本編2 『道重さんの家』


住宅街の一角にその豪邸は一際異彩を放っていた。
門扉の上には可愛らしいうさぎの彫像が二つ、来客を見下ろすように座っている。
奥に見える家は、一見古風な洋館という感じだが、施された意匠には
どこか場違いな、和洋の入り乱れた不整合があって
その違和感が”魔法使いの家”としての佇まいを際立たせていた。

何より、その家全体から幾重にも雑多な魔力の波が漂っていて
その流れに、里保は酔いそうになった。

「これはまた、それっぽい家だね……」

「やろ?」

「よくここに住んでるね」

「慣れやけん」

衣梨奈は相変わらず笑っている。


「ただいま」

衣梨奈が少し首を上げ、二羽のうさぎに声をかけると
石造りのうさぎが挨拶をするように首を傾げた。
それと同時に、門がゆっくりと開く。

雨に濡れたうさぎのうちの一羽がクシャミをするように身を捩ったあと
元の形に戻って動かなくなった。

様々な草花の植えられた庭を抜け、家の入口まで来ると
今度は扉のノブに付いているテディベアのような彫像が

「あいことばをどうぞ」

と声を掛けてきた。

「『道重さん、今日も可愛いですね』」

衣梨奈が言うと、扉が開く。

里保はそれを聞いて、転けそうになった。
薄々感じていたことだが
改めて、この家の主は変人だと思う。


玄関に二人が足を踏み入れると、衣梨奈は『傘の魔法』を解き
屋内に向けて声を出した。

「道重さん、ただいまー」

すぐに返事が帰ってくる。

「おかえり」

間を置かず、道重さゆみが二人の前に姿を現した。

ラフなパンツスタイル、Tシャツの上に黒い上衣羽織ったさゆみの姿は
昨日会った時と随分印象が違う。
里保は、それでも変わらず美しいさゆみの姿に
半ば感心したように視線を寄せた。


「道重さん、友達を連れて来たんですよ!こっちは……」

里保の姿を見留めたさゆみの表情がパッと華やぐ。
そして衣梨奈が言い終わるより先に、柔らかく口を開けた。

「りほりほ、来てくれたのね。嬉しい」

早速『りほりほ』と呼ばれていることに内心で苦笑いしながら
里保は頭を下げた。

「お邪魔します。昨日は本当に有難うございました」

二人のやり取りに、「え?え?」と交互に顔を見比べる衣梨奈。
その様子を横目に、さゆみが楽しそうに里保に笑いかけるので
里保も遠慮がちに笑みを返した。

「え?道重さんと里保、知り合いやったと……?」


「昨日ちょっと……」

里保の言葉に、さゆみが被せる。

「生田にはちょっと言えない関係なの」

また驚きの表情を浮かべてキョロキョロと見渡す衣梨奈と
悪戯っ子の顔で笑うさゆみのやり取りに、里保は何となく頬を掻いた。


扉がひとりでに閉まり、聴こえていた雨の音が遠ざかる。

「取り敢えず上がって。ていうか濡れてるじゃない二人とも。
早く乾かさないと風邪ひくよ。ハイ、タオル。拭いて」

さゆみの指の間からふわりと落ちたタオルを
里保は素直に受け取った。
未だ訝っている衣梨奈も、促されて歩き出す。
里保は、なるべく落ち着きを保つよう自身に言い聞かせ、後に続いた。


通された部屋は、おそらくリビングであろう広い空間だった。


まず目に飛び込んだのは大小様々なファンシーな縫い包み。
部屋の中央にある豪奢な小卓の周りには、一つ一つ形の違う椅子やソファが並んでいる。
壁には沢山の鏡が掛かっていて
部屋のそこかしこに、飾りなのか、道具なのかも分からない
不思議な物が置かれていた。
角には些か場違いな大型テレビやオーディオ機器があり
テーブルの上にはそのリモコンやノートパソコンが置かれている。

「さ、乾かすから制服脱いで」

言葉に従って里保と衣梨奈が制服の上衣を脱ぐと
壁に掛かっていた木製の衣紋掛けが、ふわふわと飛んで来た。
二人の制服とタオルを受け取り、それはまたゆっくりと元の場所に戻る。


「いらっしゃい」

さゆみが改めて里保に笑いかけた。
部屋は優しい橙の照明に照らされ、レースのカーテン越しに見える
曇天を浮かび上がらせている。

漂う魔力の波に、里保はすっかり慣れてしまったのか
何も感じなくなっていた。
その変わり、目にはいちいち変てこな部屋の風景が飛び込んできて
どこか夢の中にいるような浮遊感を覚える。

