? さっそく作戦会議に入るよっ!!」
愛がメンバーを見渡しながら言う。
「今回の作戦の絶対条件は、“誰も傷つけない事”。そして、できれば我々リゾナンターの仕業だと気付かれないのが理想だけど…。」
「時間はありません。最速での奪還を目指します。最悪の場合、警察庁との全面対立も覚悟の上です。
奪還を最優先してください!!」

…作戦会議が続く「リゾナント」の外には、紫色の黄昏が迫ってきていた。



第7話 :  Romance 


同じ頃、里沙はリサとアイカの埋葬に立ち会っていた。
この都会のTokyoCityでは奇跡のような、森に囲まれた小高い丘の上で、粗末な墓標をしつらえ、残されたメンバー達が祈りを捧げていた。
いたたまれない気持ちの里沙は、その輪にはいることが出来ず、ただ唇を噛み立ち尽くしていた。
自分の不甲斐なさを思うと、涙を止める事が出来ない…里沙は泣き崩れるのをこらえるのがやっとだった。
アイがそんな里沙にゆっくりと歩み寄り、肩を抱いて言う。
「泣かないで…。アイカの最後の心はみんなに伝わってきたの…。あの子は恨んでなんかいない。あなたの手のぬくもりの中で、とても幸せな、やさしい気持ちを感じていたわ…。」
里沙は声をあげて泣いた。
「そして、あの子は最後に自分を人間だと信じて逝った… あなたのおかげで…。みんな、あなたに感謝しているの。」

「アイちゃんは…」思わず愛を呼ぶ時のように里沙は言う。
「アイちゃんたちは…人間じゃないの? こんなに…、こんなに人間らしいのに…?」
「アイカは幼かったから…。すぐに知らせることは出来なかったけど…。私達はあなたがたリゾナンターを模して作られたガイノイド…、らしいわね。」アイはこともなげに言う。
「私達の脱走にあたって、研究所には私達に好意的な人たちもいたの。その人達が教えてくれた…。でも、その人たちも、やはり私達には"心がある”と言ってくれたわ…。」
「私達は心のある人間として生きてきた。…だから、これからも人間として生きる。…そう決めたの。」
「そして、もし今の私達に父と呼べる人がいるのなら…会いたい。一目でも。…それが今の私達の願い。」

「きっと会えるよ!今、リゾナンターの仲間達もお父さんを探してくれてる!みんなのお父さんは…、きっと阿久悠博士だよ!博士も、みんなのこと、ロボットじゃないって言ってた…。すごい人なんだよ!」
「阿久博士…。そうなのかも知れないね…。でも、博士は今どこに拘束されているのか…。」
「うん、でもみんながきっと見つけてくれる!」
「…ありがとう。でも、私達には時間が無い…。私達も、今も感じるこの父の思念を頼りに、父の居所をさがしていくわ。」
「なにか具体的なあてがあるの?」
「私達の感じる方向を総合すると、TukubaCity方面じゃないかというの。これは、研究所の協力者にも相談してみたんだけど…。」

TukubaCity。「研究都市」として、警察庁、文部科学省、防衛省等の研究機関が立ち並ぶ。確かに、阿久博士を拘束する場所としてはふさわしいとも思えた。
しかし、「研究所の協力者」と言う言葉に里沙は引っかかった。
「研究所の協力者って? …大丈夫なの?みんなの居場所が知られたりはしないの?」
「LINLIN! 大丈夫よね!?」とアイが微笑みながら言う。
「ハイ!土居さんはステキな人デス!」とLINLINが真面目な顔で答える。
メンバー達の顔に、ひさしぶりの笑顔がひろがった。
「…え…? ステキ…って…? どういう意味…?」里沙が訝る。
「協力者の土居さんというのは、私達の戦闘技術の指導者だった人で…、LINLINの…恋人なの。」
「ええ~っ!!」と驚きながらも、里沙は驚いた自分を恥じた。
本当に普通の女の子達なんだ…。ガイノイドが恋をするなんて…と驚いた自分は、心底から彼女達を人間だとは思っていなかったのかも知れない…。こんな「ロマンス」があったなんて…。
聞けば、事件の発端となった「支給品ではない携帯」も、「彼」との連絡用だったらしい。
「今も、連絡取り合ってるの?」
「ハイ!」
「そうか…。お父さんに会えたら、今度はお父さんにも紹介できたら良いね!」
「ハイ!」
LINLINは、顔を赤らめながら答えた。再び、メンバー達に暖かい微笑がひろがった。

同じ頃、周辺の森の中では、警察庁の誇る特殊科学急襲部隊(SSAT)が、「pepper」達の居場所を察知し、襲撃の準備を整えようとしていた。



第8話  : Killing field 


「バシュ!バシュ!バシュ!」未明の空に破裂音が響き、「pepper」達が束の間の休息を取る森が、突然明るい光に照らされる。

「照明弾!?」里沙が仮眠から跳ね起きる。
「始まったわね…」
既にアイたちは立ち上がり、臨戦体勢にあった。
「どうしてここが!? アタシ、つけられてた?」
「違うわ。私達は先の戦闘からずっと追跡されてた。…なぜか包囲するだけで攻撃はしてこなかったけど。」
「そうか…。秋元の意識が回復したんだわ…。たぶん。」
もっと意識を混乱させておけば良かった、と里沙は今更ながら後悔したが、脱出の際に、アイカと自分の記憶を注意深く秋元の意識から抜き出してはいたものの、それ以上の操作は現実的には危険すぎた。

