ラブラブ観光 in M○○地区


『口は災いの元』。

普段は気にも留めることがないこの諺を、
今回ほど身に染みて実感したことはない。


きっかけは、ほんの些細な出来事だった。
たまたま読んでいた雑誌に掲載されていた、オススメ観光スポットの特集。
様々な絶景スポットや美味しそうな料理の写真の数々を眺めながら思わず呟いた一言が、
間違いの始まりだった。

「ああいいなぁ。あたしもどこか旅行でもしてゆっくり羽を伸ばしたいな~」

それは別に切実さを伴ったものではなく、
ただ単に軽く羨望の気持ちを吐き出しただけにすぎなかったのだけど、
迂闊にも晒した本音に敏感に食いつくヤツがすぐ側にいた。

「もし羽を伸ばしたいなら、石田さんにピッタリの絶好のスポットを知ってますよ」

その時はまだ、楽しげな尾形の笑みに隠された深慮遠謀に気づくはずもなく、
話の流れでそれがどこなのか訊ねると、尾形はとある地区の名前を上げた。

確かその地区は、観光地としては無名だけど自然に囲まれのんびりと過ごすには最適だ、
なんて話をどこかで聞いたことがあったような気がする。


それをいつ誰から聞いたのかよく思い出せないまま、
「そんなマイナーな地区よく知ってるね」と返すと、
「まあ色々情報のツテは持ってますんで」とドヤ顔をされて、
言わずもがなのことを聞いてしまったと、あたしは内心で軽く舌打ちをした。

尾形が色々な知識を溜め込んでいるのは当然だ。
だって尾形の本業は、情報屋なのだから。

あたしはそっち方面のことはあまり詳しくないからなんとなくしか知らないけど、
尾形はM13地区随一の情報屋であるはるなんの商売敵であり、
なおかつ時には情報を融通し合う情報網の内の一人でもあるらしい。

それだけではなく、尾形が売るのは情報だけに限らず、
『春水堂』なる何でも屋みたいな店をどこかで開いているとかいないとか、
そんな怪しげな話も風の噂で聞いたことがある。
もちろんそのことを尾形自身に問い質してみても、
いつも曖昧に笑って誤魔化されるだけで終わるのだけど。

「だから石田さんが旅行する際には、はるなが責任をもって案内しますけど、
実ははるな以上にその地区のことをもっともっと詳しい人がいるんですよ」

「詳しい人?」

「そうです。石田さんがよく知ってる……あの後輩が」


そこでようやく、あたしはいつ誰からその地区のことを聞いたのかを思い出す。

「そっか。かえでぃーか」

その地区はあたしにとって執行魔道士の後輩であるかえでぃーこと加賀楓の地元であり、
以前に故郷の話として本人から色々聞いたことがあったんだ。

「石田さんがもし旅行で地元に来ると知ったら、
律儀なかえでぃーのこと絶対に自分が帰省してもてなすって流れになるでしょうから。
かえでぃーも執行魔道士になってからずっと働き詰めでまともに実家にも帰れてないですし、
もし実現すれば石田さんが観光で羽を伸ばせるだけじゃなく、
かえでぃーも久々に実家に帰って親孝行ができて、
なおかつ石田さんとかえでぃーは何年振りかの再開で交流を深めることができる。
もう一石二鳥どころじゃないいいことずくめじゃないですか」

熱弁をふるう尾形に、なんでかえでぃーがまともに実家に帰れてないとか
そんなことまで知ってるのよとかツッコミを入れたくなったけど、
どうせまた情報のツテがとかテキトーにはぐらかされるだけなのでやめておいた。

