Fantasyが始まる


子供達の話し声で姦しい道重邸のリビング。
いつものようにノートパソコンを眺めていたさゆみが、そっとため息をつく。
それは、周囲の喧騒にかき消されるくらいほんの小さいものだったのだが。

「珍しいですね道重さんがため息だなんて。何がありましたか?」

「相変わらず目ざといね、はるなんは」

パソコンを閉じながら、さゆみが苦笑する。

「そんな大したことじゃないんだけど、ちょっと面倒なことを押し付けられちゃってさ」

「道重さんに面倒を押し付けるなんて、この世の中にそんな相手がいるんですか!?」

「まあ生きてれば、どうしても色々しがらみってのは避けられないものだからね。
知っての通りさゆみは面倒くさいのが大嫌いだから、
困ったもんだと思わずため息もこぼれたわけだけど」

「面倒な困りごとといえば、こっちの今の状況もなかなかのものですけどね」

春菜の言葉に反応したかのように、駄々をこねるような声がリビングに響き渡る。

「あ~もう! つまんないつまんないつまんないつまんないつまんない!!!!!」

「うっさいなホントに。そんなに大声で連呼しなくてもよく聞こえてるって」

「せっかくの夏休みなんだから、みんなでどこか遊びに行こうよ!!」

「そんなこと言っても、みんなそれぞれ宿題だったり魔法の研究だったり、
夏休みでも忙しかったりするんだからさ。気持ちはわかるけどそんな簡単じゃないんだって」

「しょーがないからうちらが一緒に遊びに行ってあげるから。
どこがいい? 海辺? それとも展望スペースでも行く?」

「そんないつでも行けるとこなんてつまんないし!
せっかくの夏休みなんだから今まで行ったことない場所じゃないと!
それに行くんならみんな一緒にじゃなきゃ駄目だから!!」

高ぶった声を上げる優樹をどうにかなだめようとする遥と亜佑美だったが、
明らかに持て余している様子なのが傍目からもはっきりと見て取れた。

「なんか随分こじらせちゃってるねぇ」

「この頃ずっとまーちゃんのことをかまってあげられなかったから、
その溜め込んだ不満がついに爆発しちゃったようなんですよね」

「確かにこれは、なかなかの困った状況かもしれないけど……」

そこで言葉を切ったさゆみが、こめかみに人差し指を当ててしばらく思考を巡らせると、
そして何か閃いたかのように意味ありげな笑みを浮かべた。

「ねえはるなん。面倒ってのはさ、1つあるだけでも苦労するけど、
その面倒がもし2つになったらどうなると思う?」

「常識的に考えれば苦労が2倍になるんじゃないですか?」

「まあ普通はそうだよね。でもその2つの面倒を上手に掛け合わせると、
案外うまくいくなんてこともあるかもしれないよ」



「もう! みんな遅いってば~!!」

先頭をズンズン歩いていた優樹が振り向くと、待ちきれないように声を上げる。

山間の緩やかな上り坂を、総勢8名の少女達がそれぞれの速度で歩を進めていた。
なかなか全員の予定を合わせるのが難しいとは言っていたのだが、
さゆみより「今まで行ったことのないとっておきの場所に連れて行ってあげるから」と
誘いを受けたため、みんなして一も二もなく集まることとなったのだ。

「優樹ちゃんが逸る気持ちはわかるけど、はぐれたら大変だからあまり急ぎすぎないでね」

「はーい!」

「でもなんで聖ちゃんが仕切ってるの?」

「それはね! 今日の企画が譜久村聖プレゼンツだから!!」

キラーン☆とドヤ顔を決める聖。

「よくわからないんだけどね。道重さんは後から合流するからって、
今日の仕切りは聖がするように言われたんだ」

「心配しなくても、私と生田さんが譜久村さんのフォローをしますから」

「はるなんはともかく、えりちゃんのフォローじゃ逆に心配になるけどね」

香音の憎まれ口に周囲から笑い声が上がり、衣梨奈が膨れっ面になる。

「道重さんは今まで行ったことのないとっておきの場所って言ってたけど、
でもなんで裏山なんですかね? 
裏山なんて今までに散々探検し尽くしてるから、
これ以上知らないとこなんてもうなさそうだけど」

