(編註)
帰ってきた!? フラン(伊)とゴリラの大冒険!! 第X話『vs乙女と恋の空騒ぎ』
第一章、第二章、第四章を先に読んだ方が良いのではないかなーと思います。

第三章 『大人と子供と親心』


「……ただいま」
「おかえりなさーい。――あれ? リズちゃんは?」
「……私だけ」

暗く打ち沈んだ声で帰宅を告げた静穂を出迎えたのは、積比良御咲(つみひらみさき)の明るい声だった。
いつもならこの声に他では見せない華やいだ表情を返す静穂だったが、この日は様子が違っていた。
静穂にとって特別なこの永い同居人は、そんな静穂の短く重々しい返事に、思案で眉根を寄せた。

一緒に出かけていたリズのことや買い物の話を振っても要領を得ない空返事が返るのみ。
一通りの声をかけた後、御咲は黙りこくる静穂を安心させるように笑いかけると、その背中に回ってそっと手を握ってやった。
部屋の端で長い背中を丸め、頭一つ大きな身体を縮めて座っている静穂に、背中合わせの御咲が再び声をかけたのは夕食時だった。

「食べない?」「……うん」「リズちゃんを待ってる?」「……御咲、私」
ハムエッグにウインナーが三人分。静穂がようやく口を開いたのは、食卓に並ぶ皿の湯気も弱まる頃になってのことだった。
「リズに告白された。……白いドレスを見せられて船に乗らないかって。……ずっと一緒にって」

※ ※ ※

御咲の手が小動物の背を撫でるよう繊細に動く。櫛の歯の間を豊かな緑髪が流れて、整然とした道筋を残していく。
静穂はむずがゆそうな表情で、腰まで伸びた長髪を御咲の手に委ねていた。
誰もいなくなった食卓の上には、夕食が手つかずのまま水滴の凝ったラップに包まれ、ゆっくりと温もりを失くしていた。

静穂からリズの告白のこと、それに対して静穂が取った行動を聞いた御咲は目を丸くした。
なんと言ったらよいのか、しばらく口を開けたまま硬直していた御咲だったが、静穂が再び押し黙ったのを見ると、
食器にラップを被せ、「髪の毛を梳かしてあげる」と、静穂をいざなったのだった。

「意外だったな。確かにリズちゃんは静穂ちゃんに懐いていたけど。まさかね」
「……本当はどうしたらよかったのかなあ」
「そうだねえ……。ん、痛かったら教えてねー」

静穂の指先が、正座していた御咲の膝をぺたぺたと所在なさげに触り、それを御咲は片手できゅっと握った。
髪を伸ばして以来、静穂は考え事の最中に髪先を束ねるリボンをいじる癖がついていた。
梳かし終わったらまた結ってあげるからねと、ボリュームのある癖っ毛を片手一本、慣れた手つきで梳いていった。

※ ※ ※

「ちっちゃな妹みたいに思ってたのに、リズちゃんもおんなじに思ってくれてなかったのが寂しかった?」「……うん」
「私達のことをわかってくれてるはずなのにって思っちゃった?」「……うん」
「おっきくなっても中身は子供のままだなんて思ってたけど、リズちゃんも大人になったんだね」「……そうだね」

自分と御咲の絆を知っているリズが、それを無視することを言ったのが哀しかった――
自分と御咲、沢山の有り得た未来の中から今の道を選択した思いを蔑ろにされたのが寂しかった――
それなのに、自分が純白のドレスを着て別の人生を生きるところを想像してしまった自分に腹が立った――

静穂の言葉の破片を拾い集めて、御咲は静穂の思いを思った。
握りあう手から伝わる以上の温もりが嬉しかった。だから――
「私に遠慮なんかしなくていいからね」「御咲!?」「ちがうのちがうの! そういうことじゃなくって」

「いろいろ考えるのは悪くなんてないから」「……そうかな」「妃芽薗を卒業する前だって――」
櫛を止めて御咲は腕を静穂の首に回した。後ろから頭を抱き締め梳いたばかりの髪に顔を埋めた。
「ありがとう」の囁きを耳元で聞いた静穂は、誰にも表情を見られぬよう、抱き締める腕の中へ顔を埋めた。

※ ※ ※

それは静穂と御咲が高校生だった頃の話。
三年間の高校生活、寮での二人の同居生活が終わりを迎えようという時期。
静穂は深く悩んでいた。自分と御咲との関係、将来について。

自分達二人がこの寮を出ても一緒に暮らすのは正しいことなのだろうか。
自分と御咲と、どちらにも別の形の幸せが本来ならば待っているのではないだろうか。
そう考えた静穂は、自分一人でも生きられることを御咲に見せるため、一人で寮を出た。

けれど、御咲は静穂を追った。静穂も世界中を旅する中で御咲を思い続けた。
「ただいま」「おかえりなさい」
二人の再会は一言ずつで充分だった。

他の選択肢が見えなかった訳ではない。他の選択肢を考えなかった訳でもない。
他の誰が何を唱えようと、二人にとって、二人でいるのが自然だった。それが幸せだった。
今、温かな腕の中で静穂は思った。自分が他の道を想像するのも、誰かが自分に他の道を示すのも、それは怒るべきことではなかったと。

「こっちこそありがとう御咲」

そして――

「リズにはちゃんと言うよ――『ごめん』って」



<終わり>

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最終更新:2014年05月18日 07:35