女友達


♪女の友達がいる 恋愛にはならない二人
買い物や映画だって 楽しく出来ちゃう関係


ふと頭に浮かんだ歌詞を口ずさんでみる。
歌詞の性別を変えるだけで前提条件が崩れてしまい、
意味的には間違ってないけどまったく内容がおかしくなってしまう。

でも……。

今の私の気持ちにはすごいフィットしている。
なぜだかそう思えた。



尾形春水ちゃんは、モーニング娘。12期メンバーとして一緒に加入した同期メンバー。
そして、一般枠として入ったのはその中でも私と春水ちゃんだけ。

そのせいもあって、私がメンバーで最初に仲良くなったのが春水ちゃんだし、
「はーちぇるコンビ」として普段からみんなにもコンビアピールしてるように、
私が一番仲良しな相手も春水ちゃんだ。

気心が知れた仲だけに、一緒にいても自然体でいられるしなんかとっても居心地がいい。
きっと春水ちゃんも、私と同じように感じてくれてると思う。

でも……。
この頃、何かがおかしいんだ。

春水ちゃんと一緒にいる時、ふとした瞬間に突然襲ってくる胸の痛み。
心臓を掴まれるかのようにギュッと締め付けてくる、
息苦しいような、切ないようなそんな感覚。

それはいつも長続きすることなく、突然襲ってきてあっけなく収まるのだけど、
必ず春水ちゃんといる時に限って襲ってきて、そして段々とその頻度が増えてきている。

なんでこんなことになってしまったんだろう。
よくわからない。

でも、きっかけとなった出来事だけは、はっきりとわかってるんだ。



春水ちゃんの誕生日が数日後に迫っていたのに、
優柔不断な私は誕生日プレゼントをなかなか決めることができなかった。

大阪人の春水ちゃんに贈るんだから何かネタ的なジョークグッズがいいんじゃないか、
なんて方針までは決めていたのだけど、では具体的に何がいいかとなると全然まとまらず、
そんな悩んでいる私の姿を見兼ねて相談に乗ってくれたのが、飯窪さんだった。

飯窪さんは私の方針を聞いて軽く小首を傾げた後、スマホでパパッと検索して
面白いものがあるよとニヤニヤしながらとあるジョークグッズをお勧めしてくれた。
いいアイディアが浮かばずワラにもすがる思いだった私は、
確かにこれなら春水ちゃんもビックリしてナイスリアクションをしてくれそうだと、
飛びつかんばかりの勢いでその提案を受け入れたんだ。

そして数日後。
リハーサル前のタイミングを見計らって、さっそく春水ちゃんに誕生日プレゼントを渡す。
袋を開けて中身を確認した春水ちゃんがどんなオーバーリアクションを見せてくれるか、
ワクワクしながら見守っていたのだけれど。

春水ちゃんの反応は、まったく予想外のものだった。

袋から取り出したままの格好で、驚愕の表情とともに固まってしまった春水ちゃん。
あれ!? すぐさま反応してツッコんだりボケたりしてくれると思ったのに??

しばらくして、困惑しながら見つめている私の様子に気づいたらしい春水ちゃんが、
慌てたようにやっと感想を言ってくれた。

「ありがとう。でも春水なんかがホンマにこれもらっちゃってええの?」

まさかのマジレスに、私の顔が一気に熱く火照ってくる。
これってもしかして……ジョークグッズのつもりが本気だと受け止められちゃった??


春水ちゃんにプレゼントしたのは、婚姻届……が印字されたファイル。

ビックリした春水ちゃんが、ちゃんとジョークだと理解して
ナイスなリアクションをしてくれるとばかり思ってたけど、
これを本気で取られた場合には深刻な誤解を与えてしまうことになるんだって、
情けないことに私はこの期に及んでようやく気づかされた。

「あ、あの、私は別にその、女の子が好きだとか春水ちゃんと結婚したいみたいな、
そういうんじゃなくて、春水ちゃんは大阪人だから何かネタ的なものプレゼントしたくて……」