「それはこれからのお楽しみ。まあ聖も道重さんから指示をもらってるだけだから
あまり詳しいことはわからないんだけど。ああそうそう……」

遥の疑問に答えた聖が、思い出したように付け加える。

「今日のサマーキャンプでは基本的に魔法の使用は禁止だからね。
自分のことは自分自身の力で何とかしなさいって、道重さんからのお達しだから」

「うん、それは大賛成!
あたしも聖ちゃんも、みんなのように魔法が使えなくていつも寂しい思いをしてるんだから、
たまにはあたし達と同じ条件で苦労してもらわないとね」

聖に真っ先に同調する香音の勢いに押されて、
これには他のみんなも内心はどうあれ素直に頷くしかなかった。


そこからしばらくみんなで騒がしくお喋りしながら歩き続け、
山道から少し外れたところに立ち並ぶ2本の老木の前で聖が足を止める。

それは一見どこにでもあるような樹木に思えたが、よく見ると
伸びた2本の幹が上の方で絡み合い、ついには1本に繋がってしまっていた。

聖は緊張した面持ちで一つ深呼吸をし、さゆみから預かった凝った意匠の指輪を掲げる。
すると、不思議な樹木はうっすらと光を放ち、そして何事もなかったように元に戻った。

「これでいいはずだけど……」

ちょうど人が一人通れるくらいの2本の樹木の間を、聖を先頭にみんなが潜り抜ける。
特に周りの風景に変化が感じられたようには思えなかったが、
そのまま細い獣道を進んでいくと、見覚えのない短いトンネルが姿を現した。

古びたトンネルの中は薄暗く独特の雰囲気があり、
今はまだ昼間のため出口からの陽光もしっかりと確認でき別段の問題はないものの、
おそらく夜は通るのが躊躇われるだろうなとは容易く想像ができた。

総勢8人もいる心強さもあり、みんなでワーキャー大げさに騒ぎながらトンネルを抜ける。
すると、その先には今まで見たことのない景色が広がっていた。


山間の拓けた広場。どこからか小川のせせらぎが聞こえてくる。
そして広場の中央には、丸太造りの立派なロッジが建っていた。

「裏山の中にこんな場所があったなんて、えり全然知らんかった!」

「というかここは本当に裏山なんじゃろうか……」

「確かにちょっと気になりますけど、まあ細かいことはいいんじゃないですか」

それぞれが感嘆の声を上げる中、聖がみんなをロッジへと促す。
ふんわりと木の香りが感じられるロッジはシンプルながら居心地のいい雰囲気で、
荷物を置いた一行はここでようやく一息つくことができた。

「ねえみんな、ちょっと来て!!」

その時、ロッジの中を率先して探検していた優樹が部屋の奥から声を上げ、
みんな何事かと慌てて優樹の元へと集まる。

「あれ……」

優樹が指差した先。窓際に設置されたソファの上には、
なんと見知らぬ少女が気持ちよさそうに寝息を立てていた。

予想もしていなかった光景に、ざわめきとともに顔を見合わせる一同。
その異様な雰囲気が伝わったのか、少女はゆっくりと目を開くと、
いかにも眠たげにソファから身体を起こし、そしてみんなの顔を見回した。

明らかに寝ぼけ眼で、よく状況を把握できていない様子で周囲を見渡す少女。
プクっと柔らかそうなほっぺが印象的な、まだ女性らしいくびれとは無縁の、
いかにも健康優良児の女の子という表現がピッタリとくるような可愛らしい少女に、
優樹が興味津々な様子で声をかける。

「えっと、あんた誰?」

「あたし……リベット」

「なんでこんなことにいるの?」

「あたし……。あたし、遊びたい!」

予想外の強い意志を感じさせる声音と、そして予想外の願望。
だがそれに驚く間もなく、さらに力強い一言が間髪入れずに返された。

「うん! 遊ぼう!!」

状況が全く把握できていない中での優樹の即答に、戸惑いが広がる。
それを打ち破ったのは、場違いなまでに朗らかな聖の呼びかけだった。

「じゃあ、リベットも一緒にみんなで思いっきり遊びまくろう!!」

仕切り役である聖の後押しに、リベットの表情がパッと華やぎ、
その場の空気も一気に和やかなものとなる。

「じゃあ、行こ!」

「うん!」

満面の笑みでリベットに手を差し伸べる優樹。
そして2人を先頭に、みんなでロッジの外へと駆け出していった。


「譜久村さんは、あのリベットって娘のことをご存じだったんですか?」

さっそくロッジの外で鬼ごっこに興じる楽しげな声が響く中、
そこには加わらず聖、衣梨奈とともにロッジ内の最終確認をしていた春菜が問いかける。

「ううん、全然。
でもね、道重さんに事前に言われてたんだ。
今日は優樹ちゃんのやりたいように遊ばせてあげてねって。
だからきっと、リベットがこの場所にいることも、一緒にみんなで遊ぶってことも、
道重さんの計画の中に含まれてるんだろうなと思って」

