本編19 『花火大会の夜』

 

衣梨奈達が帰って数日。
不思議な日常が戻っていた。
それぞれの心には未だ様々な思いが渦巻いているけれど、
それらを整理するのにはもう少し時間が要るらしかった。

里保と衣梨奈は追試に備えてテスト勉強に励んでいる。
一足先に夏休みを迎えた聖と香音に一度だけ会った二人は
その時詳しい事情の説明をすることが出来ず、ただ心配を掛けたことへの謝罪をした。
過去のこととして語るほど、気持ちの整理が出来ていない。
それなのに、まるで遠い世界の出来事だったかのようにも感じていた。

当然、聖と香音が納得するはずもなかったけれど
追試が終わってから改めて説明することを約束し、その時は別れた。


遥と優樹は仲良く食材の買い出しに出ている。
里保が改めて局長から聞いた協会の態度で、なんとなく自分たちの立場を理解していた。
協会は優樹を追う意思は無い。けれども、協会員を傷つけたという事実が消えたわけでも無かった。
だから、やはりこの街を出ることはできない。
二人はそのことを残念に思いながらも、暗い気持ちにはならなかった。
さゆみや衣梨奈や里保、それに春菜の側に居られることを、心のどこかで嬉しくすら思っていた。

改めてさゆみの家に世話になることを申し入れ、さゆみが快諾する。
それが当然であるかのように、二人は道重家の一員になった。

それからは少しでも役に立とうと、テスト勉強に奮闘している衣梨奈と里保に代わって
率先して家の手伝いをするようになった。


さゆみは自室のパソコンの前に座り、話をしていた。
画面には衣梨奈と里保の父、執行局の局長の姿が映っている。

「結局会長、辞めるのね」

『はい。いろいろとバタバタしていますが、後任人事も漸く纏まりそうです。
変わり者なんですが、会長の直々の指名があったので。
あれが会長になれば協会も大きく変わると思います』

「そう。ふふ」

『…会長は、あなたに感謝していました』

「ああ、喋ったのね」

さゆみが意外そうな声を出すと、局長が笑った。

『俺に個人的に、です。あなたを直接知らない幹部達が額面通りの事実を聞いたら、相当あなたのことを誤解してしまいますよ』

「誤解も何も、さゆみがしたのは脅迫だけど」

さゆみのことを知ってはいても、直接会い関わったことのある協会員はごく少ない。
”西の大魔道士”を恐れているように、殆どの幹部にとっては”大魔女”もまた恐るべき存在だった。

『ははは。脅迫された相手があんなに清々しい顔をしてるんですから、
やっぱり”大魔女”は恐ろしいですね』

そう笑う局長の顔も、どこか清々しいもののように感じられた。
協会が抱える問題はまだ何も解決していない。
それでも、淀んでいた空気を掃き出すように訪れた小さな変化は
新鮮さと、根拠のない希望をも協会に齎したようだ。


「それで、りほりほは協会辞めるの?」

『まだ返答は聞いていません。急かすべきでは無いと思ったので。
ただ恐らく、もう協会には居たくないと考えているかと。
…それでも、あなたの側に居させてやって欲しいのですが。あの子は多分それを望みます』

「普通逆でしょ。親なら娘を返せくらい言いなさいよ。まあ返さないけどね」

『あの子達は帰りたくなれば帰って来てくれますよ。
あなたの意志に逆らってでも』

確かにそうだと思って、さゆみも笑う。
だいたい大魔女が、帰らないでと引き止めるなんてみっともなくて出来やしない。
それに近いことをしたけれど、その行動自体はみんな、『大魔女の横暴で理不尽なワガママ』と思ってくれたはずだ。
会長や生田局長も、そう思ってくれたと考えたい。

『衣梨奈も、強情で帰って来ないというのもありますが、
心からあなたを慕い、あなたの側に居たいと思っているんです。
ご存知かどうか分かりませんが、衣梨奈は手紙だけはよくよこすんですよ。
それが本当に嬉しそうで、いつもあなたのことが沢山書かれています。
それに学校の友達のこと…里保がそちらに行ってから尚更、活き活きしているようです。
あの子も、随分変わりました。それはあなたのお蔭です』

「ま、前向きにはなったよね。
空回ってばかりかと思いきや、意外とちゃんと成長してたりしてさ。
さゆみも驚かされたりするんだよね」

『俺も驚いています。親馬鹿かも知れませんが、あの子なら本当に世界一の魔法使いになれるんじゃないか、なんて。
俺がなりたくてもなれなかったあなたの弟子に、あっさりなった娘ですからね』

「押しかけられただけなんだけどね」


こうして生田局長と親しく話すのも随分と久しぶりのことだった。
少年時代の局長を思い出す。
どこまでも、真っ直ぐで純粋な目をしていて
それ故に、身の回りにトラブルの絶えない、そんな少年だった。
さゆみにとっては、瞬く間。こうして父親として娘を思う局長の姿を見ることに新鮮な楽しさを覚えていた。

