本編31 『逆さまの世界』

 

亜佑美達が向かう島の上空には雲一つない星空が広がっていた。
まだ恐ろしい魔力の衝突の余韻が残っている。
亜佑美と遥の唇が震えていた。
優樹の毛も逆立っている。

亜佑美は怖気づいている自分に気付いていた。

道重家を出るときに、覚悟を決めたはず。
だけどその時に、こんな魔力と対峙することになると想像出来てはいなかった。
思い浮かぶどんな恐ろしい敵よりも、今感じた魔力は巨大。

でも里保が、さゆみが戦っている。
聖や香音がそこにいる。

遥や優樹の身に起こった事件の時のように
何も出来ず仲間が苦しむのはもう沢山。
出来ることがあるかもしれないのならば、やろう。全力で。


点々と浮かぶ岩をぴょんぴょんと跳ねながら
亜佑美は身体の震えを振り払おうと頭を回した。

少し前を行く遥の姿、犬の姿の優樹と猫の姿の春菜が見える。

その後ろに、自分たち4人から遅れて岩を飛び出した衣梨奈の姿が見えた。
その逞しい腕にしっかりとさくらが抱かれている。
亜佑美は思わず声を上げた。

「ちょっと!さっきから何ですか、生田さん!
小田ちゃんも魔道士なら自分で移動できるでしょ!」

前を行く3人が思わず岩に足を止め振り返る。
亜佑美の声を切っ掛けに6人は一度移動を止めることになった。

夜風がそっと海面を揺らす。
今しがた島で響いた轟音が嘘のように静かだった。


亜佑美は何だか無性に恥ずかしくなって衣梨奈達を指さした。
恥ずかしいことをしているのは衣梨奈達なんだと主張するように。

「ああ、さくらちゃん今魔力無いけん」

衣梨奈がことも無げに言った。

「生田さんに奪われてしまったので」

さくらが続けた言葉に、亜佑美は一瞬だけ変な想像をしかけた。

「そういうことだったんですね。勝負、したんですか」

春菜が落ち着いた声で言う。
衣梨奈は静かに笑った。

「うん。やけんさ。皆もさくらちゃんと話したいことあるやろうし
さくらちゃんもあると思うけん。後でゆっくり話そう?」

さくらがコクリと肯き、亜佑美と遥と優樹、それに春菜に改めて視線を送る。
亜佑美は「お、おう…」とだけ呟いた。


それにしても、衣梨奈が不思議な程に落ち着いている。亜佑美は衣梨奈の顔からそう感じ取った。
あれだけの巨大な魔力の衝突を感じ、今そこに向かっているという事実を忘れているわけでは無いだろう。
現に衣梨奈は真っ直ぐに前を見て、表情を引き締めていた。

僅かな時間会わなかっただけの衣梨奈が急激に大人びているように感じる。

衣梨奈とさくらが『勝負』をした、らしい。
そのせいなのだろうか。

さくらの魔道士としての姿を見たことがないから
どんな勝負だったのかはまるで想像がつかない。

自分は『勝負』をしたことがない。
だから奪った経験も、奪われた経験も無い。

衣梨奈に抱かれるさくらは儚げで、前日に会ったさくらとは違っていた。
どこか自信に満ち溢れているような、ふてぶてしいような感じは
今は微塵も感じられなくなっていた。

勝者と敗者。その両方に変化が起こる。
それが『勝負』なのだろうか。

いつか自分もする時が来る。
上司である里保は何度も『勝負』を経験していると聞いた。
執行魔道士である限り、それはこの先必ず待ち受けていることなのだろう。

怖いけれど、経験すべきことなのだ。


ともあれ、亜佑美は衣梨奈のその表情を見ているうちに
自身の恐怖心が和らいだのを感じていた。

気が付けば震えは止まっていた。
現状を再確認する。
大切な上司である里保を、大恩人であるさゆみを、大切な友達である聖や香音を失うわけにはいかない。
そしてさくらとも改めて話したいことが、きっと自分にもある。
今この時を、乗り越えなければならない。
島で起こっていることを、ちゃんとこの目で確かめなければ。

衣梨奈の言葉に遥も優樹も春菜も肯き、6人は再び動き出した。
亜佑美は一人だけよく分からない呟きを漏らしてしまったことがまた恥ずかしくなって
キリッとした表情を浮かべ直して岩を蹴った。

目的の島がだんだんと視界の先で大きくなっていく。


.