「ざっと200体…2個中隊ってとこちゃね」森の奥をうかがいながらレイナが言う。
「この前の倍ですね…。 ま、どうってことないですよ!」とコハル。
「そうはいかなそうよ…。 今回は大物が1体いるみたいね…。」アイの目は、照明弾に照らされた森の奥に未だ残る暗闇を見つめていた。

森の奥で動き始めていたのは、秋元が開発した、警察庁特殊科学急襲部隊(SSAT)の大規模テロ制圧用装甲ロボット、AK-B8であった。12門の大型電子砲から、超小型の地対地ホーミングミサイルまでも備えたその姿は、ロボットと言うより「動く要塞」と呼ぶのがふさわしかった。
そのあまりにも強力な攻撃力は、防衛省自衛部隊1個大隊にも匹敵すると言われ、その必要性を疑問視する声があがった程であり、実戦での出動は今回が初めてであった。

森の奥から光の尾を引いて、2つの光が放たれる。
「サユ!エリ! シールド!」アイが叫ぶ。
「ハイ!!」二人が同時に叫び、エネルギーシールドが周囲を包む。
2発の地対地ミサイルがシールドに炸裂する。一瞬昼間のように明るくなる森の中を、まるで空でも飛ぶかのようなスピードで突っ込んでいくアイ、レイナ、コハルの後姿が見えた。

先回の戦いと同様、単体の人型装甲ロボット、AK-B40はアイ達の脅威ではなかった。ある意味直感的ともいえる動きを見せる彼女等の動きに、AK-B40は全くついていけていない。しかし、前回とは違い、
要塞にも見えるAK-B8の電子砲が、常に援護射撃を行う。高精度の射撃をかわしながらの戦いは困難を極め、1体のAK-B40を仕留めるにも、先回の数倍の時間を要していた。

突然、AK-B8からアイに向けて超小型ミサイルが発射された。難なくそれを避けて見せるアイだが、ミサイルは空中でUターンし、さらにアイを襲う。高精度のホーミング(自動追尾)ミサイルである。
右へ、左へ、AK-B40の中をすり抜けるようにかわし続けるアイ。だが、そのミサイルとの距離は徐々にせばまっていく。そしてミサイルがアイの眼前に迫り、里沙が「危ない!!」と声をあげた時、爆音と共に吹き飛んだのは、身代わりとされたAK-B40の1体であった。
しかし、超小型ミサイルにもかかわらず、その爆発は大きく、アイは白い喉を見せ、弓なりにのけぞって宙を舞う。
くるりと身をひるがえして着地するアイの姿にはさしたるダメージは感じられず、爆発による衝撃回避の為のジャンプとは思われたが、見ている里沙としては気が気ではなかった。

再びミサイルが放たれた。標的はコハル。
一瞬目を見開き、ぎょっとした表情を見せたコハルは、なんと一直線に里沙達のいる場所めがけて突っ走ってくる。
「え? …え?」と皆が驚いていると、コハルは「カメイさ~ん!! ミチシゲさ~ん!! 開けて!! シールド開けて!!」と叫ぶ。
意図を理解したエリとサユミが一瞬シールドを一部解除すると、コハルは頭から飛び込んでくる。
「閉めて!!閉めて!!」
「言われなくても!!」と二人がシールドを再び閉めた瞬間、ミサイルはシールドに激突し爆裂する。
シールドはビクともしないが、肝を冷やす瞬間である。
「コ~ハ~ル~! かんべんしてよね~!!」エリが叫ぶ。
「も~う、ドキドキしたの~!!」とサユミが続ける。「普通の人もいるんだからね!」
「ふ~う、助かっちゃった!」コハルは悪びれた様子もなく、再び飛び出していく。

コハルの様子を「…ムチャしようね~。」とつぶやいて見ていたレイナを、次のミサイルが襲う。
フン…と鼻を鳴らし、「よう見とき!!」と叫んだレイナはミサイルを紙一重でかわすと、一直線にAK-B8の方へ突っ込んでいく。
立ち並ぶAK-B40の間をすり抜け、AK-B8の電子砲をかわしながら、巨大なロボット要塞にたどり着くと、自慢の右手の電磁カッターを閃かせ、装甲に思い切り叩きつける。
一瞬の閃光。しかし、装甲自体に裂け目は出来るものの、大きなダメージは見えない。
「ふ~ん…、じゃあ、これはどうね!?」と小さく叫ぶと、背後から追ってきたホーミングミサイルをギリギリでかわし、逆にAKーB8に叩きつける
。轟音と閃光が走り、爆炎がAK-B8を包む。
しかし、装甲に傷がつき、一時的に動きは止まるものの、山のような装甲ロボットの姿にはやはりさしたるダメージは伺えなかった。

その様子を見ながら、レイナが報告する。
「装甲は割と一般的なチタン系合金とセラミックの組み合わせっちゃねー。…でも厚い。よっぽどカッターの出力上げんとどうもならんちゃね。」
「コハルもシャイニング・レボリューション使う隙がないです…。地道に1体1体片付けていかないとダメですね。」
「救いは、秋元とやらが自分のプライドの為か、あくまでもロボット部隊だけで攻撃してきてる事ね…。誰かを傷つける事を恐れずに戦う事が出来る…。」