「あーね。ところであのリベットって、何となく道重さんに似てると思わん?」

「うん! 聖もそれ思った!
あの娘ってもしかして道重さんの親戚とか姪っ子だったりするのかな」

「どうなんでしょうね。もしかしたら道重さんも一緒に遊びたくて、
あの姿に変身してる……なんてことがあったら面白いですけど」

「ハハハ、まさかとは思うけどあり得なくもないかも」

「もし里保にベッタリくっついてたら本気で疑ってかかった方がいいかもしれんね」

そんな軽口を叩きながら室内を見て回った3人は、
遊びに使えそうな道具がいくつか無造作に置いてあるのを発見し、
これは色々楽しいことになりそうだと満足げに顔を見合わせた。


ロッジを出た聖達が外で盛り上がっていたみんなと合流すると、子供の特権というべきか
軽く遊んだだけなのにリベットはもうすっかりその場の雰囲気に溶け込んでいた。

「いいもの持ってきたよ~!!」

聖の掛け声に、集まってきた一同から歓声が上がる。
聖が手にしていた物。それはシャボン玉のおもちゃだった。

「それなあに?」

「リベットはシャボン玉知らないの? じゃあまさが見本を見せてあげるね」

大きめのシャボン玉が作れるおもちゃを手に取った優樹が、
シャボン液をつけてフーッと息を吹きかける。

「わぁ……!!」

次々と連続して生み出されるシャボン玉が風に靡いて周囲に広がっていき、
それを見たリベットが目を輝かせた。

「こんなこともできるよ!」

おもちゃを前方に突き出した優樹がその場で回転すると、
今度はその動きに合わせてシャボン玉が優樹の周りを取り囲むように生成されていく。

「まだまだこんなことだって!」

優樹に対抗するように、亜佑美がおもちゃを掲げると全速力で走りだす。
亜佑美の後を追うように見事にシャボン玉が列をなしていく……はずだったのだが、
シャボン液が足りなかったためか最初に2、3個できただけで終わり、
そのあっけなさに苦笑にも似た笑いが漏れる。

「どう? すごかったでしょ! ……ってなんでみんな変な笑いしてるんのよ」

そして、そんなことも露知らずに駆け戻ってきた亜佑美のドヤ顔に、
更なる笑いが巻き起こった。


「最後のヤツは失敗例として、リベットもぜひやってみなよ」

香音からシャボン玉のおもちゃを手渡されたリベット。
最初は恐る恐るだったが、自分の吹く息に合わせてシャボン玉ができるのを確認すると、
すぐに夢中になって唇をとがらせながらシャボン玉を作り出していった。

「可愛い……」

思わずこぼれる聖の呟きはもはやお約束に近いとはいえ、
今回ばかりは他のみんなも同意せざるを得なかった。

もちろんリベット自身の愛らしさもさることながら、
シャボン玉で戯れる少女という姿が何とも言えず絵になっている。
きっとさゆみがこの場にいたなら、盗撮の魔法で連写しまくること必至だろうと、
なんの疑いもなく思えてしまうくらいに。

続いてリベットが、おもちゃを前方に突き出してその場で回転する。
優樹の時と同じようにリベットの周りをシャボン玉が取り囲み、
これもまたリベットの愛らしさを一層際立せることとなった。

ゆっくりと漂いながら落ちていくシャボン玉は、ついに地面へと到達し壊れて消える。
……はずだったのだが。

不意にリベットの周囲の地面より緩やかな上昇気流が巻き起こり、
シャボン玉が一気に上空へ吹き上げられた。
何事かと訝しむ余裕もなく、そしてシャボン玉がゆっくりとリベットの元へ降り注いでいく。

「綺麗……」

口を半開きにして目線を上に向けながら、リベットがシャボン玉へとそっと手を伸ばす。

七色の光を放つシャボン玉の海原に包まれた少女。
それはまさにため息の出るような幻想的な光景だった。

声もなくウットリと見守っていた聖だったが、ふとあることに気づいて里保に目を向ける。
すると、その視線に気づいた里保がいかにもなドヤ顔を決めると、わざとらしく目を逸らした。