でもこれでようやく、尾形の魂胆は読めてきた。


「かえでぃーと久々に会えるっていうのはもし実現できるのなら嬉しいけど、
その時は尾形も一緒に来るつもり?」

「もちろんですよぉ。
言い出しっぺとしてちゃんと最後まで見届ける義務がありますから」

やっぱりそうだ。

「そんな色々と好意でお膳立てしてあげますってフリしといて、
結局のところあんたがかえでぃーとお近づきになりたいってだけじゃないのよ!!」

「そんなわけないじゃないですかぁ。
お近づきになりたいとか変な下心なんてまったくありませんから」

あたしの核心をついたツッコミに、いかにもわざとらしいビックリ顔で
大げさに否定する尾形の表情が、逆に全てを肯定しているようにしか見えない。

これはもう周知の事実だけど、尾形はかえでぃーのことが大好きなのだという。
何でも、かえでぃーが執行局の任務でとある地区の砂漠地帯に男装で潜入捜査をした時、
その一部始終の活躍の情報をどこからか入手した尾形が、
かえでぃーの男前な姿や行動ぶりにすっかり惚れこんでしまったとか……。

自然体で男前なところのあるかえでぃーがモテるというのは
あたしにもまあ納得はできるのだけど、魔道士協会内で非公式に
かえでぃーのファンクラブがあり(もちろんかえでぃー本人はその存在を知らない)、
結構な人数の女の子が熱狂的なファンとして密かに会員となっている
(某小隊のリーダーが危険なレベルでハマり込んでいるという噂も)なんて
話を聞いた時はさすがに驚いたし、どういうルートがあるのか知らないけど、
そのファンクラブから尾形が逐一かえでぃー情報を入手してるという
裏話を耳にした時には、もはや乾いた笑いしか出なかった。


「ふーん、そうなんだ。
じゃあみんなにも声をかけて賑やかにかえでぃーの地元を楽しむことにしようかな」

「ダメですよそれは!
働き詰めのかえでぃーに故郷でリフレッシュしてもらうのも重要な目的の一つですから、
大人数で押しかけたらかえでぃーが逆に疲れちゃうじゃないですか」

「なるほどね。
……で、尾形の本音は?」

「みんながいると、はるながかえでぃーとゆっくりお話をする時間が
全然取れなくなるじゃないですか。……って、言わせんといてください」

あたしの問いかけにあっさり口を割る尾形のノリの良さに、
堪えきれずに思わず吹き出す。

「いやでも、優先順位としてはあくまで、まず第一に石田さん、次にかえでぃー、
そして最後のオマケとしてはるなですから、それだけはわかっといてくださいね」

「はいはい、わかったから。じゃあしょうがないから尾形の思惑に乗ってあげるよ。
その代わり、事前の準備とか根回しは頼んだからね」

「はい! 石田さんが観光で最高の時間を送れるよう、準備万端整えておきますから!!」

かえでぃーに会いたいという尾形の希望を叶えてあげるために、
大人の余裕でそのシナリオに付き合ってやる。

尾形の思惑を全て看破したものとばかりいい気になっていたあたしは、
程なくして自分の見通しの甘さに愕然とさせられることになった。



それから瞬く間に日々は過ぎていき、いざ旅行決行の当日。
M13地区の駅前の待ち合わせ場所にいたのは、尾形……ではなかった。

「どうしてあんたがここにいるのよ!」

当たり前のようにあたしの横にちょこんと並ぶ小田。
あたしが強めのツッコミを入れるのも当然というものだろう。

「どうしてって言われても……。妹弟子のかえでぃーに久々に会いに行くためですけど」

妹弟子。

これは以前小田から話を聞くまでは全く知らなかったのだけど、
かえでぃーは執行魔道士として入局する前、
なんとあの『西の大魔道士』に弟子入りしていたという。
だから、同じく『西の大魔道士』の弟子である小田にとって、
かえでぃーは妹弟子にあたるわけだ。

嫌な予感しかないこの状況に、今回の件について小田から詳しく聞き出してみると、
あたしの「後輩」が小田の場合は「妹弟子」に変わっただけで、
小田も尾形に乗せられてかえでぃーに会いに行くという流れはほぼ同じだった。