 

「道重さん!」

黒い巨大な手がさゆみに襲い掛かる。
里保は全速でさゆみに飛びつき、その身体を抱き留めて回避した。

さゆみならば避けられないはずが無い。
だけど、里保の視界にいたさゆみはふらつき、意識すら曖昧であるように思えたから
咄嗟にそうした。
その判断が正しかったのかどうかは分からないけれど
抱きしめたさゆみは、里保を抱き返し優しい笑みを見せてくれた。

影の手は城の残骸を派手に叩き壊し、すっと地面の中に溶けた。
と思う間に、またニョキニョキと四方からその手を伸ばす。
今度は4つの巨大な手が天に聳え立った。

「道重さん、大丈夫ですか!?身体、かなり辛いんじゃ…」

「大丈夫だよりほりほ。ありがとうね。
でも流石に厄介だね。アイツの魔法」

ゆっくり話している暇も無い。
里保はさゆみの翼の羽ばたきを確認してその身体を離した。

今にも襲い掛かろうとする黒い手に備える。
しかしこの影の魔法に、どう対処すればいいのか分からなかった。
こちらから影に攻撃したところで手応えが無いであろうことは想像に難くない。
ならば一方的に嬲られるしかないのだろうか。

そして何より、影はつんくの本体ではない。
影に気を取られてつんく本人を見失ってしまうことが最も危険。
だから常にそちらにも気を配らなければならない。


つんくは相変わらず城の瓦礫の少し上にふわふわと浮いている。
さゆみを見れば、影の手には目もくれずつんくだけを注視していた。

「りほりほも一発やられてるけど、大丈夫?」

さゆみの声は落ち着いている。
だから里保もいくらか落ち着くことが出来た。

「はい。何とか受け身はとれたので」

「そっか。戦える?」

「はい」

影が天高く伸びる。
そしてそれが里保達に向け急降下し始めた。
四方から。躱しきれるだろうか。魔力を開放し身構える里保の手を、さゆみが優しく取った。
里保がさゆみを見ると、視線はつんくから外さないまま、小さな溜息と笑みを漏らしていた。

「こんなはずじゃ無かったんだけどな…。
りほりほ、さゆみと一緒に戦ってくれる?」

「はい!」


不意にさゆみの身体が光を放った。
それは余りにも強烈な眩い光で、辺りが一瞬にして白に覆い尽くされる。
里保はすぐにその魔法の意味を理解し、さゆみから離れた。

襲い掛かろうとしていた巨大な影の手は、さゆみの放つ光に飲まれ消えた。

里保がつんくの元に急襲する。
光の中につんくの姿だけが黒く浮かんでいた。
逆につんくは光に視界を奪われているはず。それがたった一瞬だとしても。

刀に全身全霊の魔力を込め振り下ろす。
つんくが腕で目を覆っている姿が見えた。
これならば、入る。

しかしやはり里保の刀はつんくの鎌によって受け止められてしまった。
再び起こる魔力の衝突。
里保の刃とつんくの刃が空気を震わせ拮抗する。

「流石にそんだけ気合入れて近付いてこられたら
目が見えんくても分かるで」

笑うつんくの声。だけどさっきまでの余裕が無くなっている。
里保にはそう感じられた。

刀に力を込めながら、里保は小さく呟いた。

「うちも、分かってます」


さゆみの光。
凄まじい明るさに、最も側にいた里保の目は眩まなかった。
その巨大な魔力光は、攻撃する対象を選んでいた。

それならば、今里保がつんくを釘付けにしている
この状況こそがさゆみの狙いに違いないと。

空から巨大な光の玉が降ってくる。
さゆみの放った光がそのまま魔力の固まりとなって襲い掛かった。
里保もろとも飲み込む巨大な光。
これはつんくだけを仇なす魔法。

「おい…マジか…」

つんくと里保を飲み込んだ光は、再び辺りに眩い光を散らし爆散した。

里保は光の中に、紙切れのように吹き飛ばされるつんくの姿を確認し
爆発の中心から離脱した。


と、後方を見るとさゆみがフラフラとその羽を舞わせながら落ちていく。
里保は慌ててさゆみの元に飛び、その身体を受け止めて一度地に降りた。

聖と香音に視線をやる。
やはり二人にもさゆみの魔法の影響は出ていないらしかった。
さっきまでと同じ場所で不安気にこちらを見ている。
里保はほっと一つ息を吐いた。

ほどなく辺りを覆っていた光が収まった。
黒々とした城の影が浮かび上がる。
その向こうに見える空は、漸く白み始めていた。

さゆみが里保の手を離れ地に足をつけて閉じていた目を開く。
それから大きく息を吐いて里保に告げた。

「やっと一発入れられたわ」

「え?」

「これでようやく、さゆみとアイツのダメージがおあいこ、くらいかな」

もうすっかり勝負が決したつもりでいた里保は
その言葉にぎょっとして後ろを振り返った。

つんくは、服についた埃を払いながら、何事も無かったかのように
空と海の境界に浮かんでいた。

 


 

「うそ…なんで…?」

里保の目にはつんくにダメージがあるようには見えなかった。
あれ程の魔力の塊を、防御も回避も出来ずまともに受けたと言うのに。

「大丈夫。やせ我慢してるけど相当効いてるはずだから」

さゆみが言う。
里保はさゆみの顔を見返し、それからまたつんくを見た。
ダメージが無いはずは無い。それは分かるけれど
そもそも今立っていることが異常なのだ。

ガクリとさゆみが膝を付いたのを感じ
里保は慌ててその身体を支えた。

「はあ…日頃の運動不足が祟ってるわ」

さゆみが自嘲気味に言う。
腕の中にいるさゆみの体温が低い気がして不安になった。

東の空が黒から濃い群青へと変わっている。
だけどつんくと向き合う時間が続く中では、日の出まではまだ随分と遠いように感じた。

「めっちゃ痛いわ」

つんくの声が聞える。
かなり距離があるはずなのに、その声はまっすぐに里保たちの元に届いた。
奇妙な感覚。それはこの空間、この島がまだつんくの魔力の支配下にあることを否応なしに悟らせた。

