常扶戦争

常扶戦争(Jyoufu War)とは、扶桑帝国のグアム侵略を発端とする、常春国と扶桑帝国の戦争である。後に戦争は拡大し、周辺国や同盟国を巻き込んだ争いとなった。

基本情報

戦争名  常扶戦争
場所  極東地域
交戦勢力 常春国
専制主義カレンテルニア帝国
中南北雛島連邦
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扶桑帝国        
大東洋公国連合
ライヒラント公国
指揮官・指導者 皐月宮 椿(国王)
北上 大二(総理大臣)
安芸津 仁三郎(陸軍元帥)
長門 慶次(海軍元帥)
如月 隼人(空軍元帥)
フランツ・ヨーセフ・ヴィンフリート・フォン・ハビスブルク(皇帝)
オットー・コンラート・エンゲルブリフト・フォン・ハビスブルク(航洋軍最高司令官)
グスタフ・ヒルデブラント・グレーツ・フォン・ハビスブルク(航宙軍最高司令官)
リンツ・ヴィルヘルミーネ・ハンネローネ・フォン・ハビスブルク(ハーメリア艦隊提督)
エルツ・メルツェーデス・イサベル・フォン・ハビスブルク(メルツェーデス艦隊提督)
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土井 昭仁(皇帝)
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渡久地 伊五郎(大本営統括部部長*1)
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藤田 雲南(陸軍元帥)
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田中 翔太(海軍元帥)
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山口 佐介(空軍元帥)
ロマエフ・エットーリオ(大公)
アレクサンドル・ローフキー(公国軍指令長官)
ダリア・ドーレ(東洋艦隊指令官)
ルビァーナ・コーフ(東洋軍指令官)
戦力
損害

戦争目的と動機

常春国
扶桑帝国バンクス・イタリア・ディ・ファシスティへの内戦介入の即刻中止。
直接的には、扶桑帝国の攻撃と宣戦布告を理由とした。
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扶桑帝国
常春国からの禁輸・経済制裁解除及び、常春国領南洋諸島の獲得。

背景

バンクス・イタリア・ディ・ファシスティで発生した内戦(キティークメオト戦争)で、扶桑帝国と常春国は支援する陣営の対立などから対立を深めていた。
常春国は扶桑帝国に対し石油や資源類の禁輸措置を取ったが、扶桑帝国は扶桑条約と呼ばれる三国間の同盟を締結。益々常春国との対立関係を深めることとなった。
一方で戦争回避のために両国の外交官によって交渉がなされたが、常春国が突き付けた条件*2を飲むことは到底できず、両国間の対立は深まるばかりであった。

経過

開戦

第一次グアム空襲

扶桑帝国は、常春国近海での大規模な軍事演習を行うことによって常春国の国民世論を反戦に傾け、禁輸措置などを解除することを目的にマリアナ近海へ艦隊を派遣した。
作戦は順調に推移すると思われたが、突如当該艦隊の司令から「我コレヨリガム島ヘノ攻撃ヲ行ウ、扶桑ニ栄光アレ」という内容の無電が届いた。
その日の昼頃に空母5隻の艦載機群により攻撃は実行されたが、これを3時間前から捕捉していた常春側は威嚇飛行と断定し対策を行わなかった。
航空隊がグアム島から50kmまで近づいた頃、常春国軍グアム島司令部は扶桑帝国軍航空機の無電を傍受。
攻撃が行われることを知り、慌てて本国への打電と迎撃隊の発進、ドックで修理中の空母「賢龍」の緊急出港を行った。
しかし時すでに遅く、迎撃に上がった50機ほどの基地航空隊も扶桑帝国の300機近い編隊によって、半数近い被撃墜を出した。
常春国は一連の戦闘で空母「賢龍」の長期間戦線離脱などといった痛手を被ることとなった。
+ 詳細
グアム島軍港空襲

入渠中に攻撃を受け緊急出港した空母「賢龍」
戦争:常扶戦争
場所:常春領グアム準州グアム島
結果:扶桑帝国の圧勝と戦争の勃発
交戦勢力
常春国         
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扶桑帝国
戦力
航空母艦2隻 航空母艦3隻
軽空母1隻 軽空母2隻
戦艦2隻 戦艦2隻
軽巡2隻 重巡2隻
駆逐10隻 軽巡3隻
その他10隻 駆逐10隻
航空機52機 航空機300機超
損害
未帰還24機 未帰還21機
空母1大破 損傷54機
空母1小破 戦死35
戦艦1中破
駆逐2撃沈
駆逐1中破
水母1小破
軽巡1撃沈
戦死1654
燃料タンク2基破壊
民間人死亡43

第二次グアム空襲

扶桑帝国海軍は、先の空襲で与えた損害が想定より少なかった(撃沈されたのは小型艦のみだった)ことから第二次攻撃を決断。
攻撃隊250機あまりを出撃させた。
一方前回は準備不足だった常春軍は、予備状態のレーダーや機銃を動員し厳戒な防空体制を張っていた。
扶桑帝国軍攻撃隊は暫くして発見され、常春軍機と大規模な空戦に発展した。
結果、厚い防空網に阻まれ攻撃隊は半壊、かろうじて数十機がグアム上空に辿り着き航空母艦や市街地への攻撃を行った。
市街地では空襲により100人以上が死傷、常春国は「戦時国際法に違反する行為でありこのようなことは総力戦への進展を招く。」と遺憾の意を表明した。
+ 詳細
第二次グアム島軍港空襲
戦争:常扶戦争
場所:常春領グアム準州グアム島
結果:常春国軍の防衛成功
交戦勢力
常春国         
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扶桑帝国
戦力
航空母艦2隻 航空母艦3隻
軽空母1隻 軽空母2隻
戦艦2隻 戦艦2隻
軽巡1隻 重巡2隻
駆逐8隻 軽巡3隻
その他10隻 駆逐10隻
航空機114機 航空機250機超
損害
未帰還44機 未帰還114機
戦死1256 戦死161
燃料タンク1基破壊
レーダー施設損傷
民間人死亡95