「そういえばさ、りほりほが協会を抜けてこの街が空になったら、あんたは困るんじゃないの?
さゆみをやっつける為に送り込んだんでしょ?」

さゆみの言葉に、局長は苦笑した。

『まあ、そうですね…。他の部族を攻める計画というのは数年前から持ち上がっていて、
俺はそれに反対していたので、対案を出す必要があったんです。M13地区を呑むことが出来れば、それが一番いいですからね。
ただあなたに手を出すことにはタカ派の幹部達も尻込みしてましたから、局の最強クラスの魔道士、しかも俺の娘である里保を
大魔女の元に送って弱点を探る、というようなことで煙に巻いていていました。
ただ相手が相手だけに何年かかるか分からないということで、流石にしびれをきらされましたね。
出し抜かれる形で今回のような強硬策を取られましたが…。
もう協会も他部族を攻めるという方向には進めません。財務局長や開発局長も会長の辞任を聞いて相当消沈し、責任を感じていたようですし。
M13地区を呑むという俺の考えが、当面は協会の支えになると思います。
俺や会長はそれこそ現実味が無いことと分かっているので、騙しているようで心苦しいですが』

「りほりほは本気なのに」

『俺は里保には、あなたや街のことを探るようにとしか言ってませんよ。
あなたや街のことを知ろうとすることは、里保にとっても大きな意味がありますし、既に里保は大きなものを得たようですし』

「ふふ、あんたも小賢しくなったわね。でもま、嫌いじゃないよ」

舌先三寸で同僚や部下を煙に巻くのも、組織の幹部にとっては必要な能力なのだろう。
かつての真っ直ぐすぎる目の少年とは違う、けれども随分と逞しくなったと感じた。
局長もまた、さゆみの言葉に楽しそうに笑った。
その顔にはまだ、少年のころの面影が残っている。


『でも、里保の返答がどちらでも、近々もう一人局員をその街に送るつもです。
可能性は低いと思いますが、もし里保が残るといった場合には、ちゃんと許可を取らなければいけませんが。
その時は里保の部下ということになるので』

さゆみは少し意外そうに目を開いた。
実際にこの街をどうこうする意思が、少なくとも局長には無い。
里保が辞める意思を告げた後に、代わりを派遣するというのなら分からなくは無いが
『どちらにしても』もう一人をこの街に寄越す意味は分からなかった。

『入ったばかりの新入局員なんですが、才能は申し分のない奴です。本人の強い希望もありましたし、
そいつも、あなたや里保たちの元で是非学ばせてやりたいと思って。どうぞよろしくお願いします』

「いやいやおかしいでしょ。なんでさゆみを探りに来る協会員をよろしくしないといけないのよ」

さゆみが苦笑する。
局長は、少し意地の悪い笑みを浮かべた。

『里保や衣梨奈と同じくらいの歳の娘ですし、面白い奴なのできっとあなたなら気に入りますよ』

さゆみは面白くなさそうに頬を膨らませ、局長を睨み付けた。
でも、もう短くない付き合い。
そういう好みくらいは把握されているのも仕方がない。
そして、早くもその新しく来る局員のことが楽しみになっている自分にこっそりと苦笑した。


「佐藤と工藤の処遇はどうなったの?」

『…佐藤優樹は、協会員には捕まっているものとして伝達してあります。
だから、その街から出ることを控えて貰いたい。新たなトラブルの火種になりかねません。
工藤遥に関しては協会に籍が残っているので、いつでも戻れます。
まあそれなりのお叱りは受けるでしょうが、一連のことへの処罰は無し、ということになりました。
このことは里保に伝えてあるので、里保を通して二人にも伝えられたと思います』

「そう。ま、工藤も佐藤を置いて戻ったりは絶対しないだろうね」

『そうでしょうね』

「何か知ってるの?」

『さっきそちらに送ると言った新人なんですが、希望した理由の一つが佐藤優樹と工藤遥なんです。
全く偶然なのですが、どうも二人の友人だったらしくていろいろ話を聞きました。
……そういうこともあって、どうも今回のことでそいつには甘くなってしまってるんですが』

「なるほどね。ふふ、確かに面白そうな子」

『それと佐藤優樹について補足ですが、協会員が警戒をしているわけでは無いので
こっそりその街を出る分には大丈夫かもしれませんね。聞く限りトラブルを起こしやすい子らしいので
それは勘弁願いたいですが』

「伝えておくわ」


『では、改めて娘たちのこと、よろしくお願いします』

「だからそれは違うでしょ」

『親の自己満足ですから、言わせて下さい』

「ま、いいけど。あんたもしっかりやりなさいよ」

局長はさゆみのその言葉に驚いて目を見開いた。
しかしすぐに少年のような笑顔になった。

『はい!ではまた』

長々と話した通話を終え、さゆみは窓の外に目を向けた。
子供たちはそれぞれ、まだ気持ちを纏めきれていないよう。
だけど、今回のことで沢山のことを知り、学んだだろう。
衣梨奈も里保も、春菜も、遥も優樹も、一歩進める。
そう思えるから、楽しみだった。
明日が、明後日が、とても楽しみ。

必死に勉強している衣梨奈と里保は、難なく追試に合格するだろう。
そうすればいよいよみんな夏休み。

もう本人達は忘れているかもしれないけれど、さゆみはとっておきの花火を用意していた。
さゆみは子供のように、わくわくとその日を待ち侘びている。

 