「せやけど、おあいこは言い過ぎちゃうか?
俺は日頃から身体動かしとるからそこまでへろへろとちゃうで」

つんくの声からはまだ余裕が感じられる。
それもやせ我慢ならいいのだけれど。

遠く離れた距離で、つんくとさゆみが睨み合っている。
里保は必死に、状況の把握に努めた。
今のさゆみとつんくの力関係。余力の度合。次に何を仕掛けてくるのか。さゆみは何を仕掛けようとしているのか。
聖と香音の安全性はどうか。地の利は相変わらず相手にあると考えるべきなのか。

「確かに、運動不足は問題だけど、魔力はこっちの方が大分上みたいね」

さゆみが不敵に笑う。
つんくも一つ鼻を鳴らし、笑った。
そのさゆみの言葉もまた、やせ我慢で無ければいいが。


.

 


聖は眼前で繰り広げられる戦いを息を呑んで見守っていた。
あまりにも恐ろしい、現実感の無い応酬。
けれども、土埃の匂いやさゆみの服に滲む血の色には拭い去れないリアリティがある。
今起こっていることも、この目でそれを見ていることも現実なのだ。

自分が余りにも無力であることを痛感する。
それ故にか、聖の頭の中は酷く静かだった。様々な思考が浮かんでくる。

この戦いを止めることが出来ないだろうか。
聖は無責任だと自覚しながら、そんなことばかりを考えていた。

何故、三人の魔道士たちは戦っているのか。
それが自分たちの、いや自分のせいであることは明白だった。
さゆみとつんくの間に、過去の因縁めいたものがあったのだとしても
この戦いの引鉄を引いたのは間違いなく聖の選択。

もしさゆみが何か勘違いをしているならば、つんくの実験の話を知らず、それを聖が選んだことも知らないのであれば
話すことで戦いが止められるのかもしれない。
だけどさっきさゆみが聖達にかけた言葉が、その可能性を否定していた。
さゆみは全部分かっている。
分かった上で戦っているのだ。つんくの実験。聖たちが魔道士になるということ。
それらを阻止する為に。
そこにいくら聖の考えを上乗せしたところで、さゆみとつんくの争いを止める理由には到底なりえない。
聖は二人の大魔道士に比べて、余りにも知らなすぎるのだから。


いまつんくとさゆみ達の戦いがどんな局面なのか、聖には分からなかった。
どちらが優位で、どちらが勝ちに近づいているのか。
だけど膝を付くさゆみと、悠然と浮かんでいるつんくを見比べると、心がざわつく。

もし今聖が魔法使いだったならばどうするか。
考えるまでもない。
さゆみと里保に加勢する。
絶対に失いたくない大切な二人。二人を助けることに躊躇するはずもない。
どんな方法を使ってでも二人を守ろうとし、つんくに牙を向こうとするはずだ。

だけどつんくは、心に蟠っていた悩みを一つ解決してくれた恩人。
そもそも魔法使いだったらという仮定は、「つんくに魔法使いにしてもらう」ということの先にしか無いのだ。
この島に来て直ぐにつんくが実験に取り掛かって、今頃自分が魔法使いだったとしたら。

魔法使いじゃなくて良かった――
聖はそう思って、余りにも卑怯な自分に泣きたくなった。
自分が魔法使いになることを望んだからこそ起こってしまった事態なのに。

きっとどんな魔法を使えたとしても、こんなに醜い心で使う魔法には人を幸せにする力なんて無い。
「魔法使いになれる」という言葉を聞いてからずっと漠然とあったモヤモヤ。
その理由が何となく分かった。


香音が尋ねた「どんな魔法使いになりたいか」という言葉。
つんくが言っていた、「実験の成功には心の安定が必要だ」という言葉。

今の自分は、魔法を使うのに相応しい心の持ち主じゃない。

きっとそれは魔法に限った話でもない。
生きていく上でも、何をするにしても、心が無ければ意味を為さないのだと。

強くなりたい。
今の自分に、戦っている三人の一方が傷つき倒れる結末を受け入れる強さがあるだろうか。
自分のせいで招いたこの戦いの。もしさゆみと里保がそうなってしまったら。

無理だ。
悲しいくらいに、自分は弱いのだと思い知らされる。


聖は身体を震わせていた。
いっそ、意識を失って、知らない間に全てが終わってくれていたら。
そんな風に逃げようとする弱い心に必死に抗って、両の目を見開いていた。


魔道士たちの睨み合いが不意に終わる。
さゆみたちが居た場所、崩れた城の瓦礫の中から何かが伸び上がったかと思うと、瞬く間にそれがさゆみと里保に巻き付いた。
鎖。それが遠目にも分かった。重い鎖が二人を拘束し、さゆみの大きな翼にも幾重にも絡みつく。

聖は掠れた吐息のような悲鳴を漏らした。

里保が鎖を断ち切ろうともがく。その向こうで、つんくの周囲に恐ろしい黒い光の渦が巻き起こっていた。

 

 

.


