「はるなんのことをもっと知りたいんだけど」
「なんですかいきなり」
「はるなんは情報屋でしょ。だからうちのことも調べて色々知ってるんだよね。
それなのに、うちははるなんのことをほとんど知らないって不公平だと思うんだ。
はるなんからは、この街のことやここに住む魔道士のことなんか教えてもらってるけど、
はるなん自身のことは全然教えてくれないじゃない。だから聞いてみたいんだ」
「不公平かどうかは異論のあるところですけど、一体どんなことが聞きたいんですか?
企業秘密に類すること以外だったらお話してもいいですよ」
「じゃあ、はるなんの本来の姿を見せてよ。
今のようにいつも猫の姿ばかりで人間に戻った姿を見たことないし」
「本来の姿ですか……。これはここだけの話ですよ。
私は最初からずっと鞘師さんに本来の姿を見せているんですよ」
「えっ? どういうこと??」
「つまり、今の黒猫の姿が本来の姿だってことです」
「ごめん、ちょっと理解できてないんだけど」
「実は私、遠い昔ある偉大な魔道士の元にいた使い魔だったんです。
ずっとご主人様にお仕えしてきたご褒美に、あるとき人間にしてもらったんですね。
だから今はれっきとした人間ではあるんですが、
本来の姿と言われたらこの猫としての姿がそうだという答えになるんです」
「そんな、猫を人間にする魔法なんて初めて聞くんだけど」
「そうですね、ご主人様は本当に偉大なお方でしたから。
今では失われている魔法をいくつも使いこなしておられました」
「はるなんのご主人様ってどんな人なの?」
「長く綺麗な黒髪と、大きな瞳が特徴的なとても美しいお方でした。
だから、私を人間にしてくださったとき、そのお姿に似せた容姿を
授けていただけたのがとても嬉しかったんですよ」
「ふふふ、それって人間の姿のはるなんがとても美人さんだと自慢してるよね」
「いやいやいや、似ているといってもご主人様の美しさに比べたら月とスッポンですから」
「謙遜しなくたっていいってば。まあうちは実際に人間の姿のはるなんを知らないから
本当に謙遜なのかどうかもわかんないんだけどさ」
「それはともかく、どんな人と言われると、やっぱり魔道士によくある普通の人とは違う、
はっきり言ってしまうとちょっと変なところのあるお方でしたね。
鞘師さんが風や炎の力を引き出して魔法を使いこなしているように、
ご主人様は無限の宇宙から力を得る術を身につけていました。
だから凡百の魔導師とは比べ物にならないほどの力を持つと同時に、
よく交信と称してぼーっとしていた姿が印象に強いです」
「宇宙から力を!? そんなすごい魔道士がいたなんて聞いたこともないんだけど」
「ご主人様は俗事に関わるのが大嫌いで、世間と完全に関わりを断っていましたから。
おそらくその存在を知っているのは全魔道士の中でもほんのひと握りだと思いますよ」
「ふーん。それではるなんは、その人の命を受けてうちのことをついてまわってるんだね」
「それは違いますよ。いや、まったく的外れというわけでもないんですけど。
ご主人様は、今はもう私に何も命じてくれることはありませんし」
「それって……つまり」
「あるときご主人様が、宇宙より降りきたる大いなる災厄の存在に気づかれたんです。
それで、世界の滅亡を防ぐために災厄をその身に取り込み、
そのまま自らを封印して今は永遠の眠りについているんです」
「……そうなんだ」
「だから、私が情報屋として様々な知識を吸収しているのも、
道重さんや鞘師さんのような強大な魔道士の方とこんな風に接触してるのも、
いつかご主人様の身体から災厄を除去し、その永遠の眠りを覚ますために
今の私ができることをしているだけなんです」
「……」
「……な~んて話をしたら、信じてくれますか?」
私はこの話をするとき、必ずこう言って締めることにしています。なぜって、そうすると、
「なんだ、やっぱり冗談だったんだね。いくらなんでも話が壮大すぎると思った」
なんて笑い話で終わってくれるから。
だから、今回もそうだと思っていました。でも。
「うん、信じるよ」
「えっ? なんでこんな突拍子もない話を信じられるんですか?」
「なんでと言われると困るけど。そうだなぁ、話をしている時のはるなんの目と、
あと表情が、なんとなく嘘はついてないなぁと感じさせたんだよね。
まあ猫の表情なんて今までまともに認識したこともないんだけど」
「そうですか。私がこんなことを言うのもなんですけど、しがない情報屋風情の戯言を
そのまま鵜呑みにするのは危険だからやめたほうがいいですよ。
でも、こんな話を信じてくれるなんてありがとうございます。それは素直に嬉しいです」
今までこの話をして、信じると言ってくれたのは鞘師さんの他にたった1人だけ。
そう、それが生田さんでした。
これまで、情報屋としての任務以上に、この2人に魅かれるものを感じていたのは
この真っ直ぐすぎるほどの純粋さを持っているためなのかもしれません。
話に夢中になりすぎて学校に遅刻しそうになり、慌てて校門に駆け込む
鞘師さんの後ろ姿を見つめながら、私はそっとつぶやきました。
「私の話を信じてくれて、本当にありがとう」
(おしまい)