――なるほど、そういうことだったかぁ

ようやく腑に落ちた聖だったが、その粋な演出に免じて、
魔法禁止の原則を破った里保の行動には黙って目をつぶることにしたのだった。


ひとしきりシャボン玉で遊んだ後は、ロッジの近くを流れる小川を
上流組・下流組と2手に分かれて散策することになった。

「わー! お魚さんがいっぱい!」

「いくら浅いといっても川に入っちゃダメだよ!」

緩やかな流れの小川は水が澄み、ゆったりと泳ぐマスの姿がそこかしこで確認でき、
目を輝かせて川にいきなり足を踏み入れようとしたリベットを里保が慌てて制止する。

「ハルも魚釣りしたかったなぁ」

「しょうがないよ釣竿が2本しか見つからなかったんだから。
それに誰が釣竿を使うかのジャンケンで負けたのはくどぅーでしょ」

「まーそうなんだけどさ。
代わりにバケツだけ渡されても、これで魚を掬えるわけもないんだし」

釣竿が使えないことに愚痴をこぼす遥とそれを宥める春菜。
この4人が下流探索チームだった。

「でもこれだけの数がいるんだから、上手くやれば手づかみで捕まえられないかな?」

「やりた~い!」

「それはちょっと魚のすばしっこさを舐めすぎでしょ」

「いや、そのまま無策でだと難しそうだけど、
あっちの浅瀬に追い込めば案外手づかみもいけそうじゃないですか?」

こうして、春菜が策を練り、4人でマスの手づかみに挑戦することとなった。


「ひゃー冷たい!」

靴を脱いで川の中にそっと足を沈めた春菜が、黄色い声を上げる。
よろよろと歩くその後ろから遥がそっと近づき、
軽く背中を押したことで更なる悲鳴が上がった。

「キャー! こら!!」

そんな風に川の中でふざけながらも、春菜の指示でまずは4人が並んで
バシャバシャと音を立てながら歩き、多くのマスを浅瀬に追い詰めることに成功する。

だがそこからが大変だった。
ギリギリまで迫っても最後の最後でスルリと逃げられ、
なかなか捕まえるところまではいかないのだ。

そんな中、遥が土手の窪みに追い込みようやく一匹の捕獲に成功したことを皮切りに、
みんな徐々にではあるもののコツがわかってきた。

「アアアア゛ヌルっとしてる~」

マスを掴んだ里保から普段は出さないような変な声が漏れ、周りから笑いがおきる。

それでも最後にはどうにか捕獲でき、続いて春菜も疲れてきたマスをあっさりと捕まえ、
しばらくするとバケツの中もいい具合に獲ったマスの数が増えてきた。


「リベットは捕まえられた?」

「捕まえてない……。だってヌメッとしてるんだもん」

しょんぼりと肩を落とすリベットの姿を見て、春菜が遥に目くばせする。

「ほら、あの魚が弱ってるから捕まえてごらん!」

リベットが両手で包み込むようにしてマスを捕らえようとするが、
スッと躱されて逃げられそうになる。
そこで遥がこっそりと呪文を唱えながら掌を払うと、
小さな波が起こって魚が跳ね、リベットの手の中にスッポリと収まった。

「キタ!!」

ついにリベットもゲットできたことで周りから歓声が上がる。
捕らえたマスを数えてみると、全部で20匹もの収穫があった。

「一匹しか獲れてないけど……」

「じゃあ今度やる時はもっともっといっぱい獲ろうね」

「……うん!」

嬉しさと悔しさがない交ぜになったような口調で呟くリベットに、
春菜がやさしく声をかけ、ようやくリベットの表情にも明るい笑顔が灯った。



ロッジに戻り上流探索チームと合流すると、上流組は衣梨奈と亜佑美が釣ったマスが5匹と、
そして聖がなぜか大きなスイカを抱えていた。

「このスイカ、川の中で冷やされてたんだ」

「じゃあ早くみんなで食べましょう!!」

「その前にスイカ割りをするって、さっき話してたでしょ」

スイカ好きの亜佑美ががっつくのをあっさり香音に制止され、
そこからみんなでスイカ割り大会が始まった。

タオルで目隠しをし、バットに頭をつけながら5回まわる。
それだけで予想以上にバランス感覚が崩れるもので、よろめいて派手に転んだり、
ワザと的外れの場所に誘導したり、衣梨奈に対しては誘導の声をかけず沈黙を保ち
怒った衣梨奈がバットを振り回して悲鳴が上がったり、
遥には里保が後ろからカンチョ―するなど、みんなやりたい放題で広場に笑いが溢れる。

そして次はリベットの番となった。

リベットにはあえて英語で誘導してみようという提案も出たが、
まともに英語を喋れる人間がこの場にはいないことに気づき残念ながら断念する。

「右! 右!」

「オーライオーライ!」

「OK!」

的確な指示によりスイカの前までたどり着いたリベットが、
高々とバットを振り上げ力強く振り下ろした。

バットは鮮やかに命中し、スイカは見事に真っ二つ!!