気を引き締めるよう、里保は一つ大きく息を吸い込んだ。

「魔道士協会、執行局魔道士、鞘師里保です」

「道重さゆみです。改めて宜しくね。りほりほ」

「……宜しくお願いします、道重さん」

敢えて協会の名前を出し、改めて自己紹介をした。
さゆみは当然知っているだろう。
でも里保は、さゆみに対する自分の立場を
はっきりさせておくべきだと思った。

違う反応を期待していたわけでは無かったが
案の定軽く躱されたことに、何だか可笑しくなってしまう。
さゆみも楽しそうに微笑んでいた。


「ちょっとちょっと、二人ともえりのこと忘れてないですか?
何ですか、言えない関係って」

「忘れてないよ。
さっきのは冗談。昨日たまたま会ってちょっと話したってだけだから。
それより生田、お客さんにお茶でも淹れてきなよ」

「そうなん?」と伺う衣梨奈に頷く。
自分が迷子になっていたことを黙っていてくれたさゆみに、心の中で感謝した。

衣梨奈は里保の反応を見ても胡乱げな表情を崩さなかったが
埒が明かないと思ったのだろう、「お茶淹れてきます」と告げ
渋々キッチンへ向かった。

椅子に腰掛け、さゆみが手招きする。

「さ、座って。散らかってるけど」

「失礼します」

「もう、そんな固くしないでよ。生田のお友達として来たんでしょ?」

里保は近くのソファに腰掛けながら、苦笑するさゆみを見つめた。

「はい。でも半分は、あなたに会いに来ました」

「会って、それから?」

「私は、あなたを監視する任務でこの街に来ました」

「うんうん、それで」

「だから……あなたのことをもっと知りたいと思います」

さゆみはまた可笑しそうに笑った。

「真面目だねー。生田と一緒に育った子とは思えない」

「色々、知ってるんですね」

「生田がよく話してたよ。りほりほのこと」

「……どんなこと言ってました?」

「んふふ。ひみつ」

会話はすぐにさゆみのペースになる。

里保は何だか馬鹿らしくなって、一気に肩の力を緩めた。
任務よりも、衣梨奈に自分のことをどう語られたかが
気になってしまい、それが気恥ずかしくなる。


突然、キッチンから声が響いてきた。


『ちちんぷいぷい、魔法にかーかれ』


気を緩めたところにその声を聞いた里保が
ガクリとバランスを崩す。本当に、転けてしまった。

「なんですか、あれ……」

「生田の魔法だよ。ていうか、可愛い。ウケる。
りほりほリアクション超いいね」

「あはは……」

さゆみの楽しげな笑い声と、里保の乾いた笑い声が室内に響いた。

 


程なくして、衣梨奈が戻って来た。
手にはポットとカップの乗ったお盆を持ち、エプロンを掛けている。
里保は見慣れないその姿に、なんだかくすぐったい気持ちがして
視線を彷徨わせた。

「おまたせー」

さっきのことはもう忘れたように、楽しげに笑いながら
お盆をテーブルに置く。
慣れた手つきで3つのカップにポットを傾けると
柔らかい湯気と共に馥郁とした香りが漂ってきた。

「はい、里保」

「ありがと」


深い琥珀色の紅茶が揺れる。里保は目の前に置かれたカップと
衣梨奈の顔を交互に見た。彼女の仕草はとても自然で
それが何だか新鮮だった。
続いてさゆみの前にカップが置かれると
「ありがと」とさゆみが微笑む。衣梨奈もニコリと頷いた。

衣梨奈は手早く自分のカップとお茶菓子のクッキーを広げ
里保の隣に腰掛けた。

「何の話してたんですか?」

「生田がりほりほの話よくしてたよ、ってね」


紅茶に口を付けると、口の中に香りが広がり
今日の疲れが溶けていくような気がした。
「美味しい」と思わず漏らした里保の言葉に、隣で満面の笑顔が咲く。

話の中に衣梨奈が加わり、里保の始めの緊張はほとんど無くなっていた。
少なくともさゆみは、自分や協会に特別な感情は無く
ただの他所の組織と捉えているように思えた。


「うちのこと、何て言ってたの?」


「えー、里保のこと?えり、なんて言ってましたっけ」

さゆみがニヤニヤしながら答える。

「いろいろ言ってたよ。まあ、言いすぎて覚えてないかもね」

「なにそれ……気になるんだけど」

「ま、変なことは言ってないとよ。多分」

あっけらかんと言い放たれる言葉にも里保は諦めきれなかったが
この場で聞き出せるとも思えなかったので話題を変えた。

「ところでえりぽん、さっきの魔法?なにあれ」

「さっきの?傘の魔法?」

「じゃなくて、今向こうで叫んでたでしょ……」


ああ、と独りごち、衣梨奈が胸を張った。

「『美味しい紅茶』の魔法!」

里保はまた気が抜けてしまって、他所の家でなければ突っ伏したい気持ちになった。

「美味しかろ?」

「いや、美味しいけど……。それえりぽんが自分で研究したの?」

「うん、そう。このポットでしか出来んのやけど
温度とか蒸らし時間とか葉っぱの種類とか、環境にもよるし大分苦労したと」

「どのくらい研究したの?」

「美味しい紅茶の魔法は……2ヶ月くらいかかったかなぁ」

里保は、呆れたというように溜息をついた。


魔道士の魔法は『奪う』以外には自分で開発するしかない。
勿論広く使われている魔法や簡単な魔法は教えて貰ってすぐに使えるように
なったりもするが、個々の魔道士に合ったモノにするためには
それなりの研究期間を必要とする。

衣梨奈は里保と共に協会の執行魔道士となるよう
小さな頃から、戦闘に特化した魔法の研究に取り組んできたはずだった。

少なくとも里保は、戦いに役立つ類の魔法しか使えない。
難易度の高い魔法ほど相応の研究期間を要するため
時間を無駄に使いたくないからだ。

衣梨奈の『美味しい紅茶の魔法』が、戦いで役に立つとは思えない。
しかも道重家のポットでしか出来ない魔法とか。確かに美味しいけど。


「美味しいお茶を淹れられるのが、世界一の魔法使いの第一条件やけん」

「……そうなの?」

「道重さんが言ってたっちゃよ。ね?」

二人の会話を面白そうに観察していたさゆみが
「私?」と自分を指しておどけてみせた。

「あんな言葉信じちゃって、生田は可愛いね」

「え?」

さゆみの言葉に衣梨奈の表情が笑顔のまま凍りつく。


「うそうそ、本当だよ」

「どっちですか」

「本当に、お茶を美味しく淹れられるのがイイ女の第一条件だから」

「イイ女じゃなくて世界一の魔法使いなんですけど」

「わかってないわね。世界一の魔法使いがイイ女じゃなくてどうするの?」

「むむむ……、それもそうですね」

緩い。
里保はようやくこの場の空気、というかこの二人の空気を理解した。
とにかく緩い。割と本気で、色々と覚悟をしてこの街に来て、
相応の覚悟を持ってこの家を訪れた自分が阿呆みたいだ。

でも、悪くないとも思った。

少なくとも衣梨奈はさゆみを信頼している。
そしてこの人がいたからこそ、3年経った今でも衣梨奈は変わらず
笑顔でいてくれるのだと感じた。

おそらくさゆみはその力も、顔も、ほんの一面しか見せていないだろう。
里保の中で”大魔女”道重さゆみのイメージはまだはっきりしない。
しかし『道重さゆみ』という人のイメージは、いくらか好ましく更新されていた。

「りほりほも、イイ女になるために覚えて見たら?」

「……考えておきます」

美味しい紅茶を淹れられる女性には憧れるが
それに魔法を使うなんてごめんだ、とは流石に口に出さない。


「えりぽんって、ここでどんなことしてたの?」

「えー、料理やろ、洗濯とか掃除とか、道重さん
いろんな物ぽんぽんその辺に置くけん、これがまた大変で」

弟子っていうか、雑用じゃん……。里保はまた心の中で呟いた。

「おかげで生田も大分家事が出来るようになったでしょ?
感謝してよね」

「道重さん、ただ面倒くさいだけですよね?」

「何言ってるの、さゆみは生田のためを思って」

その後衣梨奈から苦節3ヶ月を費やして開発したという『お片づけの魔法』について
説明を受けた。こちらは意外と便利な魔法だと思ったし
何より嬉しそうな衣梨奈を見ることが楽しかった。



暫く3人での雑談に花を咲かせ
カップの底に薄く紅茶が揺れた頃、
「そろそろ夕御飯の支度しなきゃ」と衣梨奈が立ち上がった。

衣梨奈が里保を夕御飯に誘ったこと、里保が料理も何も出来ない癖に
一人暮らしを初めて、毎日コンビニ弁当で済ませようとしていたことを
説明するとさゆみは

「それは大変。りほりほ、毎日うちにご飯食べに来てね。
2人分も3人分も大して変わらないし、生田も嬉しいと思うから」

と熱を込めた。
さすがに毎日は、とも思ったが
キラキラとした二人の目に気圧され曖昧に頷く。


せめて、と衣梨奈の手伝いをすることを申し出て、里保も立ち上がった。

「里保もこれから料理くらい覚えんとダメやけんね」

衣梨奈が嬉しそうに里保の申し出を受け入れ、二人連れ立って道重家のキッチンに向かう。

紅茶のカップを片し終えた後、食事の準備に取り掛かる衣梨奈の手際が
想像以上によくて里保は驚いた。
里保も慣れないながら、衣梨奈の指示に従って準備する。
衣梨奈の指示は、出来ない子の気持ちがよく分かる
というように丁寧で分かりやすかった。


「えりぽんは、道重さんからはどんな魔法教わってるの?」

「ん?道重さんから……特に無いかも」

「え、弟子でしょ?」

まさか本当に、ただの雑用しかしていないのだろうか。

「けど、道重さんの研究とか、魔具とかいろいろ見せて貰えるけん
それは凄い勉強になるとよ。やっぱりなんか、凄いもん。意味分からん
ことも多いっちゃけど」

衣梨奈は現状に文句は無いらしい。
本当に、さゆみのことを尊敬しているのだということが
言葉の端々から伺えた。


「あ、後で里保に見て欲しいっちゃけど!」

衣梨奈が声を張り上げる。
突然のハイテンションに驚いて、里保は衣梨奈を見返した。

「何を?」

「空飛ぶ魔法!まだまだ研究中っちゃけど、ちょっとだけ飛べるようになったと!」

空を飛ぶ魔法。
それは里保の得意とする魔法の一つだった。
風を操り空を舞う高度な魔法を、里保は幼少の頃から使いこなすことが出来た。
衣梨奈も必死に練習をしていたが、風とか空気を読むのがどうも下手で
殊、その魔法に関しては全く使える様子も無かった。
一度どうしても空を飛んでみたいと懇願する衣梨奈を
抱きかかえて一緒に飛んだことがあったが、重量オーバーで敢え無く墜落し
怪我を貰うとともに生田局長の大目玉を食らった苦い思い出もある。
「里保と一緒に空を飛んでみたい」
衣梨奈は子供の頃、よくそう言っていた。


「やっぱえりぽん凄い……。まだ研究続けてたんだ。
うちだったらとっくに諦めてたと思う」

「だって里保と一緒に飛ぶのが、衣梨奈の夢やけん」

向けられた衣梨奈の笑顔に、何故だか里保の心臓が高鳴った。
それをごまかすように、茶々を入れる。

「世界一の魔法使いじゃないの?」

「それも夢!夢は大きくいっぱい持って、一つ一つ叶えていくもんやけん!」

力強い衣梨奈の言葉に、里保は頷いた。
それと同時に胸の内には少しの寂しさが去来していた。

衣梨奈は昔から同じように夢を語っていた。
そしていつも衣梨奈にひっついていた里保も、引っ張られるように
いろんな夢を語り合ったことを思い出す。
でも衣梨奈がいなくなってから、里保は夢を語ることも無くなった。
今の自分に『夢』があるかどうかも、もう分からない。

 

 

衣梨奈の手際の良さに面食らっているうち
さくさくと夕御飯の準備は進み、気がつけば美味しそうな匂いが
キッチン中に広がっていた。

「よし、そろそろいいかな。ありがと、里保」


「うち、役にたってない気がするんだけど……」

「そんなことないとよ」

変わらずニコニコと告げる衣梨奈に、内心でほっとする。
衣梨奈はお世辞やおべっかは言わないから、本当に少しは役に立てたらしい。

「そういえば、料理の魔法は無いの?」

「料理の魔法はね、今研究中」

やっぱりそれも研究しているのか。

「でも料理って種類も手順もめちゃくちゃ多いけん、紅茶の魔法と同じようなわけにはいかんとよ」

確かに、茶葉や温度どころの騒ぎではない。
その手の魔法を研究したことが無いというのもあるが
里保には『料理の魔法』がどういう魔法なのか皆目見当もつかなかった。


「やけんね」

衣梨奈が殆ど出来上がって、後は盛り付けるだけ
という段になった料理に手をかざす。

「ちちんぷいぷい、美味しくなーれ」

珍妙な掛け声にはもう慣れた里保だったが
衣梨奈から特に魔力を感じなかったことに首を傾げた。
衣梨奈は呪文を唱えると、満足そうにまた里保を見る。

「魔法使ったの?」

「うん。使ってないけど」

「どっちだよ」

「おまじない。料理を美味しくする秘訣は、最後に愛情を込めることっちゃよ」

未だ話が理解出来ず、キョトンとする。


衣梨奈がそんな里保の髪を優しく撫でた。

「魔力を愛情に変えて料理に注ぐ魔法をね、研究してるとよ」


衣梨奈がシャクっと里保の黒髪を混ぜる。
里保は、魔法にかけれたようにぼんやりと衣梨奈の顔を見た。


「さ、あとは盛り付けして完成!もう一息っちゃよ」



里保と衣梨奈が綺麗に盛り付けられた料理をお盆に載せて
部屋に戻ると、さゆみはノートパソコンを開きながらテレビを見ていた。

「うーん、いい匂い」

「お待たせしましたー」

二人の姿を見て、さゆみはパソコンを閉じテーブルの上を整える。
食卓に配膳する二人をニコニコと眺めながら、さゆみが衣梨奈に声をかけた。

「外、晴れたみたいだよ」

「ほんと?やっつー!」

見ればすっかり暗くなった窓の向こうに、幾重にも重なる墨色の雲が拓かれ
明るい月が顔を出している。
風が強いのか、月の光は雲の気のまま、ゆっくりと光の強弱を変えていた。


「でも明日もまた雨みたいだから、ちゃんと傘持って行きなさいよ」

「はーい」

それだけ言うと、さゆみは天気予報を映し出していたテレビの電源をパチリと切った。

配膳もすぐに終わり、三人とも席につくと
ささやかな晩餐が始まった。

「どうですか、道重さん?」

「ん、すっごく美味しい。有難う、生田、りほりほ」

「うちは何も……」

なんともむず痒い気持ちがして、頬が熱くなる。
実際殆ど作ったのは衣梨奈だったが、それでも幸せそうに料理を口に運ぶさゆみを見ると
なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきた。


「やっぱり里保の料理修行のためにも、毎日うちでご飯を食べるべきっちゃね」

衣梨奈が笑いながら言うと、さゆみもそれに続く。

「さんせー。自分で作るならりほりほも気を使わないでしょ?」

「……そうですね」

里保も小さく微笑んだ。
悪くないな、と思う。衣梨奈やさゆみがこんなに幸せそうに食べてくれるなら
今まで全くしなかった料理だけれども、頑張ってみたいという気持ちが湧いた。

不意にさっきの衣梨奈の『魔法』の意味が里保の中に形を持った。
衣梨奈は魔法で料理のプロセスを省略するのではなく、
より『美味しい料理』を作りたいと考えている。
それは、この人に少しでも美味しい料理を食べて貰いたいから。
おまじないでも何でも、既にこの料理にはたっぷりの愛情が注がれていた。
その想いを形に出来る魔法があるとすれば、それは素敵なことだろう。
『魔法使い』の衣梨奈になら出来る気がした。


里保自身も、衣梨奈の料理の美味しさに驚いていた。
楽しそうに料理する衣梨奈の姿を間近で見ていたせいもあるだろうか。
とにかく里保は衣梨奈に対するイメージをまた一新することになった。
衣梨奈は優しさをそのまま残し、随分と逞しくなっている。
そんな変化の途上を見れなかったことが寂しかった。

食後、食器を下げ、洗い物をする里保に隣合い、衣梨奈が声を掛けた。

「終わったらえりの部屋に来てね」

空飛ぶ魔法を見せてもらうという約束。
食事を頂いたらお暇しようかとタイミングを見ていた里保だったが
何となく名残惜しい気がしていたので、その言葉が嬉しかった。

 

 


洗い物を終えた二人が一度リビングに戻ると
さゆみはまたノートパソコンを開き、熱心に画面を見ていた。

「ちょっと練習してきます」

衣梨奈が声をかけると、
パソコンから目を離さず返事をする。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「はーい」

階段を上がり、二階の衣梨奈の部屋まで歩く後ろを
里保もピョコピョコとついて行く。
今日初めて来た広い家の構造は、やはり普通とはどこか違っていた。
その違和感の正体が、里保にはいまいち判然としない。

ともかく衣梨奈の部屋についた。


『ERINA』と可愛らしいプレートのついたドアを開けると
なんとも普通の女の子の部屋がある。
壁にはアイドルらしい女の子やロックバンドのポスターが貼ってあり
綺麗に整った机の上には、教科書やカラフルな文房具が並んでいた。

「入って入って」

促されて部屋に入る。
外観や家の他の場所からすると普通すぎて、かえって違和感のあるその部屋は
しかしどこか衣梨奈らしい生活の跡があって、里保は何となくほっとした。

「おじゃまします」

衣梨奈が大きな窓のカーテンを引くと、厚い雲がそこだけ避けたように
ぽっかりと月が浮かんでいる。
里保がベッドの端に適当に腰を下ろすと衣梨奈が話しはじめた。


「やっぱり衣梨奈どうも風を操る魔法、出来んみたいなんよ」

「だよね」

魔道士には適正というものもあるから、向いてない魔法を
敢えて研究し続けるのは賢いこととは言えない。

「それで、別の方法で飛ぶことを考えたわけ」

里保は頷いた。
それは理にかなっている。
目的が一つでも、方法は一つではない。
魔道士に必要なのは柔軟なイメージ。それは生田局長の教えでもある。

「それで何か物に乗って飛ぼうって思って」

「それが一番いいだろうね」

「やろ。えり結構物を飛ばしたりする魔法得意やけん。
風に関係ないくらいの勢いで飛ばして、それに乗れば飛べると思ったと」

衣梨奈の言葉に熱が入る。

「で、最初魔法使いらしくほうきに乗って飛ぼうと思ったっちゃけど」

「絶対やめたほうがいい。想像するだけでお尻が痛い」

「そうっちゃん。めっちゃ痛いとよ」

試したのか。


「で、結論が、これ」

言うと衣梨奈は制服の胸ポケットに指を入れ
中から大きな板状の物を引っ張り出した。
いきなりで面食らった里保だったが、それが何かはすぐに分かった。

「スケボー!」

「おお…」

「これに乗ってビュンビュン飛び回れたら、かっこよかろ?」

黄緑色の派手なスケートボードを片手に得意げに言う衣梨奈に
里保は思わず吹き出しそうになる。

「カッコイイかはわかんないけど、いいと思うよ」

笑顔で言う里保に、衣梨奈は満足そうに数度頷き
「ちょっと、見てほしいっちゃ」
と言うと、大きな窓を開け放った。

ついてこいと合図をし、ピョンと飛び出した衣梨奈に続いて
里保も立ち上がり窓に足を掛けた。
衣梨奈がベランダから建物の屋根に飛び乗る。
里保もそれに続き、二人は道重家の屋根の上に立った。


ぽっかりと浮かんだ月以外には真っ暗な空。
遠くまで連なる家々の灯りと街灯の光が
ついさっきまで降っていた雨に濡れた街を点々と光らせていた。
街全体が湿り気を帯びている。
風が強くて、里保の長い髪が頬を擽りながら靡いた。


衣梨奈が手に持ったスケートボードに魔力を込める。
淡い光に包まれたそれは、衣梨奈が手を離してもそのまま宙に浮いた。
真剣な面持ちで、衣梨奈が印を切ると
それは一気に飛び出した。

暗い夜空に、黄緑色の光が縦横無尽に飛び回る。
猛烈なスピード。里保もその勢いに驚いた。
これなら、武器として使ってもかなり強力なものになる……
そんなことを考えている自分に苦笑する。


一頻り辺りを飛び回ったスケートボードが、衣梨奈の元に帰ってくる。

「それだけ自由自在に飛ばせるなら、いけそうう」

里保の言葉に衣梨奈が苦笑する。

「乗るのが難しいけん」

確かに、里保はあんなスピードで飛び回る板に乗りこなす自信は全く無い。
運動神経がよく器用な衣梨奈でも、身体能力だけで乗りこなすのは大変だろう。

戻って来たスケボーに衣梨奈が腰掛けた。

「本当は立って乗りたいっちゃけど、今はこれで精一杯」

横座りのまま、魔力を込めると、衣梨奈を乗せてふわりと浮かび上がる。
さっきとは比べ物にならない程ゆっくり、衣梨奈を乗せたスケートボードが
遊覧しはじめた。
魔力を制御しながらバランスを取る衣梨奈の身体がぷるぷると震えていて
かなりの集中力を要していることが分かる。

「今はこれで精一杯」

衣梨奈が里保に、弱々しい笑顔を向けた。

「飛べてるじゃん、えりぽん。その感じならすぐ普通に飛べるようになるよ」


自転車に乗るようなもので、コツさえ掴めばすぐに自在に飛べるようになるだろうが
実のところ衣梨奈がコツを掴んでいるようにも見えなかった。


徐々にスピードを上げようと魔力を強めた衣梨奈の身体が大きく揺れる。
つるりと滑ったかと思うと、衣梨奈が真っ逆さまに落ちていった。


考えるよりも早く、里保は飛び出していた。
瞬間に高められた里保の魔力で、辺りに衝撃が起こる。
一陣の強烈な風が空を吹き抜け樹々を揺らした。

閃光のような速さで里保は衣梨奈の身体を受け止め
そのまま空に舞い上がる。


「危ないってば。焦っちゃダメでしょ」

衣梨奈の腰を抱きしめ、そのままゆっくりと上昇しながら里保が言う。

「慣れてるけん、大丈夫。えり身体だけは丈夫っちゃよ」

抱き留められた衣梨奈は、情けなく笑いながら里保の首につかまった。

「そういう問題じゃないよ」

「ごめん」


道重家の屋根よりもかなり高い場所まで浮かびあがり、空中で里保が停止する。
衣梨奈は改めて、里保の魔力の強さを感じていた。


空に浮いているのに、まるで空気のベッドに包まれているように
優しい風が衣梨奈を圧している。
二人の周りを十重二十重に、里保を守り祝福する妖精のように風の輪が舞っていた。

子供の頃、里保に抱きついて飛んだ時とは
比べ物にならない力強さ。
あの時と同じように里保と空に浮いていることに、
衣梨奈は不思議な高揚を覚えていた。

衣梨奈の無茶を嗜めるように、数センチの距離から厳しい
視線を寄せる里保がとても大きく見える。

「なんか、思い出すっちゃね」

衣梨奈が笑いながら言う。

 

二人にとって苦い思い出が、すぐに脳裏に蘇った。
怪我をしたことよりも、父に怒られたことよりも
自分の我がままに付き合っただけの里保が叱られたこと
その後派手に喧嘩したせいで、結局きちんと謝る機会を逃していたことが
ずっと心にもやついていた。
もう笑い話に変わるような、昔の話。

笑い話にしたくて笑いかけた衣梨奈の言葉に
しかし里保の相好は崩れなかった。


「うちはもう絶対、えりぽんを落としたりしないよ」


どこまでも真顔で言う里保に、衣梨奈は困ったように眉を寄せ、うんと頷いた。


至近距離にあるお互いの顔を、月の光を頼りに見つめ合う。
里保の魔法か、自然の風か、ゴウゴウと空気の混ざる音が心地よく響いていた。

「里保、ごめんね」

「何に対して?」

「いろいろ。心配かけたこと」

「それは、許さない。どれだけ心配したと思ってんの」

「うん……ごめん」

暗闇の中、月だけがぽっかりと浮かぶ夜空を背景に
暫くの間里保と衣梨奈はふわふわと浮かんでいた。


里保がふっと気を抜き、表情を和らげる。

「ちょっと、空の散歩する?」

「うん!」

衣梨奈が一挙に破顔するのを見て
里保はまたゆっくりと上昇を始めた。
風に抱かれ、街の灯りが眼下にだんだんと広がっていく。
やがて遥かな向こうに、暗澹たる海を臨む港と船の光も見え始めた。

「里保、本当に大きくなったっちゃね。前はもっとこう、ちっちゃかったのに」

「えりぽんこそ。この三年で身長抜いたかと思ってたのになー」

「でも、女の子らしさはまだまだやね」

「落として欲しいの?」

「やめてー、だってほんとのことやん!」


蒼い空でじゃれあっていると、今まで輝いていた月が
一気に雲に覆われ、辺りは一転どす黒い闇に変わった。
それと思う間もなく、ぽつりぽつりと雨が降り出す。

「戻ろう」

里保が一気に地上へ降下する間
雨は瞬く間に強くなって二人の肌や髪を濡らした。

道重家の屋根に戻ると、忘れさられていたスケボーを衣梨奈のポケットに回収して
転がり込むように部屋の窓に飛び込む。
慌てて窓を閉めると、そこに叩きつけるような雨が降りかかった。

改めて見ると二人共びしょ濡れになっていて
髪や服から滴る水に、肌が冷えている。
ただ、たった今まで抱き合っていた場所にだけ、温もりが残っているのが何だか恥ずかしくて
衣梨奈と里保はお互いの顔を見合わせて笑いあった。

 


さゆみは窓から空を見上げていた。
月の光の微かに届く窓辺に、優雅に腰掛けるさゆみ。
その白く長い指を、窓の外に向け四角に組んでいる。
指の間には、視界にはいないはずの衣梨奈と里保が映っていた。
さゆみがそこを覗き込みながらウインクすると、指の間に映る空間が切り取られ
写真になって窓辺に舞い落ちる。

衣梨奈がスケボーから落ち、里保が抱きとめるまでの様子を連写した
写真を拾い上げ、さゆみは満足げに息を吐いた。

「これはいい写真だわ。我ながらいい仕事」

指のファインダーの向こうで、里保と衣梨奈が抱き合ったまま
月の前に浮かんでいる。

「構図がいいね。月の光がいい味出してるわ。ロマンチック」

さゆみの思うまま、映し出される角度や距離が変わる。
何枚も何枚も、切り取られった写真が窓辺を舞った。


後ほど撮った写真を選別し、ベストショットを選び出すところを思い
美しさも台無しの、気持ち悪い笑みを浮かべるさゆみ。

「うーん、アップが欲しいかな。よし、そこ、りほりほいい表情。
ちょっと怒ってるみたいな顔可愛い!」

「生田の表情もいいねぇ。こう、いじめたくなる感じ」

それぞれの顔のアップを撮影したところで、里保の表情が柔らかくなった。
続いて、衣梨奈の顔にも笑顔が戻る。

「やっぱり、笑顔よね。うんうんうん、青春してるねー」


一頻り、写真を撮りまくり、さゆみが指を伸ばして四角を組み直してみると
二人の空気は一気に柔らかくなったようで、抱き合ったまま楽しげに
じゃれあい始めた。

その様子を見ていると、急にバカバカしさがこみ上げてくる。

「ていうか」

楽しそうな二人の様子を覗き見ながら
弟子の言葉を思い出した。

「なにが『里保はたぶん、衣梨奈のこと嫌ってると思う』よ。
どう見ても好きすぎてバカみたいじゃない」


柄にもないことをしたと、苦笑する。

「はーあ、さゆみつまんない。
もう、サービス終了。はい、時間切れ」

言って、指をパチンと鳴らすと
みるみるうちに雲が流れ月を覆い、すぐに雨音が響く『本来』の空に戻った。
慌てて戻ってくる二人をクスリと笑って見送ると、そっとファインダーを閉じ
散らばった数十枚の写真を拾い集める。

程なくして、パタパタと二階から降りる足音が聴こえてきた。

「また濡れちゃいました」

どこか楽しそうに報告する濡れ鼠になった衣梨奈と、里保。
さゆみはニヤニヤを努めて抑えて

「まったくもう。そのまま、お風呂入っちゃいなさい。
りほりほも、こんな天気だし今日は泊まっていきなよ」

と、優しく告げた。



勢いに流される形で里保は衣梨奈と入浴し
道重家に宿泊することになった。

さすがに恥ずかしくて、別々に入ろうと提案するも
濡れ鼠のまま待っているわけにもいかない、という最もな意見に押し切られた。
着替えも、道重家にはいくらでもあって、
何故か里保にぴったりなサイズのものもあるらしい。

成長して女性らしい体付きになった衣梨奈との入浴に
気恥かしさは拭えなかったが、久々の二人でのバスタイムは楽しかった。
自分の成長の遅さを思い知らされることにもなったが。

風呂上り、さゆみに挨拶をし、再び衣梨奈の部屋に戻る。
客間も空き部屋もあったが、折角なので衣梨奈の部屋に
泊まることにした。
まだまだ話したいことは沢山ある。

衣梨奈の部屋で、二人宿題を片付け終わった頃
里保は眠気に襲われていた。


「ベッドちょっと狭いけど、気にせんよね?」

「うん、大丈夫。ありがと」

もぞもぞと二人、ベッドに潜り込む。

この街への赴任が決まってから、いろいろと想像していたより
今日一日は沢山のことを考えさせられた。

衣梨奈との再会、道重さゆみとの再会。
嬉しいことも、拍子抜けすることも、分からないことも。
里保はまだ自分が何も知らず、自分自身のことさえ
よく理解していないことを思い知った。

協会の魔道士としての任務を
これからどうこなしていくか立てていた道筋も
さゆみの印象によって白紙に戻さなければならなくなっている。

常夜灯も落とし、部屋が闇に包まれると
窓を叩く雨音と、奥で街灯の放つ青白い光だけが存在を主張していた。

 


「えりぽん」

「うん?」

「道重さんって、どんな人なの?」

「変人」

「それはうちも分かってる」

肩を触れ合わせ、クスクスと笑う衣梨奈に
里保も小さく笑った。

「んーとね、不思議な人」

「そうだね」

「優しい人」

「うん」

里保が、”大魔女”ではなく『道重さゆみ』に抱いたイメージだ。

衣梨奈がつと黙り、少しだけ考えるように
天井を見上げた。
雨音がまた主張し始める。


「多分道重さんは、協会に協力したりはせんと思う」

暫くして、衣梨奈がぽつりと呟いた。

”大魔女”から連想して、どんな化物かと思っていた道重さゆみが
美しく優しい女性だったこと。
協会の魔道士と名乗った里保を、気にせず迎え入れてくれたことに
里保は一廉の期待を抱いていた。
協会が目下直面している事態は、この街に犯罪者が流入し
手出し出来なくなっていることだ。
正直に話し、協力を請えば、街への協会の介入も認めてくれるのではないか。
それが成れば、自分の任務は早々に完了する。

衣梨奈の言葉は、そんな淡い期待を否定していた。


「協会のことが嫌いなの?」

「そういうんじゃないと思うけど……
道重さんは、誰のいうことも聞かんとよ。
えりが言っても、多分そういうことはしてくれんと思う」

少しだけ不安げに、衣梨奈の声が揺れている。
里保はそれが、気になった。


「えりぽんはさ、何でこの街に来たの?
何で道重さんの弟子になったの?」

「世界一の魔法使いに」

「えりぽん」

少しだけ語気を強める。
3年間、ずっと考えていたこと。
いくら局長が納得しようと、里保は納得なんて到底できなかった。


「ごめん」

弱々しく衣梨奈が言う。

「うちには言えないの?」

「言う。でも、もうちょっと待って。里保にはちゃんと、話すけん。
もうちょっとだけ、待って」

「わかった」

それ以上の詰問は出来なかった。
思いつきですぐ行動する衣梨奈だが、生田家を飛び出し
危険なM13地区に一人で訪れ”大魔女”に弟子入りすることに、大きな覚悟が無かったはずはない。
それだけの決意をする何かが、きっとあったのだろう。

もう二人共子供ではない。何でも思ったことを言い合っていた頃とは違う。
里保だって、この三年間戦いに明け暮れ、沢山の魔道士から『奪って』来たことを
出来れば衣梨奈に知られたく無かった。自分の心が乾いてしまっていることを。


「多分パパは、里保も道重さんの傍にいた方がいい、って思ったんじゃないかな」

「どうして?」

「なんとなく」

「なんだよそれ。はぁ、うちの任務、前途多難だなぁ」

「いつまで?」

「とりあえず、学校卒業するまではこっちで。その後もそのままここの担当になるかも」

「じゃあ、まだまだ一緒に居れるっちゃね」

「えりぽんは一度、帰りなよ」

「世界一に」

「はいはい」

衣梨奈の声が柔らかくて、雨音が心地よくて
里保はだんだんと意識を手放していた。
まだまだ話したいことがあるのに
どうして自分はこう、睡魔に弱いのだろう。

でもまた明日も、明後日も
衣梨奈がいる。これが夢じゃなければ。
隣から感じる衣梨奈の温もりに、里保は思う。
こんな温かい夢があるもんか―――


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最終更新:2014年07月14日 22:58