女の園(よこでぃー編)


「ちょっと横山ちゃん、髪飾りがズレてるよ!」

「あれっ? ズレちゃってますか?」

「私が直してあげるから動かないでね」

「ありがとうございます野中さん」

野中さんとよこよこの楽屋での微笑ましいやり取りを、
私は少し離れた席で見るともなく見ていた。

よこよこは野中さんと仲がいい。
いや正確には、よこよこは先輩全員から可愛がられていて、
中でも野中さんとは特に仲がいい、と言うべきだろう。

私も別に仲が悪いとか疎遠な先輩がいるわけではないけど、
よこよこのコミュニケーション能力には到底かないっこないと、
すでに半ば諦めの境地に達してしまっている。

「ホントすごいよね、横山ちゃんの妹力は」

私の思考をまるで読んでいたかのように話しかけてきたのは、飯窪さんだった。


「誰にでも物怖じすることなく近寄っていって
気軽に話しかけていけるんだから、それだけで一種の才能だよね。
あの可愛らしい笑顔を向けられたら、誰だって受け入れちゃうに決まってるもの」

「はい、本当にすごいです」

「フフフ、かえでぃーとはまったく違うタイプだもんね」

飯窪さんに指摘されるまでもなく、私とよこよこは見た目にしろ性格にしろ
何もかもが狙っているかのように正反対だ。
そして、ないものねだりとわかっていても、羨ましく感じてしまうことも多い。

「ただ、あれだけ人懐っこいと逆に心配になってきちゃうけど」

「心配……というと?」

思わず反応してしまった私に、飯窪さんが意味ありげな笑みを浮かべたように見えた。

「横山ちゃんって、ただ人懐っこいだけじゃなく、
普通に『好きです』とか相手に言えちゃう娘なんだって。
そりゃあ言われた方は喜んじゃうし簡単に骨抜きにされちゃうわけで。
どこまで狙って言ってるのかわかんないけど、いや間違いなく無意識にだろうけど、
無意識だからこそ人たらしの魔性って感じで、末恐ろしくなるよね。
今はまだ女の子同士だからいいけど、将来もし男の子相手にも
同じような対応したらなんて考えると、本人にそんなつもりはないのに
勘違いで好意を寄せられて大変な思いをすることも十分ありそうだしさ」

『好き』なんて言葉を誰彼構わず言えてしまうとか、私には絶対に考えられない。
やっぱり感性から何から全然違うってことなんだろうか。


「まあそんな先の話はさておくにしても、たとえ女の子相手でも
あんまり思わせぶりな言動はしない方がいいよね。
周りからあまりモテモテでも色々面倒なことも多いだろうし。
かえでぃーもイケメンな立ち振る舞いで後輩からモテまくってたりするから、
その大変さはよくわかるでしょ?」

「そんなことないですよ」

からかい交じりの声音に対して反射的に否定してしまったけど、
実際の話、飯窪さんの言いたいことはなんとなくわかる。
確かに好意を向けてくれるのは嬉しいというのはあるけど、
あまりにそれが積み重なっていくと時にそれが重荷になってくることもある。

「それも本人の個性ではあるから、周りがとやかく言うことじゃないんだろうけどね。
でもやっぱり、『好き』って言葉の安売りはしない方がいいと思うな。
だからさ……」

飯窪さんの笑顔に、悪戯っぽさが加わる。

「かえでぃーの方からそれとなく注意を促しておいてくれないかな?」

「えっ? なんで私が??」

「こういうのは先輩が頭ごなしに言うより、
同期からサラリと伝えた方が自然と心に響いてくれるものだろうから。
かえでぃーの方が私なんかよりよっぽど横山ちゃんのことをよくわかってるだろうし、
きっと最適だろうと思ってね。
それじゃあよろしく頼んだからね!」

言いたいことを言うと、それ以上の反論をする余裕も与えることなく、
飯窪さんはさっさと立ち去っていった。


取り残された私は、押し付けられた無理難題を前に思わずため息をつく。

一体どうやって注意を促せというんだろう。
飯窪さんは私がよこよこのことをよくわかってるなんて言うけど、
実際のところよこよこの存在は私にとって謎だらけだ。

可愛らしい笑顔。
ふんわりとしていて周りをホッとした気持ちにさせる不思議な雰囲気。
人の心にスッと寄り添えるコミュニケーション能力。
伝えたいことを簡潔にわかりやすくまとめることのできるトーク力。