……になるかと思われたが、バットの勢いにスイカはなんと大きな爆発音とともに
粉微塵に吹き飛び、それどころか地面にたたきつけられたバットまでもが、
柄の部分を残して粉々に砕け散っていた。

「…………」

あまりに衝撃的な光景にみんな言葉を失う中、目隠しを取ったリベットが
スイカの破片を見て、顔をクシャクシャにして涙を目元に溜めていく。

それを救ったのは、最初にショックから立ち直った優樹だった。

「すごーい! ねぇ今のどうやったの? まさもあんな風にボカーンと爆発させてみたい!!」

「えっ?」

リベットの元に駆け寄って興奮気味に肩を揺さぶる優樹に、
まさか賞賛されるとは思ってもいなかったリベットが泣くのも忘れて動きを止める。

「じゃ、じゃあまだ食べる用のスイカは準備してるから、お腹いっぱい食べよう!
スイカだけじゃなくて、これからみんなでバーベキューをするよ!!」

その間隙をついて聖が強引にバーベキューへと誘導したことにより、
リベットも含めてみんなから大きな歓声が上がり、
どうにか泣きだされることだけは回避できたのだった。



みんなで嬉々としながら、バーベキューの準備を進めていく。

「こういうの大好き」

「自分鉄板とか似合っちゃうからなぁ」

主に鉄板係となっていたのは衣梨奈と亜佑美の2人。
一方で遥は網の前に陣取り、獲ったマスを率先して焼いていた。

「美味し~い!」

「お肉がすごいジューシーだよ」

「このカボチャも甘くてホクホクしてる」

「魚の身が柔らかくてフワフワ!」

鉄板と網で次々と焼かれる肉や魚などを、みんなでもりもりと食べ続ける。

「よっしゃー焼きそば作ってやるぜ!」

衣梨奈が気合を入れ直し、鉄板に麺を投入した。

「リベットもあれやってみたい!」

「大丈夫?」

「あたしの監督のもと作らせるから心配ないって」

喜び勇んで鉄板の前に立ったリベットが、亜佑美の指示を受けながら食材を焼く。
脚を大胆に開いて腰を落とし、ヘラを両手にして捌く姿は、意外なほど堂に入った様子だった。

「鉄板少女リベット! 鉄板少女リベット!」

「いやそれだと何にもかかってないから意味不明だって」

一人ニヤつきながら不思議な呟きを漏らす春菜に、香音の冷静なツッコミが入った。

「焼きそばできたよ~!!」

無事完成した焼きそばをお皿に盛りみんなで頬張ると、そこかしこで感嘆の声が上がった。

「うーん美味しいね」

「これリベットが作ったの? すごいじゃん!」

「ホガホゴハンゴ……」

みんなに褒められ照れ笑いを浮かべながらリベットが嬉しそうに言葉を返したが、
口の中に焼きそばが詰め込まれていたため何を言ってるか全くわからず、
可愛らしいその姿に周りから暖かな笑いが広がった。



お腹いっぱい食べ終えた頃には辺りもいい具合に暗くなってきており、
そこからみんなで花火をすることとなった。

それぞれが手持ち花火に火をつけ、鮮やかな閃光に悲鳴のような歓声が上がる。
勢いの激しいタイプの花火に腰が引け、情けない姿を笑われる遥。
花火を持ったまま走り回り8の字に振りまわす優樹。

「まーちゃん魔法使いみたい!」

「♪マハリ~クマハ~リタヤンバラヤンヤンヤン!」

「いや、みたいじゃなくて元から魔法使いでしょうが」

それぞれ盛り上がる中、ただ一人その輪に加わらずションボリする姿があることに聖が気づいた。

「リベットは何でやらないの?」

「怖いから……」

弱々しい声で肩をすくめるリベット。

「大丈夫、ちゃんと遊び方を間違えなければ怖くないけん」

みんな集まってリベットを励ましながら、衣梨奈が火をつけた線香花火を手渡してやる。
おっかなびっくり手に取ったリベットだったが、慎ましやかに爆ぜる火花に
徐々に心を奪われていくのが傍目からでもよくわかった。