黒い爆炎。轟音。

衣梨奈達が漸く島に着いた時、また恐ろしい魔力の衝撃が辺りに轟いた。
急ぎ先行していた優樹や遥達が思わず足を止める。
衣梨奈も衝撃波に飛ばされそうになりながら、抱きかかえたさくらを落とさないよう
岩に足を止めた。

眼下には黒々とした岩と、訳の分からない建物の残骸。そして奇妙で巨大な城がその容を辛うじて留めている。
衣梨奈は足に力を入れ直し、再び岩を蹴って黒い塊の中心へと近付いた。
次第に余波が収まり、視界が拓けていく。

衣梨奈が見たのは、白い羽だった。


抉れた大地。
その中心で、大きな透明の翼が、包み込むように里保とさゆみを守っていた。
親鳥が雛を守るように。
そして恐ろしい魔力の爆発に晒されたその羽は、役目を終えた此花のように
ぽろぽろと崩れ風に舞っていた。

「道重さん!里保!」

衣梨奈は思わず叫び、一気にそこに近づいた。
他の四人も同じように近づく。

状況は見れば明白だった。
先程の黒い爆発。それは敵の、「西の大魔道士」の魔法。
そしてさゆみ達はその直撃を受けたのだ。

普通、生きていられるものじゃない。
さゆみで無ければきっと、跡形も無く消し飛んでいた。
それ程の魔力。


衣梨奈はつんくの姿を初めて視認した。
その姿を見た腕の中のさくらが小さく身動ぎしたのを感じる。
だけど今はさゆみと里保の側に行かなければ。

衣梨奈達が警戒しながら恐る恐る近付くと、翼がゆっくりと開いた。
ゴトリと重い音をたて、黒い鎖が落ちる。

小さく動くだけで羽はぱらぱらと崩れ、黒に彩られた辺りに雪のように舞った。

地に足をつけ、さくらを下す。
それから衣梨奈は二人に駆け寄った。

「道重さん!大丈夫ですか!?里保!」

さゆみは蹲り膝を付いている。
その身体を羽についていた物と同じ鎖が痛々しく巻き付き締め上げていた。
里保の足にも同じ物が絡みついている。
だけどその目は、衣梨奈の方に向けられ、はっきりと強さを保っていた。
まだ里保は大丈夫。
衣梨奈は一つ、胸を撫で下ろした。

それから俯くさゆみに不安気な視線を送る。
さゆみもゆっくりと顔を上げた。

「生田…、みんなも…。
あーあ、結局みんなにみっともないところ見られちゃった」

さゆみの笑みに、衣梨奈は息を呑んだ。
こんな弱々しいさゆみを見たことが無い。

「ほんと、ギリギリセーフが続くね。りほりほがさゆみの羽の鎖だけでも切ってくれなかったら
流石に今のはヤバかったかもね」

「でも道重さん、その羽…もう…」

衣梨奈はさゆみと里保の会話から、現状が酷くまずいことを感じ取った。
そして今も西の大魔道士がそこに居る。
話している暇も無い。


言葉を交わすのも後にして、衣梨奈がさゆみの身体に巻き付いている鎖を引き千切った。
それに倣って優樹もすぐに、鎖を噛み切っていく。

漸く自由になってもさゆみは蹲ったまま、立ち上がることはしなかった。

「ありがと、二人とも。さて、どうしたもんかな…」

さゆみと里保を心配しながらも、衣梨奈と亜佑美、それに遥と春菜は改めてつんくの方に目をやった。
不気味に宙に浮いている男。先ほどの魔法を放った、怪物。西の大魔道士。

「先生…」

さくらが呟いた。
衣梨奈達はそれで不意にさくらとつんくの関係を思い出した。

「わらわら来たと思ったら。小田やないか。
りっちゃんに続いてお前も負けたんか。こりゃ師匠としては道重に完敗やな」

不気味に響く男の声。
衣梨奈達が身構える隣で、さくらは小さく頭を下げた。


「すみません」

「まあしゃーないわな」

「ついでにもう一つ、謝らないといけないことがあって」

距離を置いて、それでも普通に会話をする師弟を
衣梨奈たちが顔を強張らせながら見守る。
さゆみも口を挟むことはせず、じっとさくらの姿を見つめていた。

「なんや?」

「今回の実験、譜久村さんと鈴木さんを魔道士にする実験。
やっぱり私は反対です」

さくらがそう言ってチラリと目を向けた先。
衣梨奈はそこに聖と香音の姿を見つけた。
怪我をしている様子は無い。ただ酷く戸惑っているというように、二人身を寄せ合ってこちらを見ていた。
直ぐにでも駆け寄って、話したいことが沢山ある。
だけどまだ、こちらの状況がそれを許してはくれそうになかった。

