かつて、二つの世が窓を通じて繋がっていた頃の物語。
(中略)
髪をまとめ、古いトーガを巻いて、かつて女神だった美しい巨人は猫の歌を歌った。猫も一緒に歌いだした。
不意に窓が開いた。
(中略)
そして、窓を閉じた。巨人は一度落ち込むと長いのだった。体育座りから回復するまでに50年ばかしかかった。
半世紀ぶりに猫の歌を歌って窓を開け、異世を見て歩く。珍しい鳥が飛んでいるのに目を奪われ、うろうろしていたのが今日である。
髪止め係をやっている猫が職務放棄して鳥をおいかけようとするので叱った。そもそも窓では行き来ができない。
開いて、見るだけ。まあ、窓越しに話をするくらいはできるかもしれないが、それだけだった。
霧が、薄れている。二つの世の距離が近づいている。向こうが滅びに向かっているのか、こちらが復活をはじめたのか。
(https://genso-koryu.jp/novels/3)
それから幾ばくか、 長篠設楽原PA建設予定地に新たに<窓>が作られ、二人が発見されたのは2013年になる。
(https://genso-koryu.jp/novels/18)
「魔法のあるファンタジー世界ではあるんですが、なんでもできるわけじゃないんです。おそらく、今は窓が別の人に移っているはずです」
「あそこにいる人間はナガシノさんだけだな。すぐにチャンネルを切り替えてくれ」
「分かりました。ただ、ナガシノさんはそんなに可能性を持っていません。岡崎に移動すれば、またそこで通信途絶されることが予想されます」
自律兵器が大量に放出され、50年以上経った今も動き続けていること。
(https://genso-koryu.jp/novels/12)
“見たくないから言ってるんだ。崖の街から離れれば離れるほど街を取り巻く戦闘騎と遭遇する率は低くなる”
(https://genso-koryu.jp/novels/15)
ネットというものはすごいもので、戦闘騎のおおよその外見映像だけで大きさや行動半径、生息数が割り出されてしまっている。何百人というミリタリ勢やアニマルクラスターに専門家が加わって討論しておおよそこのあたりだろうという見当をつけている。
その数字は安全距離で20kmだった。あと5km足りない。同様に危険半径から割り出された危険率を見る。戦闘騎がいるとして1体。出くわす可能性は追跡力がないとして1%を切る。あったとして70%超で捕捉される。
(中略)
巨大な、5mほどの肩の後ろから背骨が盛り上がった化け物。大きく裂けた口と丸い目には、怖ろしいことに知性の輝きがある。
戦闘騎が笑いながら簡単な歌を口ずさんだ。即座に顔が溶けて別のものに替わる。人間の女の顔。
(https://genso-koryu.jp/novels/16)
“彼女はたまたま命令を入力されないまま世に放たれたんだ”
(https://genso-koryu.jp/novels/19)
「今のところってことは、巨大化でもするのか?」
「大きくなったり、小さくなったり、場所が変わったり。色々です。このモデルは最近、建設中の岡崎SAによく出現していました。そういう意味では安定してきていると NEFCO は分析していたんですが……」
(中略)
「巨人を見てきました」
「ああ、今日の長篠はそれだったか。いつもは武士みたいなやつなんだが」
(https://genso-koryu.jp/novels/2)
「エルス、ですか」
「予告ではね」
「予告ですか」
(https://genso-koryu.jp/novels/4)
「大丈夫。予告ではうまくいくことになっています」
(https://genso-koryu.jp/novels/7)
「エルスについては分からないことばかりで」
「エルスって幽霊のことですか」
「ええ。自称です。たぶんね。彼女の口の動きを読唇術で呼んで、かろうじてそれだけは読みとれています。実際は名前なのか歌詞なのか、あるいは猫の名前なのか、何もわかりません」
(https://genso-koryu.jp/novels/5)
近くの大人が、長老と少女の言葉を大声の歌で上下前後に広げている。奥行きがないため一カ所に集まれない崖の街では、こうして寄り合いが成立していた。上下前後で頷いたり変な顔をしたりする人々がいるわけだ。
(https://genso-koryu.jp/novels/8)
それでも人も妖精も生き残っている。なんとかこう、どうにかして。
(https://genso-koryu.jp/novels/8)
大妖精とも絶技使いとも言われるかつての支配種族の力は、あきれるばかりだった。
それでいて長老によると、特に何も得ることなく死んでいったらしい。不毛、としか言いようがない。
(https://genso-koryu.jp/novels/42)
当然知っていたか。ハママツは大変恥ずかしい気で領主を見直した。大妖精特有の結晶化した部分をもっていない、ただの人間に見える。ただの人間の領主というのは、戦争前なら考えられなかった事だ。
(https://genso-koryu.jp/novels/43)
「長老についてるあれ? 実在するの?」
長老は怒るか怒るまいか迷ったあと、丁度その中間くらいの口調で喋った。
「今はもう、私にはついていない。この話をした瞬間に、この崖で一番高い可能性は、お前だ」
「可能性って何?」
“理由はまだ解明中だが、我々が連絡を取れるのは、そのエリアで一番何をしでかすか分からない人物だけだ”
うっかり横に、つまり崖下に落ちそうな勢いで少女はうろたえた。耳ではなく、耳の奥ですらなく、心に声が聞こえたからだった。
(https://genso-koryu.jp/novels/8)
「通信なら、考えるだけで伝わる」
(中略)
シタラの頭の中で声が爆発する。確かにうるさい。それともこれは、ただの心配か。
(https://genso-koryu.jp/novels/19)
“そういえば、水があればフジマエの顔とか見えるの?”
“水があれば、じゃないな。適切な設備があればだ。水だけが原因じゃなくて、そっち側の魔法が必要になる”
(https://genso-koryu.jp/novels/24)
「定点ポイント、長篠設楽原、健在です」
「定点ポイント、浜松、健在です」
「定点ポイント、岡崎、健在です」
「定点ポイント、駿河湾沼津、健在です」
「予備の定点ポイントはどうだ。長篠設楽原周辺でこっち側の情報の集積地?」
(中略)
「今もっくるを確認しています。……大丈夫です。生きています。向こうの鳥の鳴き声を拾っています」
(https://genso-koryu.jp/novels/29)
”ある意味。長篠設楽原PAとその周辺の700箇所以上の情報を収得している。そっちで何が起きているか手に取るようにわかるようになるはずだ”
”それの何が役立つのよ”
”脅威が何か分かる。高速道路は振動、光学、音響、あらゆるセンサーの塊でもある。それを利用する”
(https://genso-koryu.jp/novels/37)
「ああ、うん。フジマエが悪い。それで落ち着いて聞いて欲しい。どうも今、可能性に変動が起きたみたいで」
「なに、それ」
ナガシノはゆっくり言葉を吐いた。
「フジマエの声が、そっちに聞こえなくなった。今は私のところに聞こえているんだ」
(https://genso-koryu.jp/novels/28)
実のところ、老人以外の人間と話したことはほとんどない。それで、頭の中で落ち着いた男の声が聞こえた瞬間、ひどく緊張した。
”ナガシノさん。聞こえるだろう”
(https://genso-koryu.jp/novels/31)