「あっ! 落ちちゃった……」

「でも、これでもう花火も怖くなくなったやろ」

「うん、少しだけ」

「今度はあっちで大きめの花火をつけるけんね」

リベットの頭をポンポンとした衣梨奈がその手を引いて連れていき、
その男前な姿に周囲から様々な感情の入り混じった密かなため息が漏れた。

「実はね、聖も魔法が使えるんだよ! 
エターナルフォースブリザード!! 私が操っている!!」

設置型の花火にドヤ顔で手をかざす聖。
「待ってうちライター点けれん」とヘタレなことを言いだす里保。

勢いよく噴き上がる火花に、みんなキャッキャと騒ぎまくる。

そして残った最後の一つ。苦戦しながら聖がどうにか着火したが、
そんな時に限って不発でちょろっと火花が上がっただけで終わってしまい、
腰砕けの笑いとともに花火の時間も終了を迎えた。



♪素直に伝えよう楽しくやろう 君はその手を絶対に離さないで
心を大きく許し許され 誰に出会っても仲間になろう~

暗闇が周囲を覆う中、キャンプファイヤーの炎が緩やかな風に揺らめく。
それを半円状に囲んで座り、身体でリズムを取りながら9人で柔らかく合唱する。

♪NANANA・・・

曲のラストの締めが上手く揃わないのを強引に終了させて、最後は笑い交じりとなった。

みんなあえて言葉を発しようとはしない。
それでもまったく違和感を覚えることがない、ただ一緒にいるだけ、
それだけで十分だと思えるような、穏やかな時間がそこには流れていた。

その時、リベットの身体が傾くと、隣の遥に寄り掛かってきた。

「リベットももう眠くなっちゃったね」

「……ううん、まだ眠たくない」

そう強がるリベットだったが、舌っ足らずな喋りもフラフラと揺れ続ける身体も、
全てが眠気の限界であることをはっきりと示していた。

「子供はもう寝る時間だよ」

自分のことは棚に上げて諭す遥に、精一杯の抵抗を試みる。

「やだぁ、みんなと一緒にいるもん」

「そんなワガママ言わない」

「だって……。こんな楽しいこと今までなかったんだもん。
まだまだずっと一緒にいたい」

拗ねたような甘えたような口調で遥に縋り付いてくるリベット。
それを聖が羨ましそうに見つめていた。

「大丈夫。今日はゆっくり寝てさ、元気になったら明日また一緒に遊べばいいじゃん」

「明日……」

気落ちした声で呟いたリベットだったが、潤んだ瞳を遥に向けて念を押してくる。

「本当に、リベットとまた遊んでくれる?」

「もちろん!」

「約束だからね。ずっと……楽しみに待ってるから…………」


ようやく安心したように目を閉じたリベットが、
遥の膝を枕にしてすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
そんなリベットの髪をゆったりと撫でつける遥。
ほっこりとした光景に、嫉妬に眉を顰める優樹以外の顔がほころぶ。