しかし、夜明けが近づく頃、「pepper」の3人の戦士たちの姿には、疲労と共に、焦りの色が色濃く浮かんでいた。
AK-B40の部隊は一向に減る気配を見せず、逆にジワジワと包囲網を狭めてきている。
AK-B8も徐々に前進し、3人だけでなく、他のメンバーを包むシールドへの直接攻撃も断続的に仕掛け始めていた。
このままではダメだ…、何とかしなくては…。そう感じながらも、何も出来ない自分に、里沙は唇を噛む。

AK-B8の電子砲の一斉射撃を切り抜け、一時シールドの中に退避したアイが、ふと里沙に向かってつぶやく。
その口調は、それまでの冷静なアイのものとは違っていた。
「…あーしが居なくなったら、次のリーダーはガキさんのはずやったのになあ…。」
「アイちゃん…? 何言ってるの? 変な事…。」
「…ふふ。そんなとこもそっくりやね。 …さて、と…」と笑みを浮かべ、アイが再び出撃しようとした時…。
いつのまにかアイの背後に立っていたのはレイナとコハル。
「アイちゃん、リーダーやめると? それならレイナが臨時リーダーやるっちゃ!」
「…え…?」
「コハル! あんた臨時サブリーダーに任命するったい! ついてき!」
「ハイ!」
あっけに取られる里沙とアイを尻目に、レイナとコハルはシールドから飛び出して行く。

シールドから飛び出たレイナは、いきなり超人的な跳躍を見せ、取り囲むロボット軍団のはるか上空へと舞い上がった。
そしてレイナは上空から一直線にロボット要塞、AK-B8へと向かって飛び込んでいく。
無数の電子砲が一斉にレイナを狙って動く。そして幾筋もの光線が夜空に糸を引き、リサの命を一発で奪った光線が、何本もレイナを貫く。
「レイナ!!」アイが悲鳴にも似た声をあげた。
さらには十数発のホーミングミサイルがレイナをめがけて発射される。
しかしレイナは達人の「見切り」にも似た極少の体捌きでミサイルをかわし、身体を貫く光線にもかまわず、右手の電磁カッターを限界を超えて加熱させ、灼熱の光を放ちながら山の様な要塞に飛び込んで行った。
凄まじい閃光。そして炸裂音が響き、真っ黒に見える要塞に光の亀裂が広がる。
皆が息を飲む中、レイナの後を追うミサイルが、亀裂の中へ次々と吸い込まれるように飛び込んでゆく。
昼間のような光を放ち、AK-B8は内部から爆発、炎上する。爆風がエネルギーシールドをビリビリと揺さぶる。
「レイナァァァ!!」「タナカさん…!!」爆音の中、皆の叫び声がかすれる。

炎上する炎の中、あまりにも強烈な爆風に炎が消されたのか、中心部にはポッカリと大地が覗いていた。
そこにフワリと、まるで羽を持った天使の様に舞い降りたのはコハル。
レイナの消えた大地にスッと右手を当てると、
「タナカさん、お疲れです…。 …コハルもッ! …いきますッ!!」 小さく叫ぶと、「シャイニング・レボリューションッ!!」
先日も見せた、コハルのみが可能とする攻撃である。しかし、今回は全身からの放電の量が先回の数十倍にも見えた。
そしてさらに放電はジワジワと量を増し、しまいには巨大な球状の発光体となってAK-B40達を包み込んでゆく。
「コハル…! ダメ!」崩壊の予感にアイが叫ぶ。
光の中心にあったコハルの影は徐々に輪郭を失い…、巨大な光球が四方に飛び散るように消え去った時、コハルの姿は既にどこにもなかった。
そして、放電を浴びたAK-B40達は連鎖するかのように次々と爆発、炎上を繰り返し、周囲は火の海に包まれていく。

壊滅。
実にたった2人の捨て身の攻撃により、警察庁特殊科学急襲部隊の誇るロボット軍団はそのおよそ8割が壊滅的打撃を受け、残る2割も、炎上する炎に阻まれ思うように身動きが出来ないでいた。

「レイナ…! コハル…! なんて馬鹿な事を…!」アイは叫ぶ。
だが、里沙は気付いていた。ほんの数十秒前には、アイ自身が、自分を犠牲にする事により血路を開く決意を固めていた事を。
そして、彼女達が持つ独自の「共鳴」作用によりそれを感じ取ったレイナ、そしてコハルがそれに先駆けて飛び出していったのだと言う事を。
アイを、そして他のメンバー皆を救う為に。

「エリ!サユ!シールドを強化して!」アイが叫ぶ。
「このままあの炎の中を突っ切ります! レイナとコハルが作ってくれたチャンスを無駄に出来ない!」
残存するロボット軍団が炎に阻まれ身動きできない中、「pepper」達は炎の中を脱出に向けて進み始めた。
地獄の業火のような炎の中、シールドを通しても火傷をしそうな熱気が伝わる。汗さえも瞬時に乾かしてしまう熱風の中、「pepper」達、そして里沙の頬の涙は乾く事はなかった。

 …
「pepper」達が炎の中を脱出する数時間前の事…。

月に照らされた森の中…。レイナとコハルの姿があった。
「タナカさ~ん、話って何ですか?」森の奥から現れたコハルが問い掛ける。
「コハルに頼みがあるけん。」リサとアイカの墓標の前に座り込んでいたレイナが答える。
「コハル…。死んでくれると?」
「…ハイ!良いですよ!」屈託なくコハルが答えた。
「…いい返事しよるね…。こりゃよっぽどガキさんの教育が良かったっちゃね?」
「いいえ、タナカさんを信じてるだけですよ…。タナカさんだってよっぽどの事がなけりゃ死ねなんて言わないでしょ? タナカさんが言うなら…、よっぽどの事なんだろうな、って。」
「いいよるね…。」レイナが苦笑しながら続ける。
「コハル、あんたの力はずば抜けとう。一人での戦闘力は文句なく一番たい。それはレイナも認めちょる。」
「だから、その分これからはリーダーを守って欲しいんよ。…いままでガキさんが皆にしてくれてた様に…。…そして、もしリーダーとコハル、どちらかが欠けるとしたら…、死ななければならないとしたら…。」
「…わかりました。」

