(26)100 『黒い羊(1)』



< 注 意 書 >

  • 非情に残酷な描写を含みます。お子様には読ませないで下さい。女性もご注意を。











それは『予知されていない出来事』だったようだ。

その『悪魔』が眼前に現われた時…。高橋愛、田中れいなはもとより、『予知能力』を持つ光井愛佳までもが、驚愕の表情を隠せないでいた。

破壊され尽くしたビルの瓦礫が広がる、ここアメリカ、ロサンゼルスの一角。勢ぞろいしたリゾナンターたちの目の前に、巨大な鋼色の翼を持った悪魔が降り立った。

「愛ちゃん、れいな、久しぶり…。やっとアタシのところへ来てくれたのかと思ったけど…、その顔を見るとちょっと違うようだね」

後藤真希。その巨大な翼は彼女の強大な『念動力』の発現イメージであった。

『能力』を発動する時、その精神エネルギーをより効率的に集中する為、具象的な『イメージ』を脳裏に浮かべる『能力者』は多い。
通常はそれは第三者に見えることは無いが、後藤の強大な精神エネルギーの発露は、その『イメージ』をあたかも実在するかのように第三者の眼にも見せていた。

「二人には、そろそろ本気になってもらおうかな…?」

後藤が大きく翼を羽ばたかせると、ゴオッ…!!っと音を立て、凄まじい念動の暴風が愛とれいなを襲った。
小柄な愛とれいなの身体は軽々と飛ばされ、崩れ残ったビルの壁に猛烈なスピードで叩き付けられる。


ドゴォ!!っと鈍い音が響く。
「ぐあっ!」「ぐはあっ!」
愛とれいなの口から呻き声とともに鮮血が飛ぶ。

ただ飛ばされただけではなく、強力な念動力でコンクリートの壁にめりこむほどに押し付けられ、全身の骨が音を立てて砕ける。
肋骨は何本も折れて肺に突き刺さり、手足の骨もことごとく折られた二人の身体は力なく崩れ落ち…、瓦礫の中にグシャッ!と音を立てて前のめりに倒れこんだ。

「高橋さん!」「れいな!」
二人を救出すべく、亀井絵里と道重さゆみが駆け寄ろうとした瞬間、ふたたび後藤の翼が、ヒュンッ!っと音を立てて一閃する。

ビシャアッ!と音を立ててさゆみの顔面に飛沫が飛んだ。
「…え!?」
一瞬目をふさがれたさゆみが顔を拭うと、それは大量の鮮血だった。

ハッとして前を見ると、そこには、首を失った絵里の胴体が、噴水のように血を吹き上げながら、ゆっくりと倒れていく姿が見えた。
そして足もとを見ると、絵里の頭部がゴロリと転がっており、その虚ろな眼差しがさゆみを見上げていた。

「いやああああああああああ!!」
叫び声をあげるさゆみの後頭部から、鋭利な槍のようにその姿を変化させた、鋼色の後藤の翼が頭蓋を貫く。

後頭部から額までを貫かれたさゆみの眼は焦点を失い、ぐるっと白目を剥いていく。その身体はゆっくりと倒れていき、ボコッ!と言う嫌な音をたて、額を瓦礫に打ち付けたさゆみは、砕けた頭蓋から脳漿をぶちまけて事切れた。


「『治癒』だとか『傷の共有』だとか…、メンドクサイからね。先に死んでもらったよ」

その言葉が終わる前に、黒い影が凄まじい咆哮をあげて飛び出した。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
漆黒の毛に包まれた巨大な凶獣が、燃えるような紅い眼を光らせながら後藤に突進する。それは絵里とさゆみの無残な死に怒り狂い、完全な『獣化』を果たしたジュンジュンの姿だった。

ブンッ!!ブンッ!!と音をたてて、丸太のような腕が打ち振られ、後藤を襲う。
本能だけがジュンジュンを突き動かし、岩をも砕くパワーとスピードを備えた完璧な打撃が次々と繰り出されていく。
しかし、後藤は防戦一方になりながらも、軽いバックステップでそれをかわしていく。

「素晴らしいね…。 …でも…、冷静さを失ってしまった者に…生き残るチャンスは無い」 
誰に言うとも無く後藤がつぶやく。

「グワアアアアアッ!!」
突然漆黒の凶獣が前進を止め、咆哮をあげる。
絵里とさゆみを葬った、槍のように姿を変えた後藤の翼が、いつのまに地中に潜ったのか…? 地面から垂直に飛び出し、漆黒の獣の身体を股間から刺し貫いていた。

「ギャアアアアア~!!」
漆黒の獣は数メートルも高く持ち上げられ、自らの重みで深々と刺し貫かれてゆく。弾丸をも弾く、鋼の体毛を持つ凶獣といえども、排泄器官、生殖器の部分は無防備である。
「“そういう所”は鍛えられないからね…。カワイソウだけどね」
言葉とは裏腹に、いささかの憐憫も感じられぬ口調で後藤は言い捨てる。