里保と衣梨奈は追試を迎えていた。
時間は速くもなく遅くもないスピードで流れている。
あの出来事が、たんたんと過去に送られていく。
ともすればあれが何だったのか分からないまま、ただ過去の出来事になりそうだった。
それはいけないと思いながらも、取りあえず目の前のテストに集中することを言い訳にして
気持ちの隅に追いやっていた。

さゆみは何も聞かず、何も話さず、いつものように優しく、
優樹と遥を迎える準備を進めていた。
里保にも衣梨奈にも、さゆみと改めて話したいことがある。
けれどもその機会はなかなか訪れなかった。

無事二人が追試の合格通知を受け取り、夏休みを迎えた日の夜
穏やかな夕餉の食卓でさゆみが花火のことを切り出した。

それはほんの数日前、けれども何も知らなかった時分に衣梨奈が言い出したこと。
そしてきっとテストが終わったらみんなでしようと約束したこと。
改めて、いろいろな約束が反故になるところだったと思い知る。

さゆみは楽しそうに、明日みんなで花火をしようと提案した。
聖や香音や春菜、あの時のメンバーで約束通り。


翌日。良く晴れた夕刻、道重家のみんなと、聖、香音、春菜が待ち合わせ、海辺に向かった。
海に下る坂道をゆっくりと歩くと、水平線の向こうに
太陽が繊細に紫陽花色に染め上げ、幾重にも折り重なった雲の稜線が見える。
優樹が一番星を見つけたとはしゃぐ。遥が隣を歩き空を見上げた。

遥はあれから一度亜佑美に電話をした。
落ち着いたら連絡するという約束通り、優樹と二人で。
しかし折り悪く、今度は亜佑美が忙しかったらしくて長く話すことは出来なかった。
ただ遥と優樹の元気な声を聴かせられたことで、亜佑美は随分喜んでくれた。
亜佑美はどこか、隠しきれない嬉しさを堪えているようなところがあったけれど
遥はそれを深くは尋ねなかった。
協会を巻き込む事案がひと段落したことで、亜佑美にもいよいよ執行局員としての
仕事が回ってきたのだろう。遥はそう理解した。
それにしても嬉しそうで、どこか含みのある物言いが気になったけれど。

数日ぶりに会った聖と香音に、衣梨奈と里保は並び歩き
少しずつ、今回の出来事について話した。
自分たちの気持ちも整理するように、衣梨奈と里保が目配せをしながら一つ一つ確認しながら話す。
未だに何が正しかったのか、本当のことはどこにあるのか分からなかった。
けれど不用意に言葉にすると、その言葉が本当のことを塗り替えてしまうような気がする。
だから慎重に、ゆっくりと話した。


どこか神妙な子供たちの様子を見渡しながら
さゆみは小さく鼻歌を転がしゆっくりと歩いていた。
数日前まで、お買い物や花火の話で声を弾ませていた子供たちが
まあ随分と大人びてしまったものだと思う。

さゆみにとってはどうということは無い小さな事件。
けれど子供たちの気持ちに様々な変化を齎すのには十分過ぎる事件だった。

いろいろなものにぶつかって、数日で見違えるくらいに大きくなれる、
そんな衣梨奈たちを見ていることが楽しい。
でも一つ大きな山を越えた子供たちに、今日くらいは休息を。
夏休みの楽しい思い出を。

それぞれが手に下げた手持ち花火を見ながら、さゆみはまた少しご機嫌に鼻歌の調子を変えた。

隣を歩く春菜は、もう気持ちの整理をつけたらしく
優しく里保たちを見守っていた。
頼もしいと感じながらも、帰還した日に見せた涙を思い出し、
可愛い姿をもっと見てみたいとも思った。


海辺につくと、気持ちのいい潮風が8人を迎えてくれた。
さゆみの魔力が及んでいる海浜公園の、広い広い浜辺。
海上を揺らめく船には灯火がともり、いよいよ沈もうと真っ赤に燃える夕日が
長い長い影を作っていた。

海を前に難しい話も、分からない考えも中断した子供たちは
波音に誘われるように子供らしい表情を取り戻していた。

めいめいが買いあさった手持ち花火を開封し
岩の上に立てた蝋燭に火を灯す。

それから花火が弾けだすと、今年初めての花火に
子供たちのテンションは一気に上昇した。

楽し気な声が響き渡る。
思い思いに花火を光らせ、駆け回り、波と遊んだ。

優樹が両手に花火を持って春菜を追い回す。
猫の姿になって必死に逃げ惑う春菜の姿を見て皆が笑う。

里保と遥が波打ち際で声を弾ませる。

「鞘師さん、勝負しましょうよ!海の近くとかハル無敵っすから、今なら絶対負けませんよ!」

「お、いいね。やろうか」


「いや、どぅーじゃヤスシさんに勝てないね」

聖や香音とはしゃいでいた優樹が不意に言った。

「…急に冷静にそういうこと言うのやめてよ」

「あはは。まあ、うちはどぅーの魔法の怖さは分かってるからね。
対策も考えてるし。でもどぅーはうちの魔法、全部は知らないでしょ?」

「鞘師さん、魔法の種類多すぎるんすよ…」

「ていうか、お二人ともここ『道重さんスポット』ですからね。勝負とかできないですからね」

春菜の冷静な突込みに、里保と遥は顔を見合わせて笑い合った。


はしゃいですぐに疲れてしまったさゆみは
石段に腰かけて賑やかな皆の姿を眺めていた。
その横に、衣梨奈がすっと腰かける。

「なに?生田ももう疲れちゃった?」

含み笑いを浮かべて言うと、衣梨奈は真顔で「そんなことないです」と返した。
さゆみが苦笑しながら、「どうしたの?」と問いかける。
衣梨奈ははしゃぐ皆の姿を暫し眺めてから、話し出した。