「タナカさん…。なんかリーダーっぽいですね?」コハルが悪戯っぽく言う。
「実はレイナ、リーダーに向いとろう? リーダーはキツイ事も言えなきゃいかんとよ。 …アイちゃんは…優し過ぎるっちゃ。メンバーに決して死ねとは言えん…。きっと自分が死ぬのを選びよる。それは本当はリーダー失格たい。」
「…でも…。」とコハルが言う。「そんなリーダーだから…。」
「…そう、そんなリーダーだから…。」
「タナカさんもついて行くんですよね?」
「…ほんといいよるね…。」レイナは再び苦笑いするとクルリと背を向け、そのまま振り返りもせずにお疲れ、と手を振りながら森の奥に消えていく。
コハルはふとリサとアイカの墓標に目を向けると、しばらく微動だにせずにじっと見つめていた。
そんな二人の姿を、光り輝く月だけが見ていた。



第9話 : Craftiness


遡る事数時間…。

作戦会議を終えたリゾナンター達は喫茶店「リゾナント」の扉を開けると、夜の街へ飛び出して行く。
阿久博士の最速での奪還を目指す以上、時間を無駄にする訳には行かない。
目指すは警察庁・科学技術局のある警察庁の総本山、Kasumigaseki City の警察庁本庁舎である。
しかし、先ずは阿久博士の所在を確認する必要があった。この本庁舎のどこかにいるのか?それとも、「pepper」達が向かうというTukuba Cityの何処かなのか、それとも…?
愛は他のメンバーを待機させると、小春のみを伴い、既に正門の閉鎖された庁舎の裏通用門に近づく。
巨大な庁舎に働く人は想像以上に多く、定時をだいぶ過ぎたこの時間でも、通用口を通り退庁していく人は多かった。

愛は退庁していく人々に丹念に精神感応によるマインドサーチ(探査)を掛けていく。
しかし、退庁する人皆が阿久博士の事を考えている訳も無く…、それぞれの心はこれからの夜食の買い物や恋人、家族の事、あるいは残した仕事の事などで占められている。
小春を伴ったのはその為だった。小春が退庁する人達の視界に、一瞬だけ阿久博士の映像を現出させる。
サブリミナル画像のように一瞬でも、人はそれにより自分の記憶の中の情報を想起するのだった。愛はそれを逃さず読み取ろうとしていた。
“そういえば、阿久博士、ご病気はどうなんだろ…。”
“あー、阿久博士の代理の秋元とかいうヤツ、いけ好かなかったな…。早く博士が戻ってくりゃ良いけどな…。”
どうも博士の処遇は内部的にも秘密であり、「病気療養中」とされているらしい。これでは相当な幹部クラスにあたらない限り、阿久博士の所在を知る事は難しそうだ…。

次第に退庁者もまばらになり、今夜は無理なのか… と、愛たちが半ばあきらめかけた頃、黒塗りの車が横付けになり、いかにも幹部クラスのスーツの男が登庁してくる。
“…こんな時に秋元君まで意識不明とはどう言う事だ…? まさか例のダークネスとかいう組織が絡んでいるのか…? いまさら阿久博士に戻ってもらうのもみっともない話だ…”
「小春!お願い!」すかさず愛が指示し、小春が男の前に一瞬阿久博士のビジョンを現出させる。
"…阿久博士は無事だろうな…? まあ、あそこならよほどの事がない限り大丈夫だろうが…。”
男の脳裏に浮かんでいたのは、なんと防衛省の本庁舎であった。
表向きは警備を厳重にする為という事ではあったが、警察庁内に信奉者の多い阿久博士を監禁状態に置く事には、庁内の反発が大きい事を懸念した秋元が、自分のつてのある防衛省に依頼したらしい。
「…防衛省…!!」愛は溜息をつく。これは作戦の練り直しが必要だわ…。とりあえず愛たちは再びメンバーと合流する事にした。

しかし、ちょうどその頃、既に Ichigaya City の防衛省本庁庁舎の正門前には、庁舎内を覗う女の姿があった…。

その数十分後、防衛庁本庁舎の裏門に歩み寄る1つの影。
黒いレザーのジャンプスーツを身にまとった、小柄な女性のように見えるその人影は、つかつかと門衛に近づくと、低い声で聞く。
「阿久博士はどこにいる?」
「何!?」
「誰だ、君は!?」門衛が気色ばむ。
女は、スッと左手を一人の門衛に向けて上げる。するといきなり門衛の身体が宙を飛んだ。
「うわああああああ!!」
門衛の身体ははるか後方の庁舎の10階付近の壁に叩きつけられた。壁にヒビ割れが走り、血飛沫が飛ぶ。血塗れの門衛の身体はズルズルとゆっくり壁をつたって落ち、動かなくなる。
「な!?何をする!?」
詰め寄るもう一人の門衛にもまた女が左手を向けると、門衛の身体は立ったままゆっくりと宙に浮かぶ。
「阿久博士はどこにいる?」
「…!」
再び二人目の門衛も物凄いスピードで宙を飛び、庁舎の壁に叩きつけられる。

