WHY


とある辺境の山あいに、小さな村がありました。
その村の外れには鬱蒼とした森が広がっており、
森の奥深くには邪悪な魔女が住んでいる……。
村ではそんな伝承が代々伝わっていました。

魔女に関わり、万が一怒りを買うことにでもなれば、村に壊滅的な災いを引き起こす。
そのため森には絶対に近づいてはならない。

古くから伝わる掟を守り、村人達はひっそりと暮らしてきたのです。

ところがある時、村一番の力自慢が、そんな魔女など自分が退治してやると
掟を破って森に押し入り、無謀にも魔女に戦いを挑んだのでした。

結果はあえなく返り討ち。
魔女は烈火のごとく怒り、村全体を焼き尽くしてやると宣告します。

村長はどうにか村の危機を救おうと奔走しますが、
村一番の力自慢があっさり敗れた今、魔女に立ち向かえるだけの人材もなく、
どうにも手の施しようもない状況に頭を抱えるしかありませんでした。

そんな父親の窮状を救ったのが、村長の娘でした。
村に残る伝承の一つに、「魔女は可愛い女の子が大好きだ」というものがあり、
それならば自分が魔女の生贄となればその怒りも解けるのではないかと考え、
村長に相談もせず単身で森の奥に住まう魔女の元へと身を投じたのです。


村長の娘の捨て身の行動が功を奏し、魔女は村への介入をやめて
森の奥にある自らの館へまた引き籠ることになりました。
こうして村にもようやく平和が戻ってきたのです。

そんな中、一人忸怩たる思いを抱えていたのが、娘を生贄にとられた村長でした。
3年間の雌伏を経て、今度は養女に生贄として魔女の元へと向かうよう言いつけたのです。

しかしそれは、ただの生贄ではありませんでした。
養女には生贄の振りをして魔女に近づき、油断した隙をついて魔女を倒し、
娘を救出して戻ってくるように、という密命が与えられていました。

村長の指示通り魔女の元へと赴いた養女。
可愛い女の子が大好きな魔女は、為す術もなく養女の手にかかる……と思いきや、
底知れぬ魔女の妖力により、養女をあっさりと籠絡してしまったのです。

村長の浅はかな企みを知った魔女は、今度こそ村ごと焼き尽くしてやると
腹を立てましたが、すぐにもっといい方法があると思い直しました。
そして自ら村へと出向き、いきなり村長の家に乗り込んだのです。

蒼ざめて震え上がる村長を前に、魔女がある取引の提案をします。
一も二もなくその提案を呑む形となった村長は、
それからすぐに、魔女好みの小さな女の子を新たな生贄として送り出したのでした。

こうして、定期的に魔女へ可愛い女の子を生贄に差し出すことを代償として、
どうにか村は魔女による制裁、村の壊滅を免れたのです。


労せずして定期的に生贄を得ることとなった魔女ですが、
これで落ち着くことはなく、逆にすっかり味を占めてしまいました。

ただ生贄を待つばかりではなく、夜な夜な街を徘徊して、
自分好みの可愛い女の子を見つけると抵抗する暇も与えず攫っていくようになったのです。

今でも魔女は、どこかの街で可愛い女の子を物色しているかもしれない。
いやもしかしたらこのM13地区に来ているのかも……。

夜に外出していないからといって、決して安心はできませんよ。
魔女は可愛い娘と見るや、野外でも屋内でも関係なく、
疾風のごとくに攫っていくのですから。

そんなことを言ってるうちに……。

ああっ!! まーちゃんのすぐ後ろに恐ろしい魔女が!
まーちゃんを今にも連れ去ろうと手を伸ばして!!!!

「イヤアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!」
 

 
「うーん、やっぱりはるにゃんこの話は怖くてたまらないよぉ」

「いやいや、まーちゃんちょっと怖がりすぎだって。
それに最後以外そんな怖い話っぽくなかったし」

「ねえちょっとはるなん。
さっき佐藤を脅かす時、明らかに後ろにいたさゆみのことを指さしてたよね」

「え、そ、そんなことないですって。ただの気のせいですよ気のせい」

「もしかして……。今の話に出てきた魔女って、道重さんのことだったり!?」

「うっ、なかなか鋭いねあゆみん」

「え~!! みにしげさんって人攫いなの!?」

「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよ、そんなわけないでしょ」

「さっきの話はあくまで私の創作なんですけど、実は元ネタがありまして……。
ここ最近、魔道士協会の一部でまことしやかに囁かれてる噂話を元にしてるんです」

「噂話って?」

「さっき話した創作話の、設定を入れ替えたらほとんどそのままなんですけどね。
まず『小さな村』は魔道士協会のことです」

「そして『邪悪な魔女』が道重さん、と」

「『村一番の力自慢』が執行魔道士の実力者だった新垣さんで、
魔女の生贄となった『村長の娘』が生田さん。
さらに密命を受けた『村長の養女』が鞘師さんで、
最後に生贄として送られた『小さな女の子』があゆみん」

「えり別に生贄なんてなろうとしとらんし」

「そうよ、さゆみは無理やり弟子として押しかけられただけなのに、
なんでそれが生贄とか物騒な話になってんのよ」

「実際に起こった出来事の上辺だけ見ていくと、そういう解釈も成立してしまうんですよ。
まず新垣さんが道重さんに勝負を挑み、その後すぐに生田さんが道重さんの元へと赴いた。
3年後にさらに鞘師さんが道重さんの元へと派遣されると、
しばらくして道重さんが魔道士協会の本部に直接乗り込んでくるという大事件が発生し、
それからほどなくしてあゆみんが追加で送られることとなった。
これはつまり魔道士協会と道重さんの間で、定期的に可愛い子を生贄として送りつけるという
密約が交されたんじゃないか、またすぐに次の生贄が送られることになるんじゃないか。
そんな噂が流れて、もしも次にうちの娘が生贄に選ばれてしまったらどうしようと、
年頃の娘を持つ親御さんなど戦々恐々としてるという話です」

「そんな身に覚えのない濡れ衣着せられるなんて、勘弁してよホントに」

「道重さんが可愛い女の子を大好きなのは紛れもない事実ですから、
そんな噂が流れるのもある程度仕方ありませんわ」

「聖ちゃんがそれを言うのもどうかと思うんだろうね」

「魔道士協会としても徐々に見過ごせない状況になってきたようでして。
鞘師さんにしてもあゆみんにしても、れっきとした任務でM13地区に赴いているわけで
それ以上の他意はないことを事あるごとに周知徹底しているようですけど、
噂話というのは当事者が否定したからって簡単に打ち消せるものではないですからね。
どうすれば穏便に事を収めることができるか、その対応に苦慮しているみたいです」

「もう、生田の奴がだらしないからこんなことになるのよ」

「え、えりが!?」

「えりぽんじゃなくて生田局長のことでしょ」

「こうなったらもっとしっかりしろって生田に直接抗議してやろうかしら」

「そんなことしたら、また大魔女から新たな生贄を送るように催促があった、
なんて新たな噂になっちゃいますよ」

「ふふふ、まあそれはそれで楽しそうかもね。次はどんな娘を送ってもらおうかな。
色白の娘とか、ちょっとどんくさい娘とか、さゆみのことが大好きな娘もいいし、
いっそのことさゆみに似てる娘もありかもね」

「道重さんがそういうこと言うと、全然冗談に聞こえませんから」


(おしまい)

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最終更新:2016年09月20日 02:51