「ただ私が聞いたのは、みんなでかえでぃーの故郷に押しかけるって話だったんですけどね」

明らかに尾形に嵌められたとしか思えないというのに、
全く動じた様子もない小田の様子にイラッと来たあたしが、
嫌味の一つでも言ってやろうとした、その時だった。

「あ、あれ……」

うちらの前に、抜けるような純白の鳩がスッと降り立つ。
そして……。

『石田さん小田さん、ごめんなさい。
本当はお2人とご一緒するつもりだったんですけど、
本業の方で急用が入ってしまい行けなくなってしまいました』

鳩の口から発せられる、尾形の声。
この鳩はもちろんただの鳩じゃない。尾形の使い魔だ。

『はるなのことはともかく、それ以外の準備は完璧ですから。
目的地では里帰りしたかえでぃーがお2人のことを今か今かと待ち侘びてますし、
かえでぃーの幼馴染のよこやんも色々お世話をしてくれるそうですよ』

鳩相手では大人げなく抗議をぶつけるわけにもいかず、
憮然として尾形のわざとらしい弁明を聞くしかないのがなんとももどかしい。


「あと、みなさんからお2人へメッセージをお預かりしてます」

鳩の目が眩い光を放ち、立体映像でみんなの姿が映し出される。
道重さん宅の居間に尾形以外が集まっていて、
みんなそれぞれニコニコからニヤニヤまで様々な笑顔を見せていた。

『尾形に一杯食わされて腹立たしいとは思うけど、開き直って楽しんでくるといいの』
『だーさくで2人旅とか最高だよね』
『羨ましいっちゃよ』
『本当はうちも一緒に行きたかったんだけどね』
『お土産を楽しみにしてるんだろうね』
『あの地区には縁結びの神様がいる神社があるから、ぜひ2人で行ってみてね♪』
『お団子も素直にならないとダメだかんね!』
『♪恋~しちゃったんだ~君に~』
『Have a nice trip!!』
『まりあもお2人のこと応援しちゃいまりあ!』
『この次はいしどぅーの2人で旅行に行ってくださいね、約束ですよ!』

道重さんから始まって、全員がそれぞれ勝手なことを言ってうちらのことを弄ってくる。

なんかおかしいと思ったら、尾形だけじゃなくみんなも全部承知の上で
うちら2人で旅行するよう罠に嵌めたってことなのね。

自身のかえでぃー好きを隠れ蓑にして、あたしと小田で2人旅させようと企んでいたこと。
そしてその実現のため、みんなにも用意周到な根回しをしていたこと。

尾形の本当の思惑にまったく気づかなかった悔しさに、
あたしはただただ自己嫌悪するしかない。


そんなあたしに対し火に油を注ぐ様に、尾形からトドメと言うべき最後の嫌がらせが。

『それではお2人で最高の時間を、存分に楽しんできてくださいね。
だーさくさんでラブラブデート……いや、ラブラブ観光を』

尾形のニヤついた声に怒り心頭に発したあたしが、
反射的に使い魔の鳩を締め上げてやろうと飛びかかりかけたのを、
小田が絶妙のタイミングで手で制してきたため、直前で動きを止める。

「なんで邪魔するのよ!!」

慌てて飛び立って退散する使い魔を尻目に小田に食って掛かると、
小田からの反応は嫌になるほどにのんびりしたものだった。

「幼気な使い魔に八つ当たりしても可哀想だし、仕方ないですよ。
それに、かえでぃーに会いに行くという目的はちゃんと果たせそうなんだから、
細かいところが違ってもそれはそれでいいじゃないですか。
道重さんのアドバイス通り、ここはもう開き直って楽しんじゃいましょうよ」

はぁ……。
やっぱり小田とは会話が噛み合いそうにないわ。

なんか一気にやる気が削がれて怒気も抜けてしまったあたしは、
小田に当てつけるようにわざとらしく大きなため息を一つ吐き出すと、
尾形から事前に2枚渡されていた目的地までの乗車券のうち1枚を小田に投げつけ、
小田の方には目もくれず大股で駅のホームへと向かう。


こうして、見事なまでに尾形に嵌められたあたしと小田の、
気乗りしない珍道中が幕を開けた。


(続かない)


※本編作者さん外伝の『仲いいんじゃない尾形に嵌められたんだ』について
実際どんな感じだったのか妄想して書いてみました

途中情報屋とか非公式ファンクラブとか勝手な設定がこっそり生えてますが
生暖かくスルーしてもらえると助かります(苦笑)

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最終更新:2017年08月26日 16:56