異常を察知した数名の隊員達が守衛室から銃器を手に飛び出してくるが、状況を見て唖然としてしまう。
「な、なんだこれは…!? 何が起こったんだ!?」
驚愕している彼等にまたしても女が手をかざすと、それぞれが持つ銃器が物凄い力でもぎ取られ、女の脚元に引き寄せられてしまう。
「念動力!!」「ダークネスの能力者か!!」
「いったん引け!!応援を呼ぶんだ!!」

守衛の隊員達が庁舎に逃げ込むと、後に残された女はニヤリと笑い、
「キシシ…。ダークネス顔しとうって言われるのは納得いかないっちゃけど、この役楽しいっちゃね!」
「れいな、あんまり喋っちゃダメやよ、最低限にしてね!」と愛がたしなめる。
いつのまにか先ほど飛ばされた守衛達の側にしゃがみこんでいた絵里とさゆみが報告する。
「二人とも怪我はないですよ~。ビックリして気絶してるだけですう~。」
「ジュンジュンもリンリンも、飛ばし方上手なの~。」
「ホントにはぶつけてないデスから!」
「バッチリですよ!」と、門衛達を念動力で飛ばしたジュンジュンとリンリンがニコニコして答える。
「じゃあ、もう良いよね~。」と小春が言うと、念写された庁舎のヒビや血飛沫、門衛達の血の跡が消える。
「あ、次が来ます!今度は最初から撃ってきますよ!田中さん、隠れてください!」
愛佳が予知を報告すると、メンバーは物陰に隠れ、小春が幻のれいなの姿を出現させる。

現れた自衛部隊員達が銃を乱射するが、もちろん幻のれいなには全く効果が無く、隊員達はパニックに陥る。
「…阿久博士はどこにいる…?」
茂みの中かられいながマイクを使ってスピーカーから声を流す。
その言葉で隊員達の頭に想起されるイメージを、愛が必死に読み取る。完璧に近いイメージが浮かばない限り、その場所へのテレポートは不可能だからだ。
「ねえ、みっつぃー、上手く行きそう? これで博士の所にたどり着けるのかな?」さゆみが聞く。
「あ、待って下さい! 未来のビジョンが見えました! …田中さんらしき人が博士に会ってます!」
「…あれ…? でもおかしいな…? 田中さんが巨乳に見えます!」
「なんがおかしかと!」
「ま、待ってみっつぃー、それってもしかして本物の…?」
「ダークネス!?」メンバーの声が揃った。

その頃、庁舎の中にある、閣僚等が緊急時等に長期宿泊する為に作られた施設の中では、監禁された阿久博士が苛立ちを募らせていた。
長身にボサボサ頭の博士が、それなりに豪華にしつらえられた広いホールの中を、ウロウロと歩き回っている姿には焦燥感が漂っている。

ふと、室内に妙な冷気が漂い…。ロックされていたはずのドアがゆっくりと開く。

阿久博士がノックの音に気付いて視線を送ると、既に開いたドアの横に二人の若い女の姿があった。
一人は黒のレザーのジャンプスーツに身を包み、開いた胸元からは乳房の豊かさがうかがえた。
もう一人も黒のレザージャケットとマイクロミニを身につけ、美しい脚を見せ付けるようにしている。

「ほう…。 これはこれは、こんな殺風景な所へ、そんな美しいお嬢さん方が、何の御用かな?」
「私達は、闇の住人…」
「…そして、闇の代理人…、とでも申し上げましょう」
「あまり名も名乗らない輩との付き合いはご遠慮したいのだがね…? 私は阿久悠だが…、それは知っての事だろう?」
「これは失礼しました。 …闇に永く住みますと、名前などと言うものはあまり意味を持たなくなりますのでね… 私はアヤとお呼び下さい」
「…私はミティ」
「…ふむ、なるほど。それで、何かね? お酒の相手でもしてくれるのかね? それともピンクレディでも歌ってくれるのかな? …いや、今はモーニング娘。かね?」 
「…モーニング娘。も古いですわよ、博士」アヤが冷静に答える。

「…お預かり戴いていた物を返して頂きに来ました」 ミティ が続ける。
「…預かっていた物?」
「私達のデータを基に博士が作り上げた、ガイノイドチーム、『pepper』の事ですよ」
それを聞いた博士が突然笑い出す。
「ハッハッハ!なるほど! …しかし、君達は私を誰だと思っているのかな? 私が君達の考えた、あんな計画に基づいて彼女等を作ったと思うのかね?」
「何っ!?」
「まあ、確かにリゾナンターの諸君のデータは活用させてもらったが、あれは別に君達の考えたものではないだろう? 私とパートナーが生み出した彼女等は、君達の想像などはるかに越える存在なのだよ。」
「…彼女等と比べれば、君達の計画など子供の遊びに過ぎん。 …まあ、少々光る部分もあったから、あれを考えた担当者は、よければ私の研究所で鍛えなおしてあげても良いがね」
「くっ!」 ミティが言葉に詰まる。

「ほう…。そういうことですか」アヤが歩み出る。
「それは興味深いですね…。 ますます彼女たちが欲しくなりました」
「どうですか? 私達がここから開放して差し上げましょう。そして彼女たちの捜索も。 …そのかわり…“色々と”私達にご協力戴く事にはなりますがね」
「…なかなか悪くない条件だね・・・。だが、パートナーを選ぶのは慎重にならないとね。 …彼女たちの条件も聞いてみても良いかな?」
「彼女たち・・・!?」
ハッとしたアヤが視線を送った先には…、勢ぞろいしたリゾナンター達の姿があった。