「なんでや?」

「怖くなったので」

さくらがそう言った時、衣梨奈の目にはつんくが本当に嬉しそうに笑ったように見えた。

 

 

 

「そらアカンで、小田。乗りかかった舟には最後まで乗らな」

つんくは、特に怒っている風でも無くそんなことを言った。
里保がさくらの様子を窺う。
さくらは尤もだというように、申し訳無さそうに眉を下げた。

「これは破門級の事案やで」

つんくが続けた言葉に、さくらは寂しそうに小さく笑った。
里保にはこの師弟がいったいどういう関係なのかは分からない。
ただ里保達にとって「怪物」でしかない西の大魔道士を、さくらは心から慕っていると
それだけは分かった。

「まあでも、怖いんやったらしゃーないな。小田、その感覚はちゃんとずっと覚えとくねんで」

「はい」

さくら小さく笑って肯いた。

「どっちにしろお前魔力無いしな。譜久村と鈴木と一緒に見学しとれ」

「そうさせてもらいます」

さくらはそう返事をして、一度衣梨奈や里保達の方に向き直った。
それから一人ひとりの顔を見渡し、最後にさゆみに向け深々と頭をさげる。
さゆみはそんなさくらに一つ笑顔を返した。

さくらが歩き出し、聖と香音の所に向かう。
戦いは、さくらがそこにつくまでの数分間、不思議な休戦状態になった。


「りほりほ、生田」

さゆみが不意に二人の名を呼んだ。
里保と衣梨奈が振り返り、さゆみを注視する。
さゆみはまた小さく笑って言葉を続けた。

「ちょっとだけ、頼むね」

さゆみがスッと目を閉じ項垂れる。
まさか意識を失ってしまったのかと思った。
だけど注意深くさゆみを見ると、そうではない。

不意に里保の中でさゆみの言葉の意味が氷解した。

さゆみは目を閉じ耳を閉ざし、五感を閉じている。
だけど決して意識を失っているわけではなく、第六感のみで周囲を認識しているらしかった。
何の為に。明白。
これまでの戦いで肉体が受けたダメージを、魔力を、少しでも回復させるために。

やはり今のつんくとやり合っては分が悪い。
里保や衣梨奈、春菜や亜佑美や遥や優樹がいるとしても二人の大魔道士と比べればそこまで大きな戦力とは言えない。
寧ろさゆみが子供たちを守ろうとするあまり、かえって足手纏いになってしまう可能性すらある。
だからせめて、さゆみ自身が立って戦えるくらいまで回復する必要があった。

里保たちが頼まれたのは、その時間稼ぎ。

さゆみの身体の内側に魔力が迸っている。
さっきまでの強烈に外部に放出される魔力とは違う、だけど深い、凄まじく力強い魔力が膨らみつつあった。
それを感じ、里保は自身の洞察に確信を持った。

さゆみが里保たちを頼り、今この場を任せてくれている。
先程の「一緒に戦って欲しい」という申し出。そしてこの状況が里保を歓びに震えさせた。
初めてさゆみの隣に並び立てた、そんな気がしたから。


「みんな聞いて。道重さんが回復に入る。
ウチらは少しでも時間稼ぎ出来るように、アイツと戦う」

さゆみの様子に戸惑っていた衣梨奈達も里保の言葉を聞いて表情を引き締めた。

「さっきの黒い蛇の魔法。あれをまた撃たれたら流石の道重さんでもやばい。
だからせめてあれを撃たせないように、うちらが攻撃してつんくを足止めする」

里保は考えを頭の中で纏めながら様子を窺った。
みんな、いち早く状況を飲み込み理解している。

「つんくを倒せるとまで考えなくていい。あくまで足止め。
だけどなるべく遠隔攻撃で。接近戦はやばい。絶対に距離は詰められないようにしないと。
優樹ちゃん、優樹ちゃんは距離を取って魔力を蓄えてて。チャンスはあるはずだから、それまで我慢。いい?」

ほぼ接近戦しか出来ない優樹に言い含める。
犬の姿の優樹は返事のかわりに一つ肯いた。

里保ですらつんくの動きを殆ど捉えることが出来なかった。
スピードが自慢の亜佑美や優樹でも、近づけば一瞬でやられてしまう可能性が高いのだ。


さくらが聖と香音の見守る場所に合流する。
それを見届けたつんくの周囲にまた黒い魔力が蠢き出した。

「来る…!行くよ!」

里保の言葉を合図に、6人は散り、それぞれに魔力を高めた。
どれくらいの時間稼ぎが出来るのか。
つんくの恐ろしさは分かり過ぎるほど分かっていたから、一矢報いるとまで考えてはいけない。
ただこの数分、あるいは数秒という時間が、戦いの勝敗を分けるのだと感じていた。