私にはないものをたくさん持っているよこよこ。
そんなよこよこにもし注意を促そうとしても、
それは羨望からのただやっかみにしかならないんじゃないか。

思考の海に沈んでいた私に、間近からいきなり声がかけられた。

「どうしたのかえでー、深刻そうな顔して」

「ちょっとよこ、顔近いから!!」

視線を上げるとすぐ目の前によこよこの顔が迫っていて、
考えるより先にツッコミの言葉が口をついて出ていた。

「別にそんな近くないし、かえでーの目をちゃんと見て話したいだけだから」

ふくれっ面するその表情も可愛くてズルいと思う。


「で、何を考え込んでたの?」

かと思ったらすぐ笑顔に戻って興味津々に聞いてくる、猫の目のような変わり身の早さ。
その圧の強さに誤魔化すこともできず、渋々口を開く。

「いやちょっと、よこよこのことを考えててさ」

「えっ、なになに??」

「よこよこさ……。色んな人に簡単に『好き』とか言っちゃうの、やめた方がいいよ」

一体どうやってなんて悩んでいたけど、結局喋りが下手な私にできるのは、
直球勝負でそのまま伝えることだけだということは、最初から半ばわかっていた。

「どうして? 好きだと思ったからそれをそのまま伝えてるだけだし」

どういう反応が返ってくるかと思ったら、
心底不思議そうに疑問を投げかけてくるよこよこ。

「どうしてって……。思ったことを言ってるだけでも、
色んな人相手にそれを伝えてると後々面倒なことになってくるんだって」

「面倒なことって? 何言ってるのかよくわかんないよ!」

「だからさぁ……。
『好き』なんて言葉は、本当に大好きな相手以外には使っちゃダメなんだよ!!」

なんて伝えればよこよこを言い聞かせることができるかわからず、
勢いに任せて零れ出た言葉をぶつけてみたところ、
ようやくよこよこの反論がやんだ。


しばらく納得できない様子で考え込んでいたよこよこが、
何かを思いついたようにフニャリとした笑みを見せる。

よこよこの笑顔は本当にズルい。それまでの流れとか全部吹き飛ばして、
その可愛さに釘付けにさせてしまうのだから。

可愛らしい笑顔に目を奪われていた私の耳に、思いもよらない一言が飛び込んできた。

「わかった。じゃあこれからは、かえでー以外には『好き』って言わないようにするね」

「はぁ!? 今までの話ちゃんと聞いてた??」

「ちゃんと聞いてましたよ~だ。
だから、本当に大好きな人が相手だったら『好き』って使っていいんでしょ?」

……飯窪さんの言うとおりだ。
この娘は本当に人の心を惑わす魔性の女かもしれない。

どこまでが本気でどこまでが冗談かわからない楽しそうな笑みに完全に翻弄され、
どうにか言い返そうと口を開いてはみたものの、とっさに言葉が出てこない。
普段からツッコミの速さだけは誰にも負けないというのが、私の密かな自慢だったのに。

結局私の口からそれ以上の言葉が発せられることはなく、
野中さんに呼ばれたよこよこは、満面の笑みのまま軽やかに私の前から姿を消した。


すっかりよこよこに手玉に取られたことを悔しく思いながら、
自分の顔が真っ赤になっていることすらまったく認識していない私は、
飯窪さんがニヤニヤしながらずっと2人のやり取りを観察していたことなど、
当然のように気づきもしていなかった。


(おしまい)

 

※参考

ここまで♡広瀬彩海
http://ameblo.jp/kobushi-factory/entry-12235015868.html

横山玲奈ちゃんはいつも私のところに来てくれて嬉しい!
昨日なんて、れいなちゃんの手が塞がっててドアを開けたら
ありがとうございます!好きです!って、、可愛すぎかっ!!!!笑

 

17歳の恋なんて          ねたみやっかみと甘いケーキ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2017年02月26日 21:11