「君達はリゾナンター…だね? 私は阿久悠だ。…私をここから解放してはくれないかね?」
「もちろん!」愛が答える。
「私達はその為に来ました!!」メンバー達が叫ぶ。
「交渉成立の様だが…。君達はどうするのかな?」
「…それでは…、 力づくで来ていただくまでですね…」
アヤが言い放ち、二人が構えると、二人の身体から邪悪な闘気がほとばしる。
「そうはさせない!」
愛が叫ぶと、れいなにより増幅されたテレポート能力で、メンバー全員が阿久博士の前に瞬間移動する。
「今日はあーしたちの目的を絶対に遂行する!!絶対にあんた等に邪魔はさせない!!」
「へえ…、アタシ達の力はわかっているわよねえ…? あなた達全員だろうと、アタシ達二人の力があれば敵じゃない。…それに今日は里沙もいないみたいじゃない?」
ミティが冷たい笑みを浮かべながら言う。
確かに、以前散々に翻弄された「A」ことアヤ、そしてミティの力量を考えると、リゾナンター全員と言えども勝ち目は薄い。しかし、愛にためらいは無かった。
「リンリン!!」
愛が叫び、リンリンが床に両手を叩きつけると、一気に炎が燃え上がり、円形にアヤとミティを包囲する。
「小春!!」
愛の声と同時に、部屋中に無数のリゾナンター達の分身が登場し、炎の周りをさらに包囲する。これも、れいなにより増幅された小春の幻術である。
「…この『氷の女王』ミティ様に炎とは…なめられたものね? それにいくら分身を出した所で、攻撃できるのは本体のみ、それに数人だけときてる…。仕掛けた時がアンタ達の最後よ!」
ミティの笑みには余裕さえ見えた。
「どうしたの!? ビビって仕掛けられないの?」
ミティが挑発する横で、突然スッ…とアヤが構えをとき、炎の中に歩み入る。
「!?」
炎の中に立つアヤは、何事も無く平然としている…。そして炎はあっという間に消え去った。それと同時にリゾナンター達の姿も全てが消えうせ、ホールには二人だけが残されていた。
「あいつら…!! 全て幻術!?」
「逃げられたわ…。今この正門前から、2回目のジャンプ(瞬間移動)に入る…。もう間に合わない…」
ミティが窓に走りよる。正門前に、闇に溶け込むように姿を消すリゾナンター達の姿が見えた。
「アイツ! 騙しやがって!!」

「『目的を遂行する』とは言ったけど、『戦う』なんて一言も言ってないやよ・・・」
当初から移動地点に想定していた防衛省に程近い公園で、悪戯っぽい笑みを浮かべながら愛がつぶやく。

「さあ、博士!彼女たちに会いに行きましょう!!」


「ありがとう、君達のおかげで脱出する事が出来た。 …しかし、君達はなぜ助けに来てくれたのかね?」
「…実は今、私達のメンバーの里沙が彼女たちと同行しています。そして、里沙は彼女たちに協力したいと、心底から思ったようです…。我々は里沙のその心に共鳴しました…、ただそれだけの事です」
「彼女たちの逃避行の目的は自分たちの父親探しです。 …博士、あなたですよね?」
「父親か…」阿久博士がつぶやく。
「…ただ、残念な事をお伝えしなければなりません…。追っ手との戦いの中で、リサさんとアイカさんが命を失いました…」
「何…!? まさか…。 なぜあの二人が…!?」
「申し訳ありません…。リサさんは戦いの中で、私達の里沙をかばって亡くなられたようです…」
「アイカさんは…、今局長代行をされている秋元氏の手によって…」
「秋元か!! アイツは一体何を考えているんだ!? 確かにアイツは彼女等の事を良くは知らん…、ただのロボットではない事をな。 だが、むやみに攻撃などする必要がどこにある!?」
「…あまり詳しくお話する訳にはいきませんが…。 秋元氏は阿久博士に対する私怨をお持ちの様です…」
「あの馬鹿者が!! 逆恨みもいい所だ!! …許せん!!」
博士は怒声も荒く立ち上がると、今にも再び警察庁に向かいそうな勢いである。
「待って下さい! 今戻られてはまた振り出しですよ? 今はまず彼女たちと合流しましょう」
メンバー達が博士を押しとどめ、愛が説得にかかる。
「う~む…。 今はまずそれが先決か…」
納得いかなげな博士ではあったが、リゾナンター達の説得を受け入れ、「pepper」達との合流を目指す事となる。
「だが、彼女らは今? …どこにいるのかね?」
「とりあえず他の情報から、 Tukuba City へと向かっているはずです…。今は位置のせいか、連絡がつきませんが、連絡がついたら戻って来てもらいましょう」
「いや、私がTukubaへ向かおう…。さすがだよ、彼女らは。 …Tukuba Cityには彼女らが会うべき人がいるんだ… アイたちに連絡がついたら、すぐに伝えてくれ!」
「Tukuba Cityの国立バイオテクノロジー研究所に向かってくれ!その所長、シュン・都倉博士…。
…彼こそが、彼女らの父親だと!」
「シュン・都倉博士!」



第10話 : Sense of loss


シュン・都倉博士。
阿久博士と並び称される日本が生んだ天才科学者であり、海外での活躍により名声を獲得した後、数年前からは国立バイオテクノロジー研究所の所長として迎えられていた。
「都倉博士が父親…? それはどういうことですか?」
「うむ…。まだ詳しくは私の口から言う訳にはいかないだろう…。とりあえずアイたちには戸倉博士に会うように伝えてくれ!彼が全てを話すだろう。私が彼に連絡をしておくよ」