「うーん可愛いなぁホントに」

「よっぽど楽しかったんだろうね」

「でもこうして寝顔を見てると、まるで赤ん坊みたいやね」

「でっかい赤ちゃん、ジャイアントベイビーだ」

里保の命名に、みんなから賛同の笑いが巻き起こる。
そんな緩やかな空気にスッと入りこむように、闇の中から不意に声が響いた。

「そうだね、よくわかってるじゃない」

それは突然だったが、あえて後方を確認するまでもない
みんなにとってよく聞きなれた声音だった。


「みっしげさん!」

予想通り、闇の中から姿を現したのはさゆみだった。

「みにしげさん遅い~!」

優樹が素早く立ち上がるとさゆみの腕を掴んでもたれかかる。

「ごめんね、色々準備とかに忙しかったから。まーちゃんは一日楽しめた?」

「うん、とっても!」

「それはよかった」

優樹の即答に、さゆみも笑顔で頷く。
さゆみも加わりその場の雰囲気も落ち着いてきたところで、
春菜がかねてからの疑問を口にした。

「今日のことについて色々道重さんにお聞きしたいのですが……。
まずさっきの『よくわかってる』というのはどういう意味でしょうか?」

「どういう意味って、そのままなんだけどね。
その娘、リベットのことをジャイアントベイビーって言ってたでしょ。
だからみんなよくわかってるなって」

「??」

そのままと言われてもその意味がよく理解できず、
頭にクエスチョンマークを浮かべて顔を見合わせる一同。

「ごめんなさい、もう少し噛み砕いて説明して頂けるとありがたいのですが……」

さゆみの返答は、みんなにとってまったく想像が及ばないものだった。

「だから、リベットはジャイアントベイビーなの。巨神族の赤ん坊。
みんなと同じくらいの年齢に見えるけど、まだ生まれたばかりの赤ちゃんでね、
これから成長していくと今より何倍も何十倍も大きくなっていくのよ」

「……は?」

意味が理解できないにさらに想像もつかないが加わり、みんなして混乱に襲われる。
そんな空気をどうにか打開しようと春菜がさゆみに助けを求めた。

「すみませんが、リベットのこと、そして今日のことについて一からお話し頂けませんか?
このままだと誰もついていけずパニック状態が続きそうなので」

「みんなには馴染みのない話だから、寝耳に水なのも仕方ないかな。
まあ世の中にはこんな一面もあるんだって、軽く聞き流してもらえば十分なんだけど」

そんな前置きの上で、さゆみがまず発端から話し始める。

「つい最近のことなんだけどね。天界に住まう巨神族に久しぶりに赤ん坊が生まれたの。
人間界とは時の流れが違うからあれなんだけど、簡単に言うと何百年ぶりに誕生した
新たなる命ということで、それはもう大事に大事に育てられていたんだけどさ」

「えっと……それがつまりリベットということなんですね」

「そういうこと」

亜佑美の問いかけに頷きを返すさゆみ。
あまりにもスケールが大きくファンタジーに満ちた信じがたい話だったが、
そこでふとスイカ割りでリベットがスイカとバットを粉砕した光景を思い出し、
なるほどあの馬鹿力はその出自が原因だったかと、亜佑美は内心で納得した。


「ただ、大事にするのはいいんだけど、喜びのあまりついやりすぎちゃったんだよね。
束縛しすぎで息が詰まるほどに自由を奪われたリベットの不満がついに大爆発。
困り果てた巨神族の大人達から、どうにかしてリベットの機嫌を直してやってほしいと
SOSが発せられたってわけ」

「あーね。でもどうしてそれが道重さんの元に回ってきたんですか?」

「そう、そこが一番の問題なのよねぇ」

大げさにため息をついたさゆみが、やるせない表情で夜空を見上げた。

「さゆみの先輩にね、天使の血……えっとつまり天界と縁の深い人がいてね。
その人からの要請でさゆみに話が巡ってきたのよ。
『この頃さゆは子守りに熱心なようだからちょうどいいっしょ』とか
そんな軽い感じでこんな面倒を押しつけられても困……ゴホン。
今のは聞かなかったことにしといてくれるかな」

途中からただの愚痴になってることにどうにか気づいたさゆみが、
咳払いとともに無理やり取り繕う。

「なるほど、昨日道重さんがおっしゃっていたしがらみというのは、
そういうことだったんですね」

「うん。そこまでわかれば、昨日のさゆみの様子を知ってるはるなんなら
その後の流れも想像がつくでしょ」

急に話を振られた春菜が、授業中にいきなり指名されたような緊張感を伴いながら
懸命に頭をフル回転させていく。


「あの時あそこにいたのは、遊びに行けず欲求不満を爆発させたまーちゃんでした。
リベットとまーちゃん、2人の要望は大きくまとめるとほぼ同じ。
とにかく自由気ままに思いっきり遊んでストレス発散したい。
ならば2人を含めたみんなで存分に遊べる場所を用意して後は好きにさせれば、
それだけでどちらの要望も解決できるだろうと。
それが『2つの面倒を上手に掛け合わせると案外うまくいく』という言葉の真意なんですね」

「ご名答。
そこからは天界と連絡を取って、この場所の準備を整えて、
そしてふくちゃんに一日の進行役をお願いしたのよ」

「なるほど、当日のお守り役を譜久村さんに押し付ければ
道重さんの面倒も随分軽減されますもんね」

「そうそう、準備だけで十二分に面倒くさいんだから
お守り役くらい押し付けてゆっくりさせてもらっても……ってはるなん」

「ご、ごめんなさい口が滑りました」

さゆみに睨まれて首を縮こませる春菜の様子が滑稽で、みんなから笑いが零れる。

「ところでこの場所は一体なんなんですか?
裏山の中にこんなところがあるなんて、ハル達初めて知ったんですけど」

「ああここは、天界と人間界の狭間にある精霊界の隠れ里。
さゆみの隠れ家の一つでね、居心地をよくするため事前に色々手を加えてるから
リベットを招待するにはちょうどよかったんだよね」