「戦いの最中に寝るて。しかも弟子らをほったらかして。
お前いくら手詰まりやからってそれはやりすぎちゃうか」

つんくの薄ら笑いが響く。
構わず里保が遠方から火球を生成しつんくに放とうとした時、これまでより一層不気味な魔力がつんくから放たれた。

「子供らは退場して貰おうや。俺らの戦いに加わるんは流石にまだ早いで。
うちの小田に怖い思いさせてくれたみたいやし、お返しせんとな」

つんくが手のひらを翳し、それをくるりと裏返す。

瞬間、里保の感覚が狂った。

 


亜佑美はその瞬間何が起こったのか分からなかった。
身体が浮き上がる。だけど落ちる感覚。

亜佑美の身体は訳が分からないうちに、『落ちて』いた。
上下が逆さま。

理解することも出来なかった。
ただ何も考えることが出来ないまま、空に向かった落ちていく。

頭上に城と岩山がある。
それがどんどん離れて行く。島の全景、そして広大な海。それらが全て遥か頭上に。
そして眼下には果てしない夜空が―――

「亜佑美ちゃん!」

里保の声。
落ち続ける浮遊感からの突然の開放。
身体がぶつかる柔らかい衝撃と里保の体温。


亜佑美はそこで漸く理解した。

上と下が逆さまになる。
そういう魔法。

想像したことすらない恐ろしい魔法だった。

里保は亜佑美を抱きかかえたままフラフラと飛び、近くの浮遊する岩の上になんとか降り立った。
亜佑美は立っていることも出来ずぺたんと腰を落としてしまった。

何も出来ず落ちていた。
里保に受け止めて貰えなければ、ひたすら空の果てまで、空の底まで落ちていたのだ。

治まりかけていた恐怖が一瞬にして全身を埋め尽くす。
見上げれば島と海のどこまでも連なる天蓋。
そして下には――
見下ろすことは出来なかった。

空に落ち続ける。いつまでもいつまでも。
それは死よりも遥かに恐ろしい。

里保も自分と同じように、顔を蒼白にして岩の上に立っていた。
弾かれたように辺りを見渡す。
自分のように飛べない仲間がいる。
優樹、遥、春菜、勿論聖や香音も。
自分は里保に助けて貰った。だけどみんなは、もう――


「危なかった…ギリギリセーフやったね…」

衣梨奈の声に顔を上げる。
スケボーに片手でぶら下がる衣梨奈。そのもう一方の手には辛うじて遥がぶら下がっていた。

とりあえず、衣梨奈と遥は無事。ここにいるのは里保と自分。

「まーちゃんは!?」

思わず叫んだ亜佑美に、衣梨奈が何とか笑みを浮かべて言った。

「大丈夫。優樹ちゃんは岩の上に何とか着地出来たみたい。流石やね」

その言葉にホッと胸を撫で下ろす。
だけど優樹がいるであろう、自分たちの乗る岩より下を見下ろすことは出来なかった。

「はるなん…?」

里保がポツリと呟く。
亜佑美の顔から、またサッと血の気が引いた。
飛べる里保と衣梨奈が亜佑美と遥を助けた。優樹は何とか着地した。春菜を誰が――

その時フワフワと、亜佑美達の横に黒い塊が浮かび上がった。

「死ぬ…死ぬかと思った…」

見れば白い羽が春菜の襟首に辛うじて引っかかりフワフワと浮いていた。
さゆみが、春菜を助けてくれたのだ。


優樹も里保達のいる岩に飛び乗り、衣梨奈と遥も降り立って
何とか6人は互いの無事を確認しあった。

見上げれば聖と香音、それにさくらもさっきと同じ場所に留まってこちらを見上げている。
魔道士でない二人や弟子であるさくらにはつんくは魔法を発動しなかったらしい。
そしてさゆみもさっきと同じ場所に蹲っていた。

恐らくさゆみは即座に解除したのだろう。

6人は互いの顔を見渡していた。
全員が紙のように青白い顔をして、僅かに震えている。

こんな恐怖を味わったことは嘗て無い。

頭上に覆いかぶさるように海と黒々とした大地がある。
普段いつも足を着けて、踏みしめている大地が手の届かない遥か頭上に。
そして眼下には果てしない空。
どこまで落ちても落ちきることのない永遠の闇がぽっかりと覆っていた。

「えりぽん、魔法、使える…?」

里保が声を震わせ尋ねる。

「無理…感覚が全然わからん…」

たかが上下が入れ替わっただけ。
それなのに全ての感覚が狂っていた。
里保も衣梨奈も、ろくに飛ぶことも出来ず無我夢中で仲間を一人助けるので精一杯だった。
他の魔法も同様、肉体の感覚が覚束ない中で発動することは困難だった。
慣れていたつもりでも、やはり魔法には極度の集中力を要するのだ。


「なんなんですか…アイツ…こんなん、勝てるわけないじゃないすか…」

遥がガタガタと震えながら呟く。
全員が同意見だった。

見たことも聞いたことも無い恐ろしい魔法。
さゆみがしたように、その性質を分析してこちらの魔力で解除することはまず不可能だった。
ならばつんく自身が解除するか、気絶でもして魔法が維持できなくならない限りはずっとこのまま。
しかも今足場にしている浮遊する岩も、つんくの魔力によって浮かんでいるのだ。
これが無ければ全員が真っ逆さまに空の果て。
里保や衣梨奈だってずっと飛び続けることは出来ない。