「…戸倉君か?阿久だ。 …こんな早朝にすまない。 彼女らのイニシエーションに失敗した。私の管理が悪かった…。そのせいで今彼女らは察庁に追われている。信じがたい事だが…、リサ君とアイカ君が命を落としたらしい…。」
「…本当に申し訳ない事をした…。だが、今彼女らは君の所に向かっている。君の口から真実を告げてやってくれ! …私もたった今まで監禁状態でね…。うむ、私もこれからそちらに向かうよ」
「…宜しく頼む」と携帯を切ると、阿久博士はさらに「…もう一箇所いいかな?」といいながら電話をかける。
「ああ、起きていたのか? 私だ。たった今リゾナンターの皆さんに助けられて脱出した。」
「今もアイたちと連絡は取れるのか?…そうか…。もし連絡が取れたら、国立バイオテクノロジー研究所の都倉博士に会いに行くよう伝えてくれ!そうだ、彼が彼女たちの本当の父親だ!」
「お前もすぐ車を回せるか? 私もアイ達のところへ向かう。 …そうだ、あのバスが良いだろう、急いでくれ!」

電話を終えると、博士は愛たちリゾナンターに向かって言う。
「君達も一緒に来てくれるかな? 今、全員で移動できる車を手配してもらっているが…」
「もちろんです。 …今のはどなたですか?」
「私の研究所の研究員で、土居と言う男だ…。まあ色々とあって…、100%信頼できる男だ」
「…わかりました」
博士とリゾナンター達は土居研究員との合流場所へと急いだ。

しかし、なかなか土居研究員は現れない。博士が痺れを切らす頃、機動隊の隊員移送車を思わせるミニバスが現れ、リゾナンターたちの前に止まった。
中から現れたのは意外にも、身長190cm程もある、F2風ジャケットに身を包んだ筋骨たくましい短髪の青年である。
「どうした! 遅かったじゃないか!」
博士が言う。
「すみません…。車を取りに庁舎へ行ったのですが、ちょうどそこへLINLINから連絡が入りまして…。実は、レイナとコハルも… 戦いの中で命を落としたそうです…」
「何!? そんなバカな!! あの二人が負けるはずが無い!!」
「いえ、倒されたのではなく…、自身の能力のオーバードライブ(過剰稼動)が原因です。…秋元はAK-B40の2個中隊と、あのAK-B8まで投入したそうですが…。その殆どを二人で破壊したらしいです」
「なに!? あの『大量破壊兵器』とまで言われたAK-B8か? 秋元…、あいつは馬鹿か!?」
「ええ…、ちょうど庁舎に秋元がいるというので、俺もその脚で秋元に抗議に行ったんですが…。ヤツはもう手がつけられません。手駒を失った事でさらに逆上してました。」
「あまりに腹が立ったんで…、殴り倒して失神させて来てしまいました。そんな事では気がすみませんが、これで少しでも時間を稼げると良いですが…」
「そうか…。むしろよくやってくれた。だがとりあえず急ごう、一刻も早くアイたちと合流しなければ」

博士に促され、リゾナンター達もバスに乗り込む。元々「pepper」達の移送用に用意されたのだろう、バスには全員がゆったりと座る事が出来た。
先ほどの青年が運転席に座る。
「彼が研究員の土居だ。アイ達にとっても、家族のようなものだよ」
ふと、愛たちの不思議そうな視線に気付き、博士が続ける。
「ああ…、研究員と言ってもだね…、彼は元々察庁の特別機動の出身でね。格闘技能の専門家なんだ。アイ達の指導の為に出向してもらっていたんだよ」
「…なるほど、そこでLINLINさんとも…?」
「なんだ、そんな事も知ってるのか!? …そう、コイツは指導しているうちに、うちのLINLINにすっかり惚れ込んでしまってな…」
「…博士!?」
土居研究員が慌てたように遮る。
「でも、LINLINさんの気持ち、ワカリマス…。 …土居さん、素敵デス…」
とリンリン。
「えええ…!?」「…リンリン、意外とマッチョ好きっちゃね…」「…三角関係はヤバイと思うの…」
リゾナンターたちが勝手な事を言い合う中、バスはTukuba Cityに向け出発した。

「しかし、レイナとコハルは一体…。何が起こったんだ?」
阿久博士が土居研究員に問い掛ける。
「それぞれ電磁カッターと、放電攻撃の機能を限界の十数倍までオーバードライブしたようです」
「だが、あれは全て強力なリミッターを掛けておいた…。過剰稼動などありえないはずだが…?」
「…二人の強力な『意思』の力が…、限界を超えた稼動を可能にしたのだと思います」
「う~む…。すると…他のメンバーも危険だな…? 特にアイの右手の電子砲は…命を削って撃つ様な物だ…。 早く合流しないとまた何が起こるかわからん…」
「…はい。ただ、皆はもうTukuba Cityに向けて移動中でした。皆の方が先に研究所に着く事になるでしょう」
そして土居研究員は言葉を続けた。
「…LINLINたちの事…。詳しく話してくれませんか? …俺もまだ本当のことを知りません…」