グアム軍港封鎖作戦

扶桑帝国海軍は、二度の空襲で艦載機を消耗したことや、敵艦隊に十分な被害を与えられたと判断した(実際は撃沈判定を取られた空母「賢龍」を取り逃している)ことから、グアム軍港を封鎖して撤退することを決定。
湾口には機雷が敷設され、扶桑艦隊は撤退を開始した。
常春側は艦隊撤退後に掃海艦を用いて機雷の撤去を試みたが、掃海艇1隻と駆逐艦1隻が触雷し沈没した。
+ 詳細
グアム軍港封鎖作戦
戦争:常扶戦争
場所:常春領グアム準州グアム島
結果:扶桑帝国軍の作戦成功
交戦勢力
常春国         
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扶桑帝国
戦力
駆逐艦 3隻
掃海艇 2隻
損害
駆逐1沈没
掃海艇1沈没
戦死131

フィリピン海事件

この日、扶桑帝国遠征艦隊は帰途についていたが、その途中に哨戒機が不明艦隊を発見。
この艦隊を常春艦隊と誤認し攻撃隊を派遣した。
結果として艦隊に損失艦はなかったが、魚雷数発や爆弾などが艦隊に達した。
この艦隊はカレンテルニアの遠征艦隊で、この事件の後カレン国内の参戦機運が非常に高まる結果となった。

ヤップ島沖遭遇海戦

グアムを機雷封鎖され、掃海作業に当たっていた常春海軍だったが掃海艇1隻と駆逐艦1隻が触雷し、沈没した。これを受け常春軍部は、派遣艦隊を編成中だった雛島防衛軍に掃海部隊の派遣を要請。掃海母艦2隻、掃海艦2隻、掃海艇3隻、掃海管制艇2隻、補給艦1隻で編成された雛島派遣艦隊は一度フィリピンに寄港しグアムへ向かう計画を立て雛島を出港した。予定通りフィリピンを出港しグアムへ向かう途中、グアムの西南西に位置するヤップ島の沖を航行していたところ掃海母艦「びさん」が魚雷発射音を探知した。対水上レーダーに敵影はないので潜水艦からの攻撃と判断、対潜戦闘用意が発令された。「びさん」はあくまでも掃海母艦であり対潜戦闘の訓練はあまり行っていなかったうえに突然の攻撃に乗員が動揺したため配置完了に時間を要したという。「びさん」は囮魚雷を発射し、ソナーをアクティブモードに切り替えて捜索を行った。魚雷は無誘導魚雷だったため、各艦艇は操艦による回避行動を試みた。その結果魚雷は全艦が回避に成功した。補給艦「たまがわ」に搭載された哨戒ヘリコプターは輸送用装備から対潜用装備への換装を行ったため発艦が遅れた。作業が完了次第発艦し、吊り下げソナーによる捜索を行ったが潜水艦の姿は捉えることができなかった。その後も捜索を続けたが発見することができず、派遣艦隊司令は対潜戦闘用具納めを発令し、グアムへ向けての航海を再開した。この戦いによってミクロネシア海域には既にに潜水艦が潜んでいるということが明らかとなった。
+ 詳細
ヤップ島沖遭遇海戦
戦争:常扶戦争
場所:西太平洋ヤップ島沖
結果:ミクロネシア海域に潜水艦の存在を確認
交戦勢力
中南北雛島連邦         
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扶桑帝国?
戦力
掃海母艦 2隻 潜水艦?隻
掃海艦 2隻
掃海艇 3隻
掃海管制艇 2隻
補給艦 1隻
損害
なし なし

サイパン沖海戦

常春国は、先の空襲で仁龍型航空母艦2隻が行動不能となったことを受け軽空1を基幹とした第一高速防衛群を緊急増派した。
グアム軍港が封鎖されていたためサイパンを目指したが、途中で扶桑艦隊の哨戒機に補足された。
これを正規空母を擁する打撃群と判断した扶桑艦隊は、航空隊約70機を派遣した。
ところが連日の出撃による疲れや、新人の乗った機体が多数を占めたことなどから扶桑航空隊は常春軍機や対空砲に次々撃墜され、大きな損害を与えることは出来なかった。
+ 詳細
サイパン沖海戦
戦争:常扶戦争
場所:常春領グアム準州サイパン島沖
結果:常春国軍の勝利
交戦勢力
常春国         
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扶桑帝国
戦力
航空母艦3隻
軽空母1隻 軽空母2隻
軽巡2隻
駆逐4隻
航空機70機
損害
駆逐1小破 未帰還48機
軽巡1小破
最終更新:2017年08月26日 22:59

*1 実質的な扶桑帝国のトップ

*2 通称「パル・ノート」