みんなの表情がようやく納得の色を帯びてくるのを見て、
そこでさゆみが本題へと話を進めていった。


「まあ今日の目的はみんなに楽しんでもらうことだったから、
そんな背景はどうでもいいんだけどね。
みんな一日満喫できたようだし、これでリベットとはお別れだよ」

「えー!!」

「リベットの家族も心配して待ってるからね。
まーちゃんも家族に迷惑をかけちゃ悪いってことはよくわかるでしょ」

さゆみに諭され、不満顔はそのままながら優樹が口を閉ざした。

その様子を微苦笑で見守ったさゆみが、手にしていた小さなゆりかごを地面に置く。
指を一つ鳴らすと、ゆりかごは一瞬にして大人一人が楽に入るほどの大きさになった。

さゆみの指示で、リベットをゆりかごの中に寝かせる。
スヤスヤと穏やかな顔で熟睡するリベットの周りを、みんなで取り囲んで別れを惜しんだ。

さゆみの手の動きに合わせて、ゆっくりと浮かび上がり夜空へ上昇していくゆりかご。
その様子をみんな、黙ったまま目を離すことなく見つめていた。

ゆりかごは最後、雲の切れ間に吸い込まれていく。
それはただの幻だったのかもしれない。
でも、姿を消す直前にとてつもなく大きな手が雲の切れ間から伸び、
スッとゆりかごを掬い取っていくのを、みんな確かに目にしたように思えた。


「行っちゃったね、リベット」

「うん……」

別れの寂寥感に浸りしんみりする中、優樹は独りボロボロと涙を零していた。

「まーちゃんも気持ちはわかるけどそんなに泣かないで」

「リベットと明日また遊ぶって約束したのに……。その約束が果たせないよぉ」

そういえばそうだと、困ったように顔を見合わせる一同。
そこに助け舟を出したのはさゆみだった。

「うーん、明日また遊ぶのは確かにもう無理だね。
でもリベットも自由にできるのは今日一日だけだって事前にわかってたから、
無理だってことも承知の上だったと思うよ。
今回のような例外は別にして、天界から外の世界に出てくるってのは難しいけど、
その上でリベットがみんなに『また遊んで』と言ったのなら、
もしかしたら今後その願いが叶う可能性もあるんじゃないかって気はするけどね」

「どういうことですか?」

「もし本当にリベットがみんなと遊びたいという気持ちを強く持ち続けているのなら、
自分の魂の一部を次元の彼方へと開放するという方法を取るかもしれない。
リベットの願いの強さが奇跡を起こして、いつか次元を超越し、天界と人間界の壁を越えて、
リベットの魂の一部を受け継ぐ娘がみんなの前に現れてもおかしくないかなって。
実現したとしてもその娘が今日のことを覚えているかはわからないけど、
巨神族っていうのは本来、それくらいの能力を普通に持ち合わせている種族だから」

「じゃあまたリベットと遊べるの? ちゃんと約束を果たせるの?」

「そうだね。いつになるかわからないけど、その時が来るまで楽しみに待ってようか」

「今後会う時はリベットもこーんなにでっかくなってるのかな」

「いやいや、次に会えるとしてもあくまで人間としてだから、
普通に今日のような可愛い女の子でしょ」

両手を精一杯伸ばして大きさを表現する優樹に呆れたように遥がツッコみ、
ようやく笑顔が戻った優樹の姿に周囲から安堵混じり笑い声が上がる。

「でも……本当に楽しみだね」

「うん!!」

あくまでさゆみが可能性として話しただけのリベットとの再会だったが、
みんなの想像の中では、まるで当然決まっていることのように
リベットと楽しそうに戯れる未来がはっきりと映し出されていた。


(おしまい)


※参考
DVD MAGAZINE Vol.74ダイジェスト

http://www.youtube.com/watch?v=PNzp9NT0h7o

DVD MAGAZINE Vol.76ダイジェスト
https://www.youtube.com/watch?v=kkOOHJMoVj0

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最終更新:2016年03月08日 22:55