「えりたちのやったこと、意味はあったんですかね…」

辺りの暗さが徐々に増していて、その表情が見えにくい。
波音と風の音が二人の間を抜けて声が遠いから、さゆみは少しだけ衣梨奈の方に詰めて座った。

「意味があると言えばあるし、無いと言えば無いよ。
この世の中のことなんてだいたいそんなもの」

さゆみの言葉に、衣梨奈は少し寂しそうに微笑んだ。

「さゆみが意味があったと言えば喜ぶ?意味が無かったと言えば悲しむ?違うでしょ?」

「……はい」

「生田、いいこと教えてあげる。意味よりも、そこにどんな意思があったのか考えな」

「…意思、ですか?」

「そう。どんな気持ちで、何を目指してたのか。
それは、他の人には何の関係もない。だけど、生田の中には
ちゃんと、いつでもはっきりとあるもの。生田自身にとっては間違いなく確かなもの、でしょ?」

衣梨奈は少し考え込んで、それからさゆみの目を見つめ肯いた。

「自分に偽りのない、正しい意志を抱いて行動した、そう胸を張れるなら、
誰かにとって意味は無くてもあんたにとってはちゃんと意味がある。
だからそんなにぐちゃぐちゃ考えずに、シンプルに考えればいいと思うよ。さゆみはね」

「自分に嘘をつかない意思…それも難しいですね」

衣梨奈が苦笑する。


「えりたちのしたこと、『正解』じゃ無かったですよね…」

「多分ね。
でも、あんた達が考えて、行動して、それが巡って今この時間があるの。
さゆみは結構気に入ってるよ。あんた達の意志が齎したこの『結果』をね」

衣梨奈は少しだけ嬉しそうにさゆみの顔を見た。
さゆみが笑って衣梨奈の頭を撫ぜる。

「世界一の魔法使いを目指すならね、どんな意志でそれを目指すのか、
どんな意思を持つ魔法使いが『世界一』なのか。それを考えなさい。
魔力や、使える魔法の規模で誰よりも凄くなることは、あんたなら多分出来るよ。
でもそれがあんたの目指す『世界一の魔法使い』ってわけでもないんでしょ?」

衣梨奈はさゆみの珍しい言葉に驚き、少しはにかんだあと
力強く肯いた。

「はい。えりは…まだよく分かんないですけど、世界中の人に愛されるような、そんな魔法使いになりたいなって、思います」

「なりな。さゆみも、初めての弟子が世界一の魔法使いになったって、早く自慢したいから」

「はい!」

もう薄闇の中で殆ど分からないけれど
衣梨奈の顔が幾分晴れやかになった気がした。

さゆみが衣梨奈の肩を押し出すと、衣梨奈は立ち上がり、はしゃぐ皆の輪に入っていった。


海辺は点々とともる街灯の光と
降るような星明りが照らす夜になった。

さゆみの元に集まって、最後に8人で線香花火に火を灯す。
それが終わってしまうと、
衣梨奈が事前にかけていた『お片付けの魔法』でゴミ拾いをして花火を片付けた。
名残惜しそうに子供たちが海を見る。

ふと、人影が現れた。

「おお、やっとりますな」

暗がりに顔は判然としないけれど、数人の男性。
それが街灯の下に佇んでいたさゆみに会釈する。

「きたきた。どう、準備は」

「ばっちりですよ。いつ道重さんの声がかかってもいいように、弟子たちも気合が入っとりますから」

里保たちは、突然来たその人達のことが分からず戸惑っていた。
どうやらみんな魔道士のよう。
街灯に照らされた、一番貫禄のある初老の魔道士が
弟子たちに指示を出し、荷物を抱えた弟子たちが浜辺に出た。

「あいつらも、ようやく使い物になって来ました。
まあ、魔法花火師なんてマニアックな仕事をやろうって奇特な奴らですからね」


そうしている間、気が付けば海浜公園にわらわらと人影が見えだした。

「そろそろ時間だね。じゃあ、凄いのをお願いね」

「まかしてください!」

さゆみが微笑み、男性が胸を張る。

さゆみがパチリと指を鳴らすと
広い広い浜辺がぽっと灯りに照らされた。

それは夏祭りの行燈の光のような淡い、優しい光。
それが足元を照らし、そこに沢山の人の気配が流れ込んできた。

里保は、その中にたくさんの魔道士がいることに気付いた。
人はどんどん増える。
気付けば海辺は、賑やかな人いきれにあふれていた。

「道重さん、これは…?」

衣梨奈の問いに、さゆみが得意げに答える。

「とっておきの花火、用意してあげるって言ったでしょ?今日は花火大会だよ」

大きな音を上げ、最初の花火が打ち上げられた。
それは、衣梨奈や里保、遥や優樹も今までに見たことがない不思議な、心躍る『魔法花火』。
里保たちは漸く状況を理解し、見上げた美しい夜空の花に感嘆した。