* *


同じ頃、「pepper」たちはNishi Chiba City のカジュアルショップにいた。里沙の勤めるブティック「ピンチャポー」の姉妹店、「ジュマペール」を無理を言って開けてもらったのだった。
「とりあえずみんな、そのモノトーンの服じゃ目立つから、急いで好きな服選んで!!」
里沙が叫ぶ。
「里沙さん、それより病院行かないと!左肩の傷、早く医者に見せないと、跡が残ったりしたら大変ですよ!」
里沙の肩の傷の応急処置をしてくれたサユミが言う。彼女もやはり医療担当らしかった。
「大丈夫!サユミちゃんの処置で充分だよ!それにアタシ良いお医者さん知ってるから!」
と、治癒能力を持つさゆみを思い浮かべながら、里沙は言い張る。
「仕方ないわね…。里沙さんは言い出したら聞かないところもガキさんそっくりやね…」
とアイが言い、みんなに早く選んで、とうながす。
みんなも渋々服を選び出すが、そこはやはり若い女の子たちのこと。だんだんと夢中になってそれぞれの服選びに集中しはじめる。

突然、エリの高い声が響いた。
「ねえ!?レイナァ!?これ…!」
みんながハッとして振り返ると、そこにはいかにもレイナに似合いそうなパープルのミニスカートを広げたエリが、茫然と立ち尽くしていた。
「…ごめんなさい… これ…レイナに… 似合うと思って…」
みるみる内にエリの目に涙がたまり、あふれて頬を濡らす。
サユミが黙ってエリの肩を抱くと、エリはサユミの肩に顔をうずめた。
アイがゆっくりと二人に歩み寄り、やさしく肩をたたきながら言う。
「…さ、早く… 自分のを選んで… ゆっくりはしていられないわよ…」
はい… と二人は言うと、涙を拭きながら服を選び始める。

「これにします…」
と言ってレジに差し出したエリのセレクトの中には、あきらかにエリには不似合いな、パープルに近いブルーのキャップが入っていた。
「わたしも…」
と、サユミの選んできた服のなかにも、豹柄の縁飾りがついた黒のグローブがあり…。
JUNJUNは…。
「コレ、コハルの好きな色ダヨ…」
とつぶやきながら…真赤に白い縁取りのグローブを選んでいた。
LINLINは何も言わず…。でも、パープルの縞模様のグローブを握りしめていた。
「あんたたち…。コーディネートおかしいわよ…?」
アイが苦笑しながら言う。…でも、その手にも…、ちょっと不釣合いな…きれいなライトグリーンのマフラーがあった。

服選びが終わると、店長と、今日の仕払いは次の給料からの天引きにしてくれ…、と交渉中の里沙をよそに、アイがゴールドのクレジットカードを取り出す。
「里沙さん、大丈夫よ…。まだちゃんと使えるみたいだから」
日常生活および任務行動時の為に、研究所から支給されていたらしい。
滞りなく支払いを済ませると、店長が、売上あがって良かったわねー、コレでしばらく休んでも大丈夫でしょ、などと軽口を叩く。
「でも、いい娘さんたちよね…。昨夜お葬式だったの? …お友達が本当に好きだったのね…」
店長の言葉は、単に彼女たちのモノトーンの服装から誤解したものであったが、
「そうです…。とても大切な仲間が…」
と答えかけた里沙は思わず涙ぐみそうになり、声を詰まらせた。

ごめんなさいね、大丈夫? と気遣う店長にお礼を言い、里沙たちは店をあとにした。
詳細はまだわからないながら、父親であると言う都倉博士の元に着実に近づいているという実感もあり、里沙は朝食をどこかで取って行こうと提案する。
不思議な事に、逃走中は持ち出した携帯用の非常食が中心であったようだが、「pepper」たちは普通の人間と全く同じように食事を取っていた。
ありふれた大手チェーンのハンバーガーショップに席を取った「pepper」たちは、私服になったせいもあり、本当に今どきの女の子たちにしか見えない。
今までの激しい戦いが嘘のような光景にとまどいながら、里沙は思い切り息を吸い込んで自分に気合を入れる。これだけは言っておかなきゃ…。
「皆さんに!一言、言いたいことがあります…」
食事を終えた「pepper」たちの視線が集まる。
「…約束してください…。もう、死ぬの、禁止です!」
「死ぬの禁止」と言う言葉のコミカルさに、皆の顔に笑みが広がる。しかし、里沙は大真面目で続ける。
「特にアイさん!…ああ、もうアイちゃんと呼ばせて下さい! …アイちゃん、昨夜、死のうとしたでしょ!? みんなを助ける為に…。ごまかしてもダメですよ…。」
「…そういうの、もうやめて下さい!もう、わかるでしょ?残された人がどれだけ悲しむか…!」
「必ず、みんなで、この5人で、お父さんに会いましょう!他のみんなの思いも、この5人で届けましょう!」
里沙の目には涙が浮かんでいた。
「…ごめんね…」
アイが静かに答える。その言葉には、さっきまでのクールさはなかった。
「みんなの為に…、とあーしも考えたけど…、今はそれは間違ってたと思う…。」
「ガキさんの言う通りや…。あーしはリーダーとして、もう誰も死なせはしない!あーし自身が、みんなを必ずお父さんの所に送り届ける!」
「…みんな、約束して…」
里沙が言う。
「2つ目の誓いやよ…。あーしらは絶対に諦めない!必ず、この5人でお父さんに会いに行く!」
「…ハイ!」
5人の目にも涙が浮かんでいた。
「ガキさんはやっぱりガキさんなんやね…」
アイが泣き笑いのような顔で言った。



最終更新:2014年06月14日 18:15