次元の違う魔法。次元の違う魔道士。
それを痛感することになった。
つんくはいつでも自分たちを殺せる。足場を落としてしまえばいいのだ。
つんくにとってそんなことをする必要もないほど、自分たちは未熟な魔道士。


遥か頭上。つんくは既に自分たちに興味すら持っていないらしかった。
黒い魔力を渦巻かせ、真っ直ぐにさゆみを見ている。
黒い蛇の魔法が再びさゆみに放たれようとしていた。
さゆみは相変わらず動いていない。

自分たちでは僅かな時間稼ぎすら出来なかった。
この位置から、あの魔法を阻止することはどうしたって出来そうにない。

魔法が放たれる。
瞬間さゆみが再び翼で自身を覆い防壁を作る。
だけどその翼ももうボロボロになっていた。

「道重さん…」

誰からともなく呟きが漏れる。

轟音。そして黒い光と爆風が頭上から6人に降り注いだ。


 


二度目の黒い爆炎。その爆風を受けて聖は小さく喉を鳴らした。
恐ろしい爆発が再びさゆみを飲み込んだ。
蹲って、動くことさえ出来なくなっていたさゆみを。

さゆみは、死んだかもしれない。

遥か上空に落とされてしまった衣梨奈達、隣にいる香音や、さくらの様子を見ることも出来なかった。
心がもたない。
もしさゆみが今死んでしまったのならば、聖の心も同時に死んだのだと思った。
凪いでしまっている。
何も感じられず、誰のことも考えられなかった。

まるで世界が止まってしまったように、聖は渦巻く黒い炎をじっと見つめていた。
やがてそれが薄れ、晴れる。

そこにはさゆみが居た。

さっきと同じように蹲って。
ただその背にあった羽が、完全に散り散りになって砕け
辺りを吹雪のように舞っていた。


二度の爆炎を受けて、さゆみを守り切った羽は完全にその役目を終えたのだ。

さゆみがまだ生きている。
それを確認した途端、聖の双眸から涙があふれ出した。
心がまた息を吹き返す。

頭の中を思考が奔流する。
何か出来ることは無いか。何か。
この戦いを終わらせることはできないかと。

もはや何も、否定的な感情も自虐的な想いも沸いては来なかった。
聖はただ一心不乱に考えていた。
さゆみとの距離がもどかしい。空にいる衣梨奈たちとの距離がもどかしい。

つんくの周りを、三度黒い渦が廻りはじめる。
動けず、翼も失ったさゆみにさらに追い打ちをかけようとしていた。

聖は気付けば一歩を踏み出していた。

あそこにさゆみがいる。
それなのにここに自分がいることがおかしく思えていた。

もう間もなく、つんくが三発目の「黒い蛇の魔法」を放つ。
それを感じ取った聖が、全力で走り出した。

「聖ちゃん!?」

「譜久村さん!」

香音とさくらの声が背中に届く。
だけど聖は一心不乱に、さゆみに向かって走っていた。
足元は崩れた瓦礫の連なり。ともすれば足を取られて転んでしまう。
だけど聖は、まるで足に羽が生えているかのように軽やかに瓦礫の間を縫っていた。


つんくがトドメの魔法を放った。
目を瞑り、対処に集中しようとしていたさゆみは
突然自分と黒い蛇の射線上に聖の気配が現れたことに気付き
目を見開いて立ち上がった。

聖が巻き込まれる。
それも一瞬後に。

走ってくる聖の顔が見えた。
一心不乱に、息を弾ませ自分だけを見て走ってくる。
まだ距離がある。

考えている暇はない。

さゆみの髪が伸び、矢のように大地を走って聖に近付いた。
せめて聖の身体を黒い蛇の射線から逸らさなければ。
間に合うか。

聖を助けたとして、自身に降りかかる攻撃に対処する余裕はもう無い。
直撃を受けるだろう。
だけどそんなことよりも、こんなところで聖が死んでしまうことのほうがもっと嫌だ。


衣梨奈や里保は、思い切り首を上に向けその全部を俯瞰していた。
聖が飛び出した時、そして魔法の射線に入った時
最悪の事態がすぐに頭を過り、飛び出そうとした。

だけど上下が逆さまで身体はろくに言うことをきいてくれない。
しかも聖やさゆみたちがいる地上は、遥か上にあってとても間に合わないことは明白だった。

「みずき!!!」

衣梨奈の叫び声が、果たして地上まで届いたかどうか。


誰もがもうダメだと思った時
黒い蛇は急激に舵を切って聖から逸れ、唸りを上げて遠くの山肌に激突し爆発した。

 