 



魔道士たちが一人ずつさゆみの元に集まり、挨拶をしていく。
見渡せば見物客の中には、衣梨奈や里保のクラスメイト、学校の先生もいるよう。
街に住む人達が、世にも珍しい『魔法花火』を見にどんどんと集まっている。

一つ打ち上げられるたびに大きな歓声があがる。
淡い光の中で、魔道士たちが思い思いに夜店を立てて
お菓子や食べ物を売り始めた。
小さな子供たちがはしゃぎながら集まる。

普段は決して口にできない、魔法で作った食べ物。
楽しそうな嬌声。

集まっている魔道士の数も、100人や200人ではきかない。
春菜はさっそく魔道士たちの元を巡り、挨拶回りをしていた。

人並みに巻かれて、里保たちもバラバラになった。

空に次々と花火が打ちあがる。
不思議で楽しい光。
でもそれは、よく知る花火と同じように夜空にぱっと咲いて、ぱっと散る。


衣梨奈は聖と香音を見つけ、近くの草原に腰かけた。

「凄いね、魔法花火やって。えりこんなん初めて見た」

楽しそうに衣梨奈が言う。
聖と香音は、どこか呆けたように空の光を見上げていた。

「…聖、見たことある」

「え?」

「うちも、なんかそんな気がしてるんだ…」

聖に続いて言う香音の言葉に衣梨奈が不思議そうに顔を向けた。

「ちっちゃいころ、見た。
そうだ、ここに見に来たんだよ」

「魔法花火、だったんだね…」

聖と香音の記憶の中には、確かにこの不思議な花火と、灯りも無いのに足元が照らされている不思議な
海辺の記憶があった。
でも、後々にテレビで見た花火大会の花火とは全然違う。
だから、それは何か夢の中の出来事のような、曖昧な、それでも強く焼き付けられた記憶になっていた。
魔法の存在を知るずっとずっと昔のこと。だけど幼いその時は、魔法も、物語も、毎日の生活も
同じように夢のようだった。

3人は並んで暫く美しい空の花を見上げ、街中の人達の声を聞いていた。


「聖、香音ちゃん、ごめんね」

衣梨奈が不意に呟いた。

空を見上げていた聖と香音が、ゆっくりと優しい笑顔を作る。

「もういいよ。何だかんだ言って、結局こうやってえりちゃん達と一緒に花火出来たしね。
でもあんまり心配かけないでよ。今度からはうちらに一言言ってからにしてよね」

「えりぽんと里保ちゃん、無事で本当によかった」

「ありがと」

衣梨奈が笑い、また空を見上げる。
聖がポツリと呟いた。

「…聖も魔法使いだったらなぁ」

衣梨奈には届かなかった。
聞こえた香音は聞こえなかったフリをして、美しい花火に歓声を送った。


魔法花火師は弟子たちに打ち上げられた花火を満足そうに見上げ
さゆみの元に戻って来た。

「どうですかい、道重さん。なかなかのもんでしょう」

「うん、とっても綺麗。さすがだね。
前に打ち上げたのは、7年前だっけ?」

「もう、そんなになりますかな。いやいや、毎年最高傑作が出来ちまうんで
いつ声を掛けて貰えるかって弟子たちもそわそわしとりましたわ」

「別に打ち上げたい時には言ってくれればいいのに。
街のみんなに報せるのはさゆみがやるよ。今回ははるなんも手伝ってくれたしね」

「いやいや。道重さんの声が掛かった時にやるからいいんですよ。
いつ掛かってもいいようにって、気も引き締められますし、自己満足で終わりたくもない」

「ふふ、頑固だね。でも、ありがとう。急なお願いだったのに」

「いえいえ滅相もない」

浜辺に来ていない人も家々の窓や高台から、街中の人が見ている。
自治体にもかけあって、他の地域には秘密に、こっそりと打ち上げられる『魔法花火』は
この街でしか見られない、街の人の密かな楽しみだった。
気まぐれに、数年か十数年に一度だけ。
大人はこの時魔法のこととさゆみのことを思い出し、子供は不思議な夢のような思い出として心に刻む。

協会の影響下でこんなに堂々と魔道士が魔法を使うことは出来ないから
魔法花火師という職業も、おそらくこの街にしか残っていない。

感謝を込めて、花火師はもう一度さゆみに深く頭を下げた。


優樹と遥は、屋台を巡り持ち前の愛嬌でたっぷりとお菓子を貰って
原っぱに座り魔法花火を見上げていた。

「すごいね、どぅー」

「ほんと。いろんな魔法あるよなぁ」

小さな頃に夏祭りに行ったり、花火大会を見た記憶は二人にもあった。
けれども魔法の花火なんて初めて。こんな魔法があることさえ知らなかった。

「あぬみんにも見せてあげたいね」

優樹がぽつりと呟いた言葉に、遥は今一度亜佑美のことを思い出していた。
協会のこと、執行局のこと。

優樹や自分たちは結局見逃された。
けれども優樹は表向きは捕まっていて、街の外に出ることが出来ない。
もし優樹のことを知る協会員に出会ってしまえば、いろいろな齟齬が明るみに出てしまう。
さゆみからは、こっそりと出るなら大丈夫と聞かされた。
優樹が家族に会いに行くことは出来る。
けれどもそれも簡単ではないと分かっていた。
遥と優樹だけで行こうとすれば、かなりの長旅になるし
今は里保や衣梨奈に協力を仰がないと実現しそうもない。

協会がどんな意図で、そうしたのかは里保の話を聞いてもやっぱり分からなかった。
ただ、態度を曲げ、まるで臭い物に蓋をするようにいろいろな事実を覆い隠してしまった協会に
遥は不信感を募らせた。
一度協会に対して嫌悪感が生まれると、何をしても気に入らない。
それは子供じみた感情だと、どこかでは分かっていたけれど。


もし里保や衣梨奈、そしてさゆみに出会わなかったらどうなっていただろうと考える。
自分ひとりで、優樹を守れたとは到底思えない。
今も何も分からないけれど、数日前の自分がそれ以上に、何もかもを知らなかった。

悲しいくらい、まだまだ自分たちは子供なのだ。

「見せてあげよう」

遥の言葉に、優樹が顔を向けた。
じっと見つめられる視線にはにかみながら、遥が早口で続ける。

「今は無理でもさ、ハルたちが大人になって、もっともっと色んなことが出来るようになってさ。
色んな問題も自分たちで解決できるようになったら、きっと、あゆみんとかまーちゃんの家族も
この街に招待して、一緒にまた見ようよ」

優樹は満面の笑みを浮かべ大きく肯くと、そのまま遥に抱き付いた。

「うわ、やめろよ。そういうのが子供だって言ってんの!」

「照れない照れない。どぅー大好きだよ!」

それからしばらく遥と優樹は、戦利品のお菓子を食べながらはしゃぎあい、じゃれあっていた。


淡い光と人並み、花火の音が響く中を衣梨奈達とはぐれた里保はおろおろと歩いていた。
ふと耳に心地い音が届いたような気がし、辺りを見回す。

この感覚に心当たりがある。
里保がかすかな音を辿って人の波を歩いていると
少し離れたベンチの上にぽつんと腰かけるシルエットを見つけた。

魔法楽団の老人が、音の鳴らないギターを爪弾き音楽を奏でている。
それは、はっきりとした音楽ではない。まるで風が囁いているような優しい音。
でも確かに聞こえてきて、浜辺に集まった人達が気付かないうちに
心地いいバックグラウンドミュージックを成していた。

里保の視線に気付いた老人はニコリと笑って
片手に持っていた煙草の火を揺らした。

里保は嬉しくなって小さく手を降り返し、ちょこんと頭を下げた。

街中の、沢山の魔道士が、ここに来ている。
ただ花火を楽しむ為に、普段繋がりも無い魔道士たちが一同に会しているこの空間が
不思議で、心地いいと思った。


ひとしきり集まった魔道士たちの元を駆けまわっていた春菜は、
奥の方でポツンと腰かけ、目深に被ったフードの縁から上目に花火を見上げていた魔道士を見つけ駆け寄った。

「こんばんは、『蜘蛛男』さん」

男が視線を上げ、春菜を睨む。

「よせよ情報屋。俺はもう『蜘蛛の糸の魔法』は使えない。嫌味か?」

「いえいえ、そんな滅相もない」

春菜はおどけた調子で言い、隣に腰かけた。

「あなたの魔法、鞘師さんは凄く役に立ってるみたいですよ」

「そうか…」

「向こうにいると思いますから、話して行きませんか?」

「冗談じゃない。あいつからすれば、俺はいきなり襲い掛かって返り討ちにあった間抜けな魔道士だろう」

「あはは。それもそうですね」

男はもう一度春菜を強く睨んだあと、気が抜けたようにふっと笑った。

「じゃあ何か伝言でもあれば伝えますよ?」

「…ねーよ。魔力もまだ殆ど戻って無い。魔法も一から研究しなおし。
……リベンジするのは少なくとも数年後だ。その時までちゃんとこの街に居ろ、って言っとけ」

「あるんじゃないですか」
「うるせー」

笑う春菜に男はしっしと猫を払うような仕草をする。春菜は素直に従って、一つ会釈をして男の元を離れた。



結局衣梨奈達を見つけられなかった里保は、さゆみの所に戻って来た。
さゆみは街灯の近くに腰を下ろし花火を見上げていた。
里保が来ると優しく笑って手招きする。
里保は大人しくそれに従い、さゆみの隣に腰かけた。

「どう、りほりほ楽しい?」

「はい。凄いですね、花火。それに街中の人や魔道士が集まって…」

「ふふふ。何だかんだ言って、みんな花火が大好きだからね」

里保は淡い光の中に浮かぶさゆみの顔を改めて見つめた。

「…道重さん、ありがとうございました」

さゆみが里保の顔を見返し、小首を傾げる。

「お父さんから、何か聞いた?」

「…いえ、道重さんのことは何も言ってませんでした。
でも、何となく分かります。道重さんが助けてくれたんだって」

「ふふふ。助けてなんかないよ。さゆみはちょっとワガママをしただけ」

また一つ大きな花が夜空に咲いた。
光の中のさゆみの顔が、いつもよりももっと美しい気がして
里保はドキリと胸を高鳴らせた。


「りほりほ、結局協会に残ることにしたんだね」

「……はい。今まで何も協会のことも、魔道士のことも知らなかったんです。
このまま協会を離れたら、また色々なことを知れなくなっちゃうと思って。
一度協会を裏切ったのは事実ですし、心もまだ協会から離れていないと言えば嘘になりますが…」

「そうだね。せっかくだし利用出来るならした方がいいね。
協会員、それも執行局員って肩書きって結構便利だもんね」

さゆみの言葉に里保が苦笑する。

「利用…するという考えはちょっと難しいですが、でも少しだけ気持ちは変わりました。
今まで依怙地になって協会に尽くそうとしてて、でもそれは結局何もかも協会のせいにして、自分で考えようとしてなかったんだなって。
これからは、ちゃんと自分で考えて、色んなことをしっかり学んで、少しは自分の為に生きてみようかなって、思います」

「自分の為に生きるって存外難しいよ。何かの為って思いこませてた方がずっと楽」

「そうですね。痛感してます」

派手な花火が連続で打ち上げられる。
大歓声に包まれ、辺りが音に溢れた。

里保はそれを見上げ、何となく花火大会の終わりを感じ取っていた。

「えりぽんみたいにずっと『世界一の魔法使いになる』って目標があればいいんですが、
私は協会のことを抜きにしてしまうと、自分でもびっくりするくらい何も無かったんです。
どんな魔法を研究すればいいのかも分からなくなっちゃって」

「りほりほはどうして魔道士になろうと思ったの?」


さゆみの言葉に、里保はドキリとした。
以前同じ質問をされたような気がする。
けれども記憶のどこを探しても、そんな質問をされたことは無かった。

「私は、物心がついたころにはもう魔道士でしたから…」

なんだか不意に心が寒くなったような気がして
小さく自分の身体を抱きしめた。
さゆみは里保の言葉を聞いて静かに笑った。

「そんなことは無いと思うよ。
生まれた時から魔力はあっても、生まれた時から魔法が使える子なんていないもの。
まあ、佐藤みたいな例外はいるかもだけどね。
りほりほもきっと、何か魔法を使いたいって思うきっかけがあったはずだよ」

里保は言われて考え込んだ。
けれどもまるで思い出せない。
幼少の頃の記憶が殆どない。
思い出せるどんなに古い記憶でも、隣には衣梨奈の笑顔があって
自分はもう魔法を使っていた。

「……分かりません。思い出せません」

「そっか。でも別に今からでも見つけられるからね。きっとりほりほなら、どんな魔法使いにでもなれるよ」

「道重さんは」

「うん?」

「道重さんはどうして魔法使いになろうと思ったんですか?」

さゆみは大きく目を見開いて驚いた顔をした後、暫し考えこんで苦笑した。


「そう来るとは思わなかったわ。…さゆみも忘れちゃった」

最後の特大の花火が打ち上げられて、夜空に静寂が戻った。
地上の人々が惜しみない拍手を送る。
それからぞろぞろと、ゆっくりと散開しはじめた。

「道重さんのこと、知りたいです。『不老長寿の魔法』のこと。
今までどんな人とどんな風に過ごして、どんなことを感じたのかとか」

里保は、自分がお祭りの空気に浮かされて何かとんでもないことを口走っているという自覚があった。
けれども口をついてでたからには、聞きたいと思った。
さゆみは、そんな里保をいつもと違うなと感じながらも
自分もお祭りの雰囲気に酔っているのだろうと開き直り、口を開いた。

「そうだね。本当にいろいろあったよ。いっぱいいっぱい人とも会ったしね。
その時その時、いろんなことも感じたよ。
さゆみね、始めは本当に落ちこぼれの魔道士だったの」

里保が驚いて目を見開く。

「友達や仲間がいっぱい助けてくれたけど、いつも足を引っ張って迷惑かけててさ」

さゆみの目が、遠い昔に思いを馳せている。
里保は自身の鼓動がまた騒がしく鳴りだしたのを感じた。

「でもなぜか、さゆみだけが生きて、
気が付けばみんな居なくなっちゃったんだよね。
本当に、なんでだろう…」

さゆみが少女の表情をする。


「みんなが居なくなっちゃってから暫くはさゆみもどうしていいか分かんなくてさ。
でも『不老長寿の魔法』は狙われるから、戦わなくちゃ。みんながさゆみに残してくれた魔法だからって。
ずっと戦い続ける時期が続いて、気付いたら『大魔女』なんて言われるようになってね。
魔道士中の嫌われ者になって…。それだってもうかなり昔の話。あの時のさゆみは余裕無かったなぁ」

里保の目に映るさゆみの表情が、なんだか泣きそうに思えた。
長い長い時間を紐解くさゆみに、いくつもの悲しみがあったことが伝わってくる。
ふと自分が感じた寒さを、今さゆみも感じているんじゃないかと思った。

「ま、そんな時代のさゆみを知ってる人も誰も居なくなって、気付いたらその魔法を持ってる人も3人しか居なくなって、
魔道士協会なんてものが出来たりさ。本当にいろいろあったけど、ね。りほりほが聞いて楽しいような話はあんまりないかも。ごめんね?」

「いえ…そんな」

さゆみが微笑む。
泣き顔のような笑顔で。

里保はその顔を見て突然、愛おしさに襲われた。
それは局長や家族に抱いているものとも違う。それとは全然違う、衣梨奈に対する想いとも少しだけ違う気持ち。
言葉にすることが出来ない、どこから来るのかも分からない、ただ全身を覆い尽くすような大きな大きな愛おしさだった。

不意に里保の中に衣梨奈の姿が浮かび、それから一つの想いが浮かんだ。
言葉にするのは憚られるような、そんな気持ち。
けれどもさゆみに、聞いて貰いたい。
それは小さな子供が母親に語る夢のような、荒唐無稽な想い。

「道重さん、あの、今思いついたんです」

「うん?なにが?」

「私がどんな魔道士になりたいか。目指す目標を」


「ほんと?」

「凄く変なこと、というか身の程知らずかもしれないんですが、聞いて、くれますか?」

「是非聞きたいな。聞かせて?」

さゆみが優しく笑う。
過去に遡っていた少女のさゆみから、今の道重さゆみへと表情を移らせていた。

里保は一つ大きく息を吸いこんだ。

「二つあります。一つは、えりぽんを世界一の魔法使いにすること」

さゆみは楽しそうに笑った。

「もう一つは、道重さんを超えること。道重さんに勝って、『不老長寿の魔法』を奪うことです」

さゆみの表情が固まる。
里保が、そのことの意味を知らないとは思えない。
決然と放たれた言葉には、里保の本気が窺えた。

「道重さんのところに世界一になった弟子を連れて来ます。
そしてうちは道重さんに勝つ。道重さんの時間、長い長い時間の最後の時を、
その思い出を、道重さんの気持ちを、うちとえりぽんで二人占めにしたい」

里保はさゆみの目を見、さゆみが里保の目を見返す。
二人だけが浜辺に取り残されたかのように、音が遠のく。

「あ、あの…今のままじゃ無理なことは分かってるんですが」

「…そうだね」

 

「あと50年か60年か、どれくらい時間があるかは分かりませんが、
道重さんを超える為に、道重さんを独占するために、魔法を研究していきたいなって…」

不意に里保は恥ずかしくなって言葉を萎れさせた。
それ自体の意味は大それたこと過ぎて恥ずかしいし、言葉に寄り添った想いもまた恥ずかしい。

さゆみはいつにない無表情で里保を見ていて、それがなんだか怖くなった。

「二つ、じゃあ生田の夢よりもハードル高いね。
それに、この不老長寿の魔法って結構厄介だよ」

「…そうですよね」

「でも」

さゆみが笑顔を浮かべた。
その瞳が淡い光の中、微かに潤んでいるように感じたのは
里保の願望が見せた幻だったろうか。

「楽しみにしてる」

「はい!」

里保は強く声を出し、さゆみと微笑みあった。

人々の喧騒が耳に戻ってくる。
花火はもう終わって、余韻を残しながらお祭りの幕を下ろそうとしていた。


里保とさゆみは笑い合い寄り添っていた。
夜風に寒さを感じ、どちらからともなく身を寄せる。
頭がコツリと触れ合った。
いつもなら謝って双方が離れるところ、どちらもそうしようとはしなかった。
それは二人ともが、故意に触れ合わせたからなのかもしれない。

人がまばらになる。
衣梨奈と聖と香音、それに遥と優樹と春菜が二人の元に戻って来た。

「お祭り、終わっちゃいましたね」

里保の言葉に、さゆみが笑う。

「寂しい?」

「はい、少し」

「お祭りが終わるたびに、子供は少しだけ大人になるの。
大人になるとね、寂しいって気持ちはいつまでも残る。嬉しい気持ちや楽しい気持ちはすぐに忘れちゃうのにね」

「そうなんですか…?」

「そういうものなの。だから大人はみんな凄く寂しがり屋。
でもね、嬉しい気持ちはすぐ忘れちゃうから、また嬉しいことがあると新鮮な気持ちで喜べる。
寂しい気持ちはずっと残るから、寂しいことがあっても我慢出来るの。
意外とうまくできてるんだよ」

「…そういうものなんですね」

「だからさゆみ今、嬉しいよ」

頭を寄せ、静かに囁かれたさゆみの声に、里保も嬉しさに包まれた。


身を寄せ合う二人の姿を見つけた優樹が対抗するようにさゆみに抱き付く。
里保は笑いながら身体を離し、さゆみが優樹を受け止めた。

それから戻って来た皆と一緒にまた一頻りはしゃぎ、
人気の少なくなった浜辺でもう一度笑い合った。

8人は暫く夏の美しい夜空を見上げ
それから浜辺を後にした。

 

 

 

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最終更新:2014年07月14日 23:25