頭が真っ白になった私が、とにかく誤解だけは解かなきゃと
しどろもどろになりながら弁解すると、
春水ちゃんも取り繕うように急いでフォローしてきた。

「いやいやいやいや、それはよーくわかっとるから大丈夫やで。
ネタ的なものという前提でホンマ嬉しいでという話やから」

えっ、そうだったの??
春水ちゃんの言葉を受けて、私は余計に動揺してまともに声も出せなくなってしまう。

だって、春水ちゃんはちゃんとジョークだってわかってくれていたのに、
私が勝手に誤解させたと勘違いして恥ずかしい弁解をアタフタとしてただなんて……。
自意識過剰すぎる自分が情けなくて、もう消えていなくなってしまいたいくらいの心境だった。


結局その日は、2人とも何となく気まずい雰囲気のままで過ごすことになってしまった。
でもさすがに翌日からは、表面的には普通に接することはできていたのだけど。

話はこれだけでは終わらなかったんだ。


騒動から半月ほど経ったある日のこと、春水ちゃんと2人で12期日記の収録があった。

途中まではいつも通り楽しくお喋りができていたのだけど、
リスナーから、春水ちゃんは12期メンバーからどんな誕生日プレゼントをもらったの?
という質問のお便りがあったことで、私の心はまた騒めくこととなった。

「12期のメンバーからは、野中ちゃんから、これブログでもちょっとだけお話して、
正式な答えはここで初めて言うんですけど……」

ニヤニヤしながら話す春水ちゃんの姿に、ここではちゃんとジョークと認識した上で
うまく説明してくれるのかなと期待したんだけど、その考えは甘かったみたい。

「あのですねぇ、もうビックリしすぎて固まったんやけど、婚姻届をもらいました」

「これは……いや、違う、『婚姻届けをもらいました』って言い方は、ひどいよぉ」

「だって婚姻届入っててんもん」

春水ちゃんの言葉をそのままに受け取られたらファンの方が変な誤解してしまうと、
私はまず婚姻届というのがただのジョークグッズのファイルであることを説明して、
全ての誤解をちゃんと晴らすべく、最後にこう付け加える。

「私、別に、その、ね、あの、女の子が好きとか、そういうなんか、
春水ちゃんと結婚したいみたいな、ことは一切ないから」

ここまで念押しすれば大丈夫だろうと思ったら、
春水ちゃんからまさかの抗議が入った。

「ね、ね、それ結構ひどくない? 一切ないってさ。
なんかでも、野中ちゃんからの愛を感じたのは、モーニング娘。のメンバーで、
誰よりも先に、一番にメールくれたのが野中ちゃんやってん」


えっ? そういう反応するの!?
それだけじゃなく、他の2人からのプレゼントのことにも触れた後、
最後に春水ちゃんがこんな言葉で締めた。

「じゃあ春水も今度、婚姻届を野中氏に書いて渡そうかなと思います!」

そこでようやく、婚姻届のネタにそういう方向で乗っかっていこうという
返しなんだなとわかったけど、やっぱり変な誤解を与えそうじゃない? とも思いつつ、
なんかそんなリアクションをしてくれたのが嬉しかったのをよく覚えてる。

もちろんそれから実際に、春水ちゃんより署名入りの婚姻届を渡されることもなく、
あくまでネタはネタとして普段通りの関係が続いているのだけど、
その時の騒動が私の心になぜだか歪な爪痕を残してしまったみたいなんだ。


春水ちゃんと一緒にいる時にたびたび襲ってくる胸の痛み。
そんな痛みを覚えた日の夜は、ベッドの中で目を閉じると、
誕生日プレゼントを確認した時の驚いて固まった春水ちゃんの表情が、
自然と頭の中に浮かんでくる。

普段は打てば響くようなリアクションをしてくれるのに、
なんであの時はいくら驚いたとはいえあんなに固まっちゃったんだろう?

そしてあの日のラジオ。
あの時の春水ちゃんの言葉は、どこまでがネタでどこまでが本気だったんだろう?