だが、次の瞬間、「ゴツッ!!」という骨と骨のぶつかり合う音が響き、後藤の顔色が変わる。
いつのまにか後藤の眼前に飛び込んできていたリンリンが、渾身の打撃を叩きつけたのだ。
第一撃は後藤の前腕部でカバーされたものの、その衝撃は後藤を数歩後退させ、バランスを崩した後藤をリンリンが頭から飛び込むように追う。

「口(フンッ)!! 哈(ハッ)!!」
発剄をこめたリンリンの猛烈な連打が後藤を襲う。ガッ!ゴッ! …骨と骨、肉と肉がぶつかり合う音が響き、ことごとく防御されてはいるものの、受け止める後藤の腕に、脚に、ダメージが加えられていく。

後藤は『能力』のみならず身体能力、格闘術でも『組織』のトップレベルと思われたが、リンリンの格闘技術はその後藤をもむしろ圧倒するかのように見えた。

ドガァッ!!と音をたて、リンリンの身を翻しての後ろ蹴りが後藤のクロスガードを叩く。二人の距離が開いた一瞬の隙を突いてリンリンが大地に右手を叩きつけ、ゴオッ!!と音を立てて大地を炎が走る。
炎はぐるりと円形に走ると後藤を包囲し、その退路を断った。

「逃がさないッ!」
リンリンが宙を飛ぶように襲い掛かる。その右手に焼失の『能力』をこめて。
瞳を怒りにギラギラと燃やしたリンリンの右手が、まさに後藤に触れようとした時…。

「…!!」
リンリンの眼前にあったのは、白く蒼ざめたジュンジュンの顔だった。すでに獣化が解けた全裸の身体を股間から巨大な『槍』で貫かれ、ぐったりと目を閉じている。

そしてリンリンの動きがほんの一瞬止まったその刹那、ジュンジュンの腹を突き破って飛び出した後藤の『槍』が、リンリンの心臓をもろともに貫く。


「ガハァ…ッ…!!」
ジュンジュンと共に後藤の『槍』によって、宙にぶら下げられる形となったリンリンの口から、どす黒い血の塊が飛び出す。その伸ばしていた右手は虚しく宙を掴んだ。

「惜しい、そこで手を止めちゃダメ」
そう言い捨てながらも、後藤の眼は既に次の敵を捕らえていた。そして、口の端に微かに笑みを浮かべると、スッと軽くサイドステップを踏む。
その刹那、ビシャアァッ!!…と轟音が轟き、巨大な稲妻が後藤の横をかすめて落ちる。それを一瞥する事も無く、後藤は次の相手へと歩みを進めた。

「ウワアアアアァァァァァ~ッ!!」
後藤の視線の先には、絶叫を上げながら全身に稲妻を纏った小春がいた。その大きく拡げた両手から、天空へ稲妻が走る。
些かも動ずることなく歩みを進める後藤の2本の『槍』が、ジュンジュンとリンリンの屍を鮮血を撒き散らしながら無造作に振り落とすと、凄まじいスピードで小春を襲う。

「いけえええええ~ッ!!」
小春の両手から放たれた稲妻が後藤の『槍』を襲う。超高速でもつれ合う巨大な蛇のような『槍』と『電撃』。
しかし、『槍』はまとわりつく稲妻になんら影響される事無く、小春へと迫る。
小春の眼に浮かぶ狼狽の色が、恐怖へと変わる時には、既に遅かった。

「アアアアア~ッ!!」
『槍』を避けるように広げた小春の両の手のひらを易々と貫いた『槍』が、小春の喉笛と心臓をも貫き通し、そのまま大地へと小春の身体を縫い付けるように突き刺さった。
ドシャアッ…!!っと言う音を立てて、瓦礫の山から血飛沫と土埃が上がる。


その土埃が納まり、後藤がその『槍』をロープを巻き寄せるようにスルスルと回収していく時、大地にめりこむ様に倒れた小春の身体は、既にピクリとも動かなかった。
「10人中9人までは“コレ”が実体じゃない事にさえ気付かずに死んでくからね…。
ま、良くやった方かな、うん」

後藤が姿を現してからわずか5分もたっていなかった。しかし、リゾナンターの7名までもが既に戦闘不能、あるいは死へと追いやられ、瓦礫の荒野に無残な姿を晒していた。

「これで終了…かな?」

後藤は茫然と立ち尽くす新垣里沙へ、ゆっくりと歩み寄りながら話し掛ける。
「ニイニイまだここにいたんだ?ひさしぶりだねえ? …ニイニイも…、闘ってみる?」
軽い冗談でも言うように話し掛ける後藤。
「ニイニイの得意は、マインドコントロールだっけ?」

里沙の顔は真っ白に血の気が引いていた。まるで硬直したように立ち尽くしたまま、搾りだすように声を出す。
「…後藤さんには精神系の攻撃は効かないことくらい、誰でも知ってますよ…」
「あー、そうみたいだねえ…、別にガードしてないんだけどねえ…」

「後藤さん…、なんで…こんなことを…?」
里沙の声がかすれる。
「あ? …ちょっとやりすぎたかな? …でも、これで愛ちゃんもれいなも本気になるっしょ? 『組織』も基本はあの二人に興味があるんだろうし…」
「…後藤さん…、それだけですか…?」


里沙は蒼ざめた顔にびっしょりと汗を浮かべていた。顎から汗の雫が落ちる。
シャリィン…!と微かな音をたて、里沙の衣装の袖口で、鋼線が発射の準備を整えた。
「んー? まあそうだねえ…」
後藤は気の抜けた返事をしながら、ゆっくりと里沙の方へ歩み寄ってくる。

里沙はその後藤の姿を、暗い炎を宿したような眼で見つめていた。
汗が再び里沙の頬を伝わって落ちる。握り締めた両手がブルブルと震えている。
よく見れば、立っている両脚もまた小刻みに震えているように見えた。

そんな里沙の様子を気にも留めず、後藤はゆっくりと里沙の前に立った。
そして、何かを語りかけようと後藤が口を開きかけた瞬間…!

「死ねえッ!!」
里沙の甲高い声が響き、同時にブンッ!!と音を立てて突き出された右手の袖口から、2本の鋼線が凄まじい勢いで飛び出し、後藤の両眼を貫く。

…いや、貫いたかに見えた鋼線は空中でわずかにその軌道を変え、身をかわす後藤の頬をかすめた。かすかな鮮血が飛び、後藤の頬に赤いラインがひかれる。それと同時に、後藤の眼が再び暗い輝きを宿した。
「くっ!!」
里沙が間髪いれずに両手を広げると、今度は両袖から10数本の鋼線が飛び出し、八方から後藤に襲い掛かる。

だが…、これもまた後藤を貫こうとするまさにその瞬間、空中に静止した。
「…!!」
里沙の瞳に絶望の色が浮かぶ。
もとより、『能力』が弱いからこそ選んだ「鋼線操作」という技であった。今すでに、後藤の強大な『念動力』の前に、全ての鋼線の支配は奪われ、後藤の意のままとなっていた。


「あー、いいねえニイニイ!今までのなかで一番良い攻撃だったよ!」
後藤が妙に楽しげに言う。
「だけど惜しいねえ…。もう少し『能力(チカラ)』があればねえ…、残念だよ…」
後藤が話している間にも、鋼線の一本が里沙の身体の周囲をらせん状に囲んでいく。

「…あ…」
里沙の顔が苦しそうに歪む。それはこの後の結末への恐怖というよりは、自分の無力さへの悔しさから来るもののように見えた。
「バイバイ、ニイニイ」
ビュンッ!!と鋼線が引き絞られ、里沙の身体は十数個の肉塊となってボトボトと崩れ落ちた。

「あー?殺っちゃったけど…? …これまずくない?」
後藤がいまだ血の滴る鋼線をもてあそびながら、さほど悪びれた風も無く言う。

その時…。
「…後… 藤…ッ!!」
数十メートル離れた瓦礫の荒野から、高橋愛の、腹の底から絞り出すような声が響いた。
「…殺す…! オマエは絶対に殺す…!!」
立てるはずが無かった。全身の骨が折れた状態で、しかし愛は立ち上がり、血の涙を流しながら後藤をにらみつけていた。

両脚がガクガクと小刻みに震えている。
フシュー… フシュー… と荒い呼吸の音が響き、くいしばった歯の間からその度に血の泡が滴り落ちる。折れた肋骨が肺に突き刺さっているのだろう。
そして、ブルブルと震える両腕を差し出し、後藤へ向けてかざす。


その手のひらの中に、キイイィィン…!!と微かな音をたてて『光』が溜まっていく。
見る見るうちに『光』はまばゆい光球となってその大きさを増し、愛の身長を越える。そして次の瞬間、光球は巨大な光の奔流となって、後藤に向けて放たれた。
「あ」とでも言うように後藤の口が開く。その眼には明らかな驚愕が浮かんでいた。

ゴオッ!!と音をたてて光の奔流が大地をなぎ払い、地平の彼方へと消える。
もとより荒れ果てた瓦礫の荒野にはなぎ払われる物も無かったが、『光』の通った後には浅い道のような窪みが生まれているのが見えた。
そして…、後藤の姿はすでにそこにはなかった。



最終更新:2014年01月17日 15:42