見守っていた誰もが、一瞬何が起きたのか分からなかった。
つんくとさゆみを除いては。

さゆみは、伸ばしていた髪を戻し、走ってくる聖を受け止めた。

「道重さん!」

聖がさゆみに抱き付く。
さゆみもそれを受け止め、柔らかく笑った。

本当に一心不乱に、自分だけを見て走って来てくれた。
だから今まさに、死ぬところだったとすら気付いて無いのかもしれない。

聖は助かった。
さゆみが助けたわけではない。

つんくが魔法を逸らしたのだ。

「ふくちゃん、あんまり無茶しないで。ビックリしちゃったよ」

「あ、あの、ごめんなさい、私…」

「でも、ありがとう」

さゆみが満面の笑みで言い、聖の髪を撫でると
聖はほっとしたように身体から力を抜いた。


つんくは魔法を逸らした。
さゆみの救出が間に合ったかどうかは微妙な所だった。
もし間に合っていなければ聖は死んでいただろう。
つんくにとっては大事な被験体。出来れば生かしておきたい思いはあるのだろうが
それでもさゆみに止めを刺す千載一遇のチャンスをフイにしてまで、助けたこと。
その事実が、さゆみに一つの確信を抱かせた。

「ふくちゃんのお蔭で、この勝負私が勝ったみたい」

「え?」

「気分的には負け、だけどね。とにかく、ふくちゃんが稼いでくれた時間のおかげで準備が終わったから」

「準備…ですか?」

つんくはこの戦いに制約を設けていた。
さゆみが子供たちを守るという制約を自身に課し、そのために様々な不利を招いたように。
つんくはどうやら、「さゆみ以外は殺さない」という制約を勝手に自分に課していたようだ。

そうだと考えれば、その機会がいくらでもあったのに里保が生き延びたことも
子供たちが空に落とされ「避難」させられたことにも説明がつく。

どういう気まぐれか、十全に力を発揮できないさゆみに「合わせて」戦っていたのだ。

今だって空に落した子供たちや、聖を追いかけて慌ててさゆみに駆け寄っている香音とさくらを
利用すればいくらでも有利な状況を作れる。
だけどどうやらつんくは、それをする気は無いらしい。
勝手に作った自分ルールなのだから、破ってしまえばそれまで。
だけど窮地になれば破るつもりならは、そもそも最初からそんなルールを定めなければいい。

さゆみが絶対に二人を連れ帰ると強く決意して臨んだことに比べれば
つんくは全然この勝負の行方、勝ちにこだわっていない。

だからもうさゆみの勝ち。

ただ、気分的には負け。
つんくの妙な気まぐれが無ければ到底今の状況にもなりえていなかった。


「アカンて譜久村。お前らはまだこのステージに上がる権利は無いんやで。
大人しくしとって貰わな」

つんくの声が届く。
4発目の黒い蛇を放つ気配は無い。
今さゆみに聖が寄り添っている。
そして香音とさくらもさゆみの側に集まりつつあった。
聖や香音、自身の弟子まで巻き込んで攻撃する気は毛頭ないのだろう。

「それに道重、お前勝ち宣言は気が早いんちゃうか?
まさかそいつら盾にする気とちゃうやろな?」

つんくの言葉に、聖が不安気にさゆみを見る。
身体は傷つき、翼も失ったさゆみ。
足元は相変わらず覚束なくて、立っているのがやっとに見えた。

だけどさゆみは小さく笑っていた。

「まさか。そんなことをする必要は無いわ。
あんたはもう私を攻撃することも、近づくことさえ出来ない」

「なんやて?」

「あの子達とこの子のおかげで」

さゆみは上空にいる子供たちを見上げたあと、ぐっと聖を抱き寄せた。
聖がぽっと頬を染める。


「種を蒔き終えた」

言葉を言い終える刹那、突然大地が激しく揺れた。
そして地面と崩れた瓦礫の間から次々と飛び出す物があった。
植物の蔓。
だけどそれは、城を薙ぎ倒した花の蔓とは比べ物にならない太さ、大きさ。
そしてその植物は、島中で一斉に伸び上がり始めた。

「香音ちゃん、こっちに来て。危ないからね。それと小田さくらちゃん、君も」

あまりのことに声を失っていた二人をさゆみが呼び寄せる。

みるみるうちに植物はどんどんと伸び上がり、天まで聳えるような巨木の森が島を包んだ。
周囲を覆っていたつんくの魔力が打ち消されていく。
その代わりに、辺りはさゆみの魔力で埋め尽くされた。

縦横に蔓を這わせ、とてつもなく太い幹から無数の枝を張り出し
葉を生い茂らせ美しい花を咲かせる大森林が南海の孤島に突如出現した。

「あんたと戦ってて、『地の利』の大切さを改めて学ばせて貰ったわ。
私の血をたっぷり吸って育ったこの子達、枯らせるもんなら枯らしてみなさい」

さゆみの言葉に対するつんくの返事は、聖たちにはもう聞こえなくなっていた。
つんくの魔力がもうここには無かったから。
その代り、島全体を自分のフィールドとしたさゆみは、つんくの呟きを聴きとっていた。

「どんだけ魔力あんねん。お前も相当の『化けモン』やな」

既に余裕なんてあるはずが無い。
それでもその呟きは相変わらずどこか嬉しそうだった。

 

 

 

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最終更新:2018年05月29日 22:59