そんなの全部ただのネタに決まってる。
もちろん自分でもわかってるはずなのに、いつまでも同じ疑問がこびりついて離れない。

こうして私は、なかなか寝付けない日がどんどんと増えていった。



そんな悩みがありながらも、春水ちゃんの前では普段と変わった様子を見せなかったし、
もちろん他のメンバーにもいつも通りでおかしなところなどなかったはずなんだけど、
それなのに、私の様子が変だと気づいた先輩がいた。

それが、飯窪さんだった。

「何か悩みを抱えてるようだけど、私でよければいつでも相談に乗るよ」

優しく声をかけられて、思わず悩みを吐き出してしまおうかと心動かされたけど、
そこでハタと気づいて言葉が止まる。

こんな悩みを、一体どうやって伝えればいいんだろう?

どんなに説明しようとしても絶対上手くは伝えられず、
それこそ変な誤解をされてしまうだけじゃないか。

「そうだよね、こんな頼りない先輩に相談なんてしたくないよね」

「違うんです! 相談したくないとかじゃなくて……」

「ゴメンゴメン、今のはただの冗談だから。
他人に相談したくてもできない悩みというのもあるもんね」

そして飯窪さんは、私にこんなアドバイスをしてくれたんだ。

「野中ちゃんが今どんなことで悩んでいるか具体的なことはわからないから、
どこまで役立つのかは何とも言えないけど、聞いてくれるかな。
自分の中にある悩みは、自分にしか解決できない。
じゃどうすれば解決できるか、その道筋を見つけるために大切なこと。
まず自分がどうしたいのか、それを第一に考えてみるといいよ。
その時のポイントが一つだけあってね。それが、絶対に自分の気持ちに嘘をつかないこと。
色々考えてると、目を背けたくなることとか、誤魔化したくなることとか、
言い訳したくなることとか、どんどん炙り出されていくと思うんだけど、
それらを全部取り払って素直な自分の気持ちを見つけられたその時、
悩みを解決する糸口がきっと発見できるんじゃないかな」


私がしたい事。
それは……。この胸の痛みをなくしたい。

じゃあ何で、こんなにも胸が痛むんだろう?
それは……。春水ちゃんと一緒にいるから、だというの!?

そこから先の気持ちに潜ろうとすると、無数の誤魔化し、言い訳が頭の中に蠢いて
それ以上の思考を妨害しようとする。

ただの気のせいだよ。
ただの気の迷いだって。
放っておけばすぐに忘れる程度のものだから。
変な期待なんて持たない方がいいよ。
勘違いなんかしてもいいことないし。
春水ちゃんも別に何とも思ってないから。

それらを全て取り払って、目を背けたくなるような私の本当の気持ちに手をかける。

私の本当にしたい事。
私は尾形ちゃんと……。

そう、今のままの関係がずっと続いてほしい。
いつまでも尾形ちゃんの隣で他愛のないお喋りをして笑い合って、
仲の良い同期として、親友として、同じ時間を共有していく。

その気持ちは確かに真実のもの。
でも、私が掴み取ったのはそれだけじゃなかった。

心の奥底からこみ上げてくる悲痛なまでの想い。
その存在に、私はついに気づいてしまった。


今のままでもこんなにも楽しく、充実して、幸せなはずなのに……。
それだけじゃ嫌だ!! という強い想い。

このままの関係ではいたくない。
もっともっと春水ちゃんの近くにいきたい。
そして、春水ちゃんを……自分だけのものにしたい。


今のままでいたい。
今のままではいたくない。

私の中にある相反する2つの想い。
そのせめぎあいが、私の心をこんなにも締め付けていたんだ。

心の奥底に沈み込んでいたその想いは、今はまだ、
自分の理性で十分抑えられるほどの小さなものだけど。


ねえ春水ちゃん。

いつの日か私が、この想いを止めることができなくなって、
春水ちゃんに全てをぶつけてしまうような、そんな時が来たとしたら……。

それでも春水ちゃんは、いつもの柔らかな笑顔のままで、
私のことを受け止めてくれるかな。


(おしまい)


私の魅力に 気付かない鈍感な人  色っぽい じれったい

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最終更新:2016年11月06日 22:13