2部「それぞれの想い」
M13地区で最大の書籍数を誇る書店。ここでは一般人向けの書籍だけではなく魔道士向けの書籍も裏で数多く扱っている。
飯窪春菜にとってそこは自らの野望を成就させるのにまたとない場所であった。
「おう、春菜!まーた9丁目の畠さんが自作のレシピ帳を置いてくれって頼みにきたよ。
そんなんいらねっつうのになぁ」
「そうだったんですか?たいへんでしたねぇ」
前日、休みを取っていた春菜に対して店主が声をかける。
(畠さん…かわいそうに…)
心でそう思いながら春菜は相槌を打つ。
この陽気な親父は春菜が働く書店の主人である。恐らくこの話題に上がった畠さんは
春菜の知る限りれっきとした魔道士であったが、確か息子さんは一般人であった気がする。
(きっと畠さんは研究本をうちに隠しておきたかったんだろうな…)
一般の人々にとって危険にもなりうる魔法の研究をそのまま文字であらわすことは普通しない。
大概、自分にしか分からない様に暗号化したものを手元に置くはずである。ちなみに春菜の研究書は漫画風である。
畠さんは大きくなってきた息子の好奇心を恐れての行動だと考えられる。
だが今の春菜にとってはそんなことはどうでもよかった。
もう5日も調べているのにまださゆみの出した課題の答えが見つからない。海辺での一件。
春菜は店主に奥で作業する旨を伝え自分のデスクへと着く。所狭しとうずたかく本が積まれ、パソコンのディスプレイは6枚並んでいる。
一つの画面は9分割されており春菜が仕掛けている猫の式神を通して街中の観察をすることができる。
しらみつぶしに調べてはいるがこの5日間、あのおじいちゃんを海辺以外で見たことがなかった。
追跡はするが最後になぜかカメラ目線でニコッと少し笑うと姿を消してしまうのであった。
あの様子から考えると直接おじいちゃんから情報を得ることは難しいと考えられたがなんにせよ手がかりがない……。
それでも、春菜はあの海辺での一件でいくつか変に思うことはあった。額に手を当て改めて一つずつ整理していく。
まずはさゆみの口調。普段、さゆみは自分たち以外の人々に対して『あの子・この子』といった表現をとることしかしない。
それは考えれば至極当然で生きてきた歳月がそもそもとして違いすぎる。不老長寿の魔法によって生きてきたさゆみにとって
今この瞬間を生きている人々は、赤子に近い感覚なのであろう。
だが、さゆみはあのおじいちゃんのことを『彼』と呼んでいる。よっぽど古くからの知り合いなのだろうか。
そして2つ目はおじいちゃんが衣梨奈に発した『防御魔法Ⅲのイ型』という言葉。
あの魔法は主に傷病者がいる際にその場を離れるための手段として協会の特に執行魔道士が用いることがほとんどで一般の魔道士は使うことがない(春菜調査)。
衣梨奈は執行魔道士ではないが執行局の局長を父に持つのであるならば知っていてもおかしくはない。そうするとあのおじいちゃんは執行局の人なのであろうか。
この事実に至るまでに4日ほど労してしまった。この先の方針を練る。
(ちょっとペースアップをしようかな…。
えーっと、執行局のサーバーを一時的にダウンさせて
ウイルスバスター使用のタイミングで中から情報を抜き出せば…)
「はるなん、それは犯罪よ」
「はうっ…それは自分でもわかっているのですがって道重さん!!
いつからそこに…」
「んーっとね、5分ぐらい前かな。」
「気付きませんでした。さすが道重さん!」
「はいはい、今はそういうのいいから。それでどこまで掴めたの?
答えは出そう?」
おそらくさゆみは春菜の進捗状況を知っているに違いない。
春菜は心の中で苦笑しながら、ありのままの考えを告げる。
「うん、いい線いってるんじゃない。もう少しだね。
意外と早かったじゃん。じゃあここでさゆみから助け船というか
はるなんが犯罪者にならないようにヒントをだそう!
縮刷版をあさってごらん、何か見つかるかもよ」
春菜はさゆみの言葉を聞きハッとする。そういえば1年に1度、魔道士協会の主要役員は新聞に載るのであった。
可能性は少しでも多いほうがいい。春菜は早速、プラウザを立ち上げ、6つのスクリーンで探し始めた。
その様子を見てさゆみはにこやかに笑みを浮かべ、その場を後にした。
放課後、里保、聖、香音が教室でおしゃべりをしている。
衣梨奈も参加はしているが何か考え事をしているようであった。
そして里保は里保でなんだかそわそわしている。聖はそんな2人の様子が気になって仕方ないようだ。
はぁーっと深くため息をひとつ香音はつく。
(相変わらずだよなぁ、みんな。)
なんてことを一人で思う自分に苦笑しつつ香音は里保に話題を向ける。
「そういえばさぁ、里保ちゃん?」
「ん、なに香音ちゃん?」
「この前の、んーっと植物の様子どうだった?」
「うっ……」
里保はぎくりとした様子で身をすくめるとそのまま俯く。
里保の様子に変化を感じた二人も何事かと話へと加わる。
「里保ちゃん?」
「……黴が。」
「えっ?」
里保は、俯いたまま、しぶしぶと事の次第を3人に話し始めた。3人は大爆笑している。
「なに、里保ちゃん黴って」
「里保はかわらんっちゃね」
「うるさいなぁ。こ、今回は、き、季節に負けたんだよ!
ほら丁度じめじめしてたし」
衣梨奈は海辺での出来事と自らの見た夢のことについて考えていた。
あの出来事を聖も香音も覚えていない。さゆみの魔法であろう。
そして街中に猫の数が増加したように思える。何か関係が…
などと考えてはいたが、里保のカミングアウトにより全てがどうでもよくなってしまった。
今はこのとおり平和な日々と一緒に里保もいる。聖も香音ちゃんもいる。それだけで十分ではないか。そう思うことにした。
衣梨奈はみんなとともに笑いながら夕刻の迫る街へと学校を後にした。
くっ…目が痛い…。
春菜はそう思いながらも細かな縮刷と格闘していた。もう20年分はさかのぼっている。
だがそれでも目的の人物を発見することはできていない。自分に見立ては誤っていたのか…。
春菜はふと不安に駆られる。なんにせよ少しばかり休憩が必要なようだ。そう思い春菜は立ち上がる。
その拍子に棚の端に頭をぶつけスクラップ帳が崩れ落ちた。
「ぬぉ…」
大きくため息をつくと、床に散らばったスクラップ帳を一つ一つ拾い上げていく。
我ながらよく集めたもんだ。半ば自分に感心しつつ一冊を手に取り開いてみる。
それは春菜がまだスクラップを始めたての頃で何か大きな事件が起こるたびに切り抜いては貼っていたものであった。
「うわぁ、これはひど…」
その一冊を取ったのは全くの偶然であった。
だがそこに書かれていた記事に載っていた人物は紛れもない目的の人物であった。
思わぬ収穫にリアクションも取れなかった春菜。
だが、人物の名前を見て春菜はさゆみの言葉を思い出す。『ハッピーエンド』ではないということを。
「道重さんは……知っていたのかしら…。
これは私が知っていいものなのかな。」
衣梨奈が、3人と別れ道重邸へと戻る。
「今日もかわいいですね!道重さん。」
衣梨奈の姿を見て既に解錠しているクマ太郎にはお構いなく合言葉を唱える。
「ただいまかえりました。道重さん!」
「うん、お帰り 生田」
さゆみはいつもと変わらない様子でノートパソコンに目を向けている。
なので衣梨奈は荷物を部屋に置きに行こうとする。
するとさゆみが思い出したように衣梨奈に声をかける。
「あぁ そういえば生田!
お家から久々に荷物が届いてるわよ。あんたのお母さんがアルバムを贈ってくれたみたい。」
「アルバムですか…?」
「そう!ねぇ生田?」
「なんです?」
「あんたの古いアルバムにもしかして…もしかしてだけど…
ちっちゃいときのりほりほが写ってたりとかしない?」
「えっ…」
さゆみの目があやしく光る。これはやばいモードやね。瞬時に判断した衣梨奈はとりあえず部屋へと向かう。
なるほど確かに部屋には段ボールが置かれていた。中身は衣梨奈が幼少のころからのアルバム一式で母より
『あなたはあなた自身の手で自らの記録を残しなさい。道重さんに迷惑かけないこと!』